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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 清一色とかいうムカデ野郎を倒してから。
 八戒は自分の過去にケジメをつけた。
 ように見えた。

 いや、実際に、ケジメはつけたんだろう。
 あいつなりに、理性では。
 けど感情は…心はそう簡単に割り切れるものじゃなかった。


 朝晩が涼しくなってきた初秋頃。
 八戒は雨の日、ぼんやりとすることが増えた。
 唯一、俺と出逢う前から持っていた、懐中時計を手に。

 壊れた時計。
 止まった時間。
 一度だけ見せてもらったそれは、1時23分で止まってた。
 彼女が連れ去られた時間だと思うんです…。
 八戒は寂しそうに笑ってた。



 今日は朝から八戒がぼんやりとしてる。
 空を見上げると、綺麗な秋晴れの空だった。
 ふと、思い出して、宿の主に日付を確認する。
 あ~…そうだったのか…。

「おい、八戒、しゅっ……」
 出発すると言いかけた三蔵の口に煙草を押し込んで言葉を止める。
「何しやがる」
 不機嫌にハリセンを構えるその腕を引っ張って隅っこに連れて行った。
「いや、今日、もう一日、ここに泊まろうぜ? 八戒に、ちょいと時間をやってくんねぇかな?」
 三蔵の声にも反応しなかった八戒の方に向って顎を上げて見せた。
「どうしたんだ、あいつは」
 不味い、と言いながら俺が押し込んだ煙草を俺に押し付け返し、自分の煙草に火を点けて不機嫌そうに聞いた。
「誕生日なんだよ、今日は。あいつの」
「それがどうした」
「わかんねぇのかよ…あいつの誕生日ってことは…」
 少し黙ってから、三蔵は静かに頷いた。
「悟浄、連泊の手続きしとけ。俺は部屋に戻る。それから、煙草買って来い」
 なんで俺が、とは思ったが、未成年の悟空に買いに行かせるわけにもいかねぇだろうし、まぁ、出発を伸ばしてくれただけでもいいか、と思い直して、俺は言われるままに宿での手続きを済ませると、買い物に出かけた。

 煙草を買って戻ると、茶を淹れろ、新聞買って来い、飯の時間だ、と散々こき使われた。
 朝、宿の食堂にいた八戒は、あいつと俺にあてがわれた部屋にいるようだった。
 そして…三蔵から逃げ出せた頃には1時を過ぎていた。
 ドアをノックするが返事がない。
 まぁ、俺の部屋でもあるんだし、入ったって構わないよな…。
 部屋に入ると、八戒はぽつん、と窓辺の椅子に座っていた。
 ただ、あの懐中時計を眺めて。

 ケジメをつけるのは、難しい。理性と記憶の狭間で、心が軋んでる。
 そんな感じがした。
 けど…ケジメをつけようと足掻いているんなら…今しかないだろう。

「八戒…」
 つかつかと歩み寄っても、八戒は顔を上げもしない。
 俺はいつも煙草を入れているのとは違うポケットを探って、引っ張りだしたものを八戒が見つめる壊れた懐中時計の上に置いた。
 1時23分。
 八戒の壊れた懐中時計と似たデザインのその時計は動いていた。
 驚いたように顔を上げる八戒に微笑んで見せる。
「誕生日おめでと、八戒」
「…ご…じょう…」
 どこかぼんやりとした表情で俺の顔と手に持った二つの懐中時計を交互に見つめる。
 その瞳から、一筋の涙が、落ちた。
「つけたんだろ、ケジメ。お前なりに、さ。忘れろなんて言わねぇし、覚えてるほうがお前らしいけどさ。そろそろ新しい時を刻んでもいいんじゃねぇの? とりあえず、俺ら4人での時を、さ」



 一緒に過ごすようになって、八戒の初の誕生日。
 俺は八戒に見せられた壊れた懐中時計と同じデザインの時計を買った、プレゼントにしようと思って。
 新しいものを手に入れれば…そう、単純に考えてた。
 けどあの日…
「こうやって僕だけが歳を重ねてゆくんですね…花喃…」
 ぽつり、と呟いたその言葉を聞いて、渡せなかった。
 それは、ただの時計じゃなかったから。八戒のすべてだったから、代替品じゃ駄目なんだと…。
 そして、その懐中時計はずっと、俺の手の中にあった。



