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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 ここは夏風亭心太が管理するオリジナル・二次創作ブログです。原作者様、出版社様などとは一切関係はございません。
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「ん~~~…」

 片腕を頭上に上げ、大きな伸びをする。
 握っていた万年筆をデスクに投げ出して、書類を揃える。
 夕方に淹れて投げっぱなしになっていた冷めきったコーヒーを飲み干した。
 なんで秘密結社にデスクワークが山積みなんだ、といつも思うが、今日の分はやっと、終わった。

「クラウス、こっちは済んだぜ」

 自分の向かいにあるデスクに視線をやるが、そこは空っぽで。

「ああ、そうか…」

 そういえばあいつ、今日はスポンサーと約束があるって昼過ぎに出たんだったっけ。
 ギルベルトさんも送り迎えにと一緒に出て行った。
 夕方、コーヒーを淹れたの、自分じゃないか。

 事務所内を見回すが、誰もいない。

 ツェッドはクラウスと前後するように出て行った。公園での大道芸は評判上々のようで、彼自身もそれが楽しいらしい。良いことだと思う。 

 少年が「バイトなんで」と出て行ったのは夕方の4時ごろだった。宅配ピザのバイトだったか。もう少し安全で実入りの良いバイトを世話してやりたいと思うが、街を知るにはいいんですよね、とかなんとか言いながらこちらの好意を受け入れる気配はない。遠慮しているのか、それとも本当に街の景色が好きなのか。彼のカメラには街のいろんな姿が映っているのを俺
は知っている。

 ザップは…あいつは相変わらずだな、と思う。今日も「オンナと約束あるんで~」と軽いノリでウキウキと出て行った。もう少し、何とかならないものか。戦闘能力が高いだけに残念だ。
 痴情のもつれだか何だか知らないが、事務所に厄介ごとを持ち込むのはやめて欲しいもんだ。

 K.Kとチェインは今日は見てない。
 K.Kには家庭があるし、チェインには人狼局の仕事もある。
 毎日姿を見なくても、彼女たちが元気で幸せならばそれでいいと思う。
 特に…K.K…彼女にはこの世界から足を洗って欲しいと思う。けど、血界の眷属を相手に出来る多くはない戦闘員の一人である彼女を引退させることはできないのが現状だ。
 一度その手のことを言ったら、鼻で笑われた挙句、殴られたっけ。

 最後に目が行った時計の針は午後9時30分。
 どちらにしても、もう、誰もいなくて当然の時間か。

 デスクの引き出しの奥に隠しておいたウイスキーの瓶を取り出す。
 空になったマグカップに3分の2ほど入れた。煙草も1本。
 仕事終わりにこれくらい、いいじゃないか。今日は誰もいないんだし。
 それに……

 外の暗い窓に自分の姿が映ってる。
 その自分へと近づいた。

「ハッピーバースデー……俺……」

 柄でもない。ハッピーなわけ、あるか。自分がどれだけ後ろ暗いことをやり続けてるのか知っていてなお、自分が生まれた日を祝えるほど俺は厚顔無恥じゃない。
 ため息を吐いてカップの中の酒を半分飲む。胃が熱くなる。
 誰にも祝われない、それでいいじゃないか。

 そういえば。メールが来てた、と思い出す。
 ポケットからスマートフォンを取り出し、確認する。
 ヴェデッドからだった。

【旦那様、お誕生日だとお伺いいたしましたので、厚かましいかとは思いますが、うちの子たちとささやかなパーティでもと思っております。旦那様のお好きなお料理をご用意してお帰りをお待ちしています】

 彼女の子供たち。素直ないい子たちだったよな。あの子たちが祝ってくれるなら少しは良かったと思えるかもしれない。
 でも…

【ありがとうヴェデッド。でも今はまだ会社なんだ。これから帰るけど30分はかかるから、君たちは帰っていいよ。子供たちは寝る時間だろう?】

 返信をして残りの酒を飲み干した。
 彼女たち親子は帰っているだろうが、ヴェデッドが俺のためにと作ってくれた料理を食べよう。
 俺は事務所を後にした。



** *** **



 帰ると鍵はかかっていて、真っ暗だった。
 セキュリティが厳重だから安心していたのかもしれない。すきっ腹に流し込んだウイスキーのせいで酔っていたのかもしれない。
 俺はとっさに反応できなかった。
 誰もいないはずなのに。
 人の気配がする。
 パンッパンッ!!
 火薬のはじける音。
 撃たれた!?
 
 急に電気が点く。

「ハッピーバスデー!」

 そこにいた彼らは手に手にクラッカーを持っていて。
 俺はその場から動くことができない。

「番頭、遅いっすよ~」
 言いながらザップが俺の手に小さな箱を握らせる。
「おめっとさんです」

「スティーブンさん、おめでとうございます」
 少年がニコニコと笑いながら細い箱を渡してくる。

「スティーブン先生、まぁ、祝ってあげるわよ」
 K.Kも。
「スターフェイズさん、おめでとうございます」
 チェインも、ツェッドも。
「おめでとうございます、旦那様」
 ヴェデッドとその子供たちまで。

「さぁ、スティーブン。主役が玄関で固まっていてどうするんだね、こちらへ」

 クラウスに背中を押され、リビングに入ると、ギルベルトさんが大きな大きなケーキを持って立っていた。

「おめでとうございます、スターフェイズ様」

 ケーキを持ったままのギルベルトさんは微笑んでいた。

「…30,31,32、っと」

 数えながらザップがケーキのロウソクに火を灯す。

「さぁ、スティーブン、願い事を」

 促され、俺はたった一つの願いを胸の内で呟くと、ロウソクを一息に吹き消した。

「おめでとう」

 クラウスがたくさん持たされたプレゼントの上に自分のそれも置く。

「ありがとう、みんな。本当に…本当に、ありがとう…」

 祝って貰う資格などないと思っていたのに。それでいいと思っていたはずなのに。これは反則じゃないか?

 

 ソファに座り、皆が楽しそうに飲み食いする姿を眺める。
 俺の横には皆からもらったプレゼント。
 蒼い靴下はレオナルドから