「悟浄…」
「ん? 何よ?」
「傷だらけですよ、この時計…」
 壊れた時計を大事そうに仕舞うと、俺が渡した時計をまじまじと見つめて八戒が言う。
「あ~…ずっと俺が持ってたからな~。でも、動いてるじゃん。俺ららしい感じしねぇ?」
 いつか渡そうと思っていたプレゼントを傷だらけにしちまって、なんかすまないような気分だった。
 頭をぽりぽりと掻く。
「いえ…いいんですけど…。でも、時計持っている割には、いつも時間にルーズですよね、貴方…」
 くすくすと面白そうに笑いながら言う八戒に、無理をしてる様子は見えなかった。
「ん~? だってさ、時間なんかあってねぇようなもんじゃん、俺らの旅って。だからさ、ホント、持ってるだけだったんだよな」
「たまには時間も気にした方がいいですよ? 三蔵はけっこう気が短いんですから」
 相変わらずくすくすと笑いながら言う八戒に、俺は真面目な顔になって聞いた。
「で? 貰ってくれる?」
 八戒の視線が泳ぐ。
 じっと手の中の懐中時計を見つめて…それから大事な壊れた時計を取りだして見比べる。
 それから、壊れた時計を出した場所へ、俺が渡した時計を大事そうに仕舞った。
「ありがとうございます」
 そして壊れた時計を困ったように見て、握り締めると投げ捨てようとする。
「おいおい、待て待て…。それも大事なんだろ? 一緒に持ってりゃいいじゃん」
 取り上げると八戒が新しい時計を仕舞った場所に無理矢理押し込んだ。
 また八戒の瞳から涙が零れた。
「忘れるこたねぇ、つったろ? それに、そいつはお前の大事な思い出なんだから…一緒に前に進みゃいいじゃん」
「…はい…そう、ですね…」
 何かを考え込むような様子の八戒を置いて、俺は部屋を出た。



 部屋を出る寸前…
「花喃…僕は…もっともっと、生き足掻いてみようと思います…彼らと一緒に…」
 そう呟く八戒の声が聞こえた。
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 雨に降られて夜遅く到着した町の宿。
「ツインが二つならご用意できますが…」
 宿の主の言葉に、難ありなんだな、と薄々気付いていました。
 話を聞くと、一方はセミダブルのベッドが二つある大きな部屋だけれど、シャワーが壊れており、もう一つは、納戸を無理矢理客室にしたような小さな部屋だという。
 それでかまわない、と三蔵が答え、僕らはその宿で一晩を過ごすことにしました。
 ずぶ濡れの僕たちはとりあえず、小さな方の部屋に集合しました。
 シャワーを浴びる為です。
 本当に小さな部屋でベッド二つと申し訳程度に置かれた二脚の椅子と小さなテーブルで一杯でした。
 そこでそれぞれが濡れた服を脱ぎ、僕はまず三蔵をシャワールームに押し込みました。
「まだ暑い時期とはいえ、朝晩は大分涼しくなりましたからね、三蔵に風邪でも引かれては困りますし」
 三蔵がシャワーを使っている間に荷物を整理して、その中からそれぞれの着替えと探し物を見つけると、三蔵が出て来ました。
 入れ替わりに悟空をシャワールームへ追いやると、バスローブを羽織った三蔵を誰かが寝る事になるベッドの上に座らせます。
 

「三蔵、ここに座ってくださいね?」
 俺が出てくると、待ってましたとばかりに八戒がにこにこと声をかけてきた。手にはドライヤーを持っている。
「いらん」
 断って部屋を出ようとしたが、思いっきり阻まれた。
「たまにはきちんとお手入れした方がいいんですよ? 髪の毛、薄くなったら困るでしょう?」
 俺の髪を意味深に見やがって…。
「バカッパ、笑ってんじゃねぇ!」
 くすくすと笑う悟浄に一発叩きこんでから、俺は八戒の言うまま、示されたベッドの上に腰を落ち着けた。
「ホント、どっから出すんだよ、そんなもん…」
 俺の手に握られたハリセンを恨めしそうに見てる悟浄を無視して、早くやれ、と八戒を促した。
 髪に何かを塗られ、軽くマッサージをされる。
 それからドライヤーの熱を当てられ、徐々に乾かされていく自分の髪が感じられた。
「おい、くすぐってぇ…」
 乾いた髪がふわふわと頬にかかるのがうざったい。
 そう告げると八戒は微かに笑ったようだった。
「もう少しですから、我慢してくださいね?」
 そう言われてはどうすることもできない。
「はい、できましたよ」
 満足そうに言う八戒に、シャワーから出てきた悟空と入れ替わるようにして俺はシャワールームに入った。
「おい、なんで完全ストレートになってる…これじゃうぜぇだろうが。やりなおせ」
 悟浄のようにまっすぐに整えられた髪に、俺は異を唱えた。
「え…ダメですか? すみません…。整髪剤が間違っていたようですね…」
 ごそごそと荷物を漁り、違う瓶を取りだす八戒に俺は呆れた。こいつ、俺たちそれぞれの髪質にあわせた整髪剤持ってやがるのか?
「あ、悟空、待っていてくださいね? 悟空の髪も乾かしますから。悟浄、貴方もシャワーを浴びてきてください」
 きびきびと指示を出す八戒の前に俺はもう一度納まった。
「へいへい、っと。ったく、三蔵サマはうるさいんだなぁ…」
 呆れたように言って椅子から立ち上がった悟浄にもう一発食らわせようと思ったが、シャワールームに逃げられた。
「ちっ」
 舌打ちする俺の頭を笑いながらもう一度マッサージして、八戒が整える。
「今度はどうです?」
 鏡で確認するまでもなく、さらさらとうざったい感じがしないだけで、十分だった。
「俺は広い方の部屋で寝る。先に行く」
 用意された着替えを持って、その狭苦しい部屋を後にした。


「さ、次は悟空の番ですよ?」
 八戒に声をかけられ、俺はさっきまで三蔵の座ってた場所に座る。
 わし、と掴まれたら、なんかすごく痛かった。
「八戒、痛ぇよ」
 俺がそう言うと、八戒は困ったような顔をした。
「悟空…ちゃんとコンディショナー使いました?」
「こんでぃしょなー? 何? それ?」
 聞き慣れない言葉に俺は首を傾げる。
「シャンプーの横に並んでませんでした?」
「え? 俺、シャンプーなんて使わねぇもん」
「え? じゃぁ、お湯で流しただけですか?」
「え? 石鹸だけど? 三蔵といた寺じゃみんなそうしてたし」
 はぁ、と八戒がため息をつくのが聞こえた。
「まぁ、剃髪したお坊さんならそれでもいいでしょうけど…悟空、これじゃ髪、傷んじゃいますよ…。今度からちゃんとシャンプー使ってくださいね? 悟空の髪は多くて硬いんですから、絡んだら痛いでしょう? まぁ、今まで気付かなかった僕も悪いんでしょうけど…」
 ごそごそと八戒が荷物の中を探して、出してきた瓶の中身を手に取ると、俺の髪に塗り始めた。
「あの、悟空? つかぬことを聞きますけど…毎朝、髪を梳かしてます?」
 俺はそれにぶんぶんと首を振った。
「じゃ、あの髪型は…寝癖だったんですね…」
「ごめん…」
 呆れたような声に俺はなんか怒られたような気がして、謝っていた。
「謝らなくていいんですよ? 今度から気をつけてくれれば」
 ドライヤーしますからね、ちょっと熱いですよ、という八戒の言葉をかき消すように大きな音が耳元でして、俺の髪が八戒の手でわしゃわしゃとかき混ぜられる。
「八戒っ! くすぐってぇよ~」
 思わずもぞもぞと動くと、動かないでください、と注意され、俺は我慢した。
「はい、終わりましたよ」
 ドライヤーの音が止まり、八戒の声がすると、なんか髪がふわふわとしてて変な感じがしたけど、思ったより気持ち良かった。
「またやってな」
「いいですよ」
 俺が言うと八戒は優しく嬉しそうに笑った。
 八戒にお休みと言うと、俺は三蔵の寝てる部屋に行った。


 わしわしと洗った髪を拭きながらシャワーから出ると悟空が部屋と出て行くとこだった。
「あ、悟浄、丁度良かったです。貴方の髪も乾かしますから、ここに」
 八戒がにっこりと笑って言うもんで、思わず素直に座っちまった。
「久しぶりですね、貴方の髪をこうやって弄るの」
 そういや、旅に出る前はたまにこうやってかまってくれてたっけ。
「あ~、やっぱり少し傷んでますねぇ…。あ、枝毛が…」
 言いながら、八戒が、なんか、洗い流さないタイプのトリートメントとかいうやつを髪につけていくのに任せて、俺は煙草に火をつけた。
 灰皿を持たされ、俺はされるがままになる。
「頭皮ケアもしておきましょうね?」
 マッサージまでされる。昔はこの髪が嫌いだったが、それを好きだと思わせてくれたのは、八戒と悟空だった。そして、この色に執着した八戒がこうやって髪の手入れをしてくれるようになって、いつの間にかそれは俺の日常になっていた。
 俺はくすくすと笑う。
「なんです? 急に笑いだして」
「いや、別に…。ただ、三蔵や悟空にやってやってたの、随分とぎこちなかったよな、と思ってさ。お前の手際も、あいつらの反応も」
 それは、ねぇ…と言葉を濁す。
「僕も弄り慣れてませんし、彼らも構われ慣れてませんから…。さ、ドライヤーしますので、煙草は消してくださいね?」
 俺が煙草を灰皿に押し付けると、それをテーブルに戻し、ドライヤーをあてはじめる。
 わしゃわしゃと髪を掻き上げるように髪の根元から温風を当てられ、少しずつ乾いてゆく感覚を楽しむ。
 こうやって構われるのは嫌いじゃねぇ。
 正直、眠気が誘われるほどに気持ちいい。
 いつの間にか、うとうととしちまったらしい。八戒に肩を叩かれて、俺はふと、我に返った。
「終わりましたからね、寝ていいですよ?」
 言われるまま、俺は座っていたベッドにそのまま横になった。


 僕は一仕事終えた気分でシャワーを浴びました。
 誰も彼も無頓着なんですよねぇ…こういうことに。
 鏡を前に僕は最後に自分の髪を弄ります。
 油断をすると、朝には爆発したようになっている自分の髪質が面倒だと思うこともあるけれど、こうやって自分の髪を構っているうちに、他人の髪まで気になって…。
 悟浄の素直な髪も、悟空の寝癖を思わせない寝癖な髪も本当は羨ましいんですけど…。
 鏡を見ながら自分の髪を整えて…僕は一人、くすくすと笑った。
 明日の朝が楽しみですね…。


「ちょっ! 八戒~~! なんだよこれ~~!!」
 元気に部屋に飛び込んできたのは悟空で、その髪は彼の動作にさらさらと流れるような動きを見せていた。おかっぱというよりは少し短めで、しっかりとストレートになっている。
「うっせ~なぁ…猿…」
 その大声にもそもそと布団から起き出して、悟浄が頭をぼりぼりと掻き毟る。
「……………」
「…ごじょ…う…どうしたんだ? その頭!!」
 いつもなら、猿と言われた事に噛み付くはずの悟空が絶句する。
 悟浄も、自分で触った髪の感じがいつもと違うことに驚いて、慌ててベッドから降りるとシャワールームの鏡を覗きこんだ。
「八戒のやろ~~!」
 悟浄の髪は、見事な縦ロールがいくつも作られていた。
「ああ、起きましたか? おはようございます」
 部屋から出ていた八戒が室内に戻ると何事もないかのようににっこりと微笑んで挨拶するのに、思わず気を削がれた二人だった。
「な…なぁ…八戒…俺の髪…」
 悟空がおずおずと言うと、八戒はその頭を優しくなでる。
「似合ってますよ、悟空。貴方もね、悟浄」
「てめっ…俺にこんな頭で歩けってのかよっ」
「いいじゃないですか、一日ぐらい。頭洗ったら取れますから」
 そう聞いて、悟浄はすごい勢いでシャワールームに入った。
 悟空は、八戒に似合ってると言われて頭を撫でられたことで、まんざらでもない様子だった。




オチのないまま、終わる…ぐだぐだな日常のひとコマでした…。

 店に出勤すると、普段は何も置かれていないカウンターに溢れんばかりに食うものが用意してあった。
 それだけでは飽きたらず、カウンターの中にも、小さな控え室にも。
 一晩にたった一人の客しか迎えないはずの店に不釣合いな量の食い物。
 それで今夜の客の予想はついた。
 別に俺が招きたいわけじゃねぇんだが…オーナーが招きたいのか…案外、店、が招きたい相手を選んでいるのかもしんねぇ。

 カラン、と乾いたベルの音を立てて、ドアが開く。

「よ、待ってたぜ、チ………」

 チビ猿、と言おうとしてその言葉を飲み込む。
 予想外の相手だったわけでも、別に「ここでは言葉を選べ」とオーナーから言われていたから、でもねぇ。
 やって来たのは予想通り、悟空だった。

「……悟空。お前の成長期は二十歳過ぎてからだったのか?」

 暫く逢わねぇうちに成長しちまいやがって。三蔵に追いつくんじゃねぇか、こいつ。もう、チビ猿って呼べねぇじゃねぇか。
 うっせ~な!来てやったんだぞ、悟浄! 元気なのは相変わらずで、跳ねるように飛び込んできた悟空は、カウンターに並べられた食い物に目が釘付けになる。
 なぁ、これ食っていいのか? 俺、もう腹減っちゃって…。
 俺が返事をする前に、もう手が伸びてるのを見て俺は苦笑するしかなかった。

「成長しても燃費悪ぃのは相変わらずかよ…。ま、お前用だろうし、しっかり食えよ。軽めのカクテルでも作ってやっから。相変わらず苦いもんは苦手か? んで、相変わらず牛乳好きなのか?」

 俺の質問に口を聞くのも億劫だとばかりに食い物を次々と口に運びながらこくこくと肯く悟空のためにカクテルを用意する。

「バニラ・エッグ・ノックだ。ミルクセーキみてぇだから飲みやすいぞ。アルコール度数も低めだし。けど、酒だからあんま飲みすぎんなよ?」

 悟空が食うのを邪魔しないように手が届く隅の方に置き、空いた皿を片付けて、奥に用意してあった新しい皿を出すとそれもあっという間に無くなる。
 用意されてた食い物がほぼなくなった頃、悟空はやっと落ち着いたように、カクテルのグラスを手にした。
 あ、これ美味い! 嬉しそうにカクテルに口をつける悟空に俺は、最近どうしてるのか、と聞いた。
 学校行ってる。あとは三蔵の手伝い。
 学校? 悟空が? 俺は思わず聞き返していた。

「小学校か?」

 ちげ~よ! 大学だよ、大学! 八戒が家庭教師してくれて、受験して…んで、大学生。すげ~だろ! 自慢そうな笑顔を見せる悟空に俺は複雑な心境だった。
 バカ猿が大学生ねぇ…。思わず口をついて出た言葉に、悟空が噛み付いた。
 んだよ、悟浄はずっとエロ河童なくせに!
 猿に河童…そんなに遠くない過去のことなのに、すげ~懐かしい感じのする言い合いに思わず噴き出した。
 それは悟空も同じだったらしく、怒った顔が徐々に崩れてくると、耐え切れないとでも言うかのように破顔した。

「かわんねぇなぁ…」

 悟浄もな。ケラケラと楽しそうに悟空は笑い、俺もそれにつられるように笑った。
 あ、そだ、悟浄。三蔵と八戒が言ってたんだけどさぁ、なんか、イメージの酒作ってくれんだって? 俺には作ってくんねぇの? ワクワクしながらカウンター越しに俺を見上げる悟空に、それ、と目の前のバニラ・エッグ・ノックのグラスを指し示す。
 え~、なんでだよ~。俺ってこんなお子様っぽいのかよぉ~。ぷくぅ、と拗ねて見せる悟空に俺は苦笑した。

「ホントにガキだと思ってたら酒なんか飲ませねぇっての。つか、どこでそんな表情覚えて来た。その表情、ガキっぽいぞ?」

 こうやると女のヒトが優しいんだよな~。カウンターに肘をついて、上目遣いに俺を見上げる。
 マダムキラーかよ、こいつは…。下手すりゃ俺より女タラシかも…。あの猿がこんな成長するなんてな…。

「ちょい、アルコールきついけど、いいか?」

 悟浄は飲まねぇの? と最近お得意らしいその上目遣いで言われて俺は困ったように笑って、シェーカーを手にした。

「ダンデライオンだ」

 淡い黄色のカクテルを二つ用意して二人で飲み干した。

 太陽の下で元気に咲いてるたんぽぽのようにまっすぐな笑顔の悟空のために。
 旅の空の下、悟空はいつでも俺らの中心でまっすぐに笑ってた。

 そして、疎遠になった今でも、こいつはいつも俺らの中心なんだと、改めて感じた。

 







・バニラ・エッグ・ノック バニラリキュール30ml、ブランデー15ml、卵1個、砂糖2スプーン、牛乳Full up、ナツメグパウダー適量 シェーク&ビルド アルコール度数 7

・ダンデライオン アイリッシュウイスキー20ml、リカール20ml、ライチリキュール10ml、レモンジュース10ml シェーク アルコール度数 32.3


 カウンターの中でグラスを磨く。
 今日は客が来るんだろうか、と思いながら、誰も迎えぬ日が続いてた。
 まぁ、俺はオーナーじゃねぇからいいんだけど。

 どーせならミステリアスな美女でもご来店してくんねぇかな~、と不真面目に考えていると、ドアベルが乾いた音を立てて開いた。

「いらっしゃいませ」

 いいかしら? と聞いた女性は腰までの金色の髪の線の細い女性でに真っ黒な服に身を包んでいた。

「どうぞ」

 俺はカウンターにコースターを用意する。
 ご注文は? と聞く俺に、何でもいいの、汽車の時間を待っているだけだから。と言う。

「ブルー・レディをどうぞ」

 綺麗な青い色合いのカクテルを彼女の前に置いた。
 彼女はメーテル、と名乗った。酒場で名乗る名前に本名かどうかなんてのは大して意味はねぇ。ただ、その名前は彼女にとても似合っているように感じた。
 なぜこのカクテルを? と聞くメーテルに、なんか沈んでるように見えたから、と俺は答え、口をつけるように勧めた。
 今日、一人の少年と別れ、また新しい少年と出会うの。彼女はそう言って目を伏せてカクテルを見る。
 綺麗な色ね…。そう言ってカクテルグラスを持って口をつけ、ぽつりぽつりと独り言のように別れた少年の事を話した。

 客が話すことはこの店の中だけの秘密。
 どんな突拍子も無い話を聞いても、来た客の中ではそれが事実だから口を挟むのは控えること。そして、過剰に反応しないこと。
 オーナーに注意を受けたのを思いだした。

 宇宙を駆け巡る列車があるとか、人体の機械化とか…八戒が息抜きにたまに読んでるSFみてぇな世界が彼女の世界のようだった。
 もう少し、ね…と時計を見る彼女に俺はもう一杯カクテルを作った。

「アルディラです」

 さっきのと同じ青い色のカクテルだけど、今度はまったく意味が違う。
 名前の意味を知っていたらしい彼女が優しく微笑んだ。

「メーテル自身の旅立ちにもなりますよ~に、次の旅が」

 俺も同じカクテルのグラスを持って乾杯、と掲げる。
 ありがとう、と彼女は初めてまっすぐに顔を上げ、俺を見るととても綺麗な笑顔を見せた。

 もう、行くわ。立ち上がる彼女に俺は思わず声をかける。

「なぁ、俺でも、銀河鉄道に乗れるかな?」

 貴方にはその必要はないと思うわ。迷いがないもの。彼女はそう一言言い残すと、ドアベルの音を残して店を出て行った。

 アルディラ…イタリア語で「すべてを越えて」という意味を持つこのカクテルにはそれぞれの旅立ちへの想いが込められている。
 もう一杯同じカクテルを飲みながら彼女の旅と…自分のこれからの人生という旅に一人でもう一度、乾杯した。









・ブルー・レディ ブルーキュラソー2/4、ドライジン1/4、レモンジュース1/4、卵白1個分 シェーク アルコール度数 16

・アルディラ ホワイトラム3/6、フランジェリコ2/6、ブルーキュラソー1/6、レモンジュース1スプーン シェーク アルコール度数 34





 レシピの記載が前作と違うのは参考にしている本が違う為です、ご了承ください。

 悟浄ブログでの友人nanairoさんからのリクエストで「銀河鉄道999」のメーテルさんがお客様でした。


 バーの裏手にある小さな控え室の鏡を覗き込んで蝶ネクタイを結ぶ。
 髪の色より少し濃い色のベストを身につけ、髪を後で一つに纏める。

 からん、と乾いた音を立て、ドアが開いた。

「ちょっと待ってください~」

 店の方へ声をかけ、最後にもう一度全身を鏡に写して身支度を整えると控え室を出た。

「いらっ……」

 ふん、馬子にも衣装だな…。俺が全部を言う前に、すでにカウンター席の真ん中に陣取っていた今夜の客が鼻で笑う。
 そいつは…真っ黒な服に身を包んでいた。

「うるへ~。俺はもともと何着ても似合うっつ~の。おんなじ台詞、そのまま返してやる、っての。法衣以外でも着るんだな、三蔵サマは」

 こんな夜の街を法衣なんぞ着て歩いてたまるか、と面白くも無さそうに言う三蔵はまったくいつもと変わらなかった。
 旅が終わってそろそろ1年。どちらからとも無く足が遠のき、こうやって逢うのは本当に久しぶりだった。
 てめぇが店を持ったと八戒に聞いたんでな、様子を見に来てやったんだ、ありがたく思え。相変わらず偉そうな口調に俺は苦笑しながら、目の前に灰皿とコースターを用意した。

「ブルー・ムーン、だ」

 シェーカーを取って酒を作り、三蔵の目の前にその瞳と同じ紫のカクテルを供する。
 名前の割りに青い酒じゃなくて紫なんだな。そう言いながら口をつけ、悪くねぇ、とまんざらでもない表情を浮かべる。
 しかし、俺の瞳の色とは…。八戒が言った通り、ベタだな、てめぇのチョイスは。呆れたように言う三蔵に俺は苦笑した。

「ブルー・ムーンには、できない相談、って意味があんだろ? 今も三仏神に、できない相談されてんじゃねぇかと思ってよ」

 そうでもねぇ、と笑う三蔵に、俺はそうだろうな、と笑った。
 そういう相談が来ないから俺や八戒に声がかかることも減り、それで逢わなくなっていたんだから。
 まぁ、俺が夜の街に住人に舞い戻ったから、ってのもあるだろうけど。

「考えてみりゃ、あの旅も、できない相談、だったのかもな、最初は」

 できない相談なわけあるか、ちゃんと目的を成し遂げて戻ったじゃねぇか。てめぇがそんな後ろ向きな考えだったから、長引いたんじゃねぇのか? じろり、と睨まれた。

「俺だけ、じゃねぇだろ…みんなが何かを抱えてた、そんでも…」

 もう一杯、今度は黄色い液色のカクテルを用意した。

「俺ら誰もが冒険者だった。成長するためには必要な旅だったんだよ。だから、目的を達成出来た。違うか?」

 よく言うぜ…。ふん、と鼻で笑って俺の出したカクテルに手を伸ばす。
 なんて名前だ、これは。

「コザック、って名前だ。冒険者、って意味だな」

 煙草を手に取る三蔵に、愛用のZippoで火を点けてやる。
 それを当たり前のように受け止め、美味そうに紫煙を燻らす三蔵に、逢わなかった時間が一気に縮まった気がした。
 お前も何か飲め、という三蔵に、俺は少し考えた。
 グラスを二つ用意し、シェーカーを振る。
 出来あがった緑のカクテルをグラスに注ぎ、緑色のチェリーを一個沈めた。

「アラウンド・ザ・ワールド」

 カクテルの名前だけを告げてグラスを一つ渡し、俺はその液体を煽った。
 ふん、随分と感傷的な名前じゃねぇか? 世界一周とは、な。あの旅がそんなに楽しかったか? 俺はもう、あんなやかましい面倒ごとはごめんだがな。
 そうやって突き放したように言いながら、それでもまんざらでもないような顔で、グラスを空ける三蔵を俺は見ていた。

 あの旅は…いつまでも忘れる事のできない輝きがちりばめられた時間だった。
 世界一周をするよりもたくさんの事を学び、仲間という絆を、一匹狼を気取って生きてきた俺に刻み込んだ、忘れる事のできない時だったと、今更ながらに感じられる素直な自分を、見せたくない相手の目の前でカクテルと一緒に飲み込んだ。





・ブルー・ムーン ドライジン40ml、クレームドヴァイオレット5ml、レモンジュース15ml シェーク アルコール度数 23

・コザック ウォッカ30ml、ブランデー20ml、ライムジュース10ml、シュガーシロップ1スプーン シェーカー アルコール度数 27

・アラウンド・ザ・ワールド ドライジン40ml、グリーンペパーミント5ml、パイナップルジュース15ml、ミントチェリー1個 シェーク アルコール度数 25
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夏風亭心太


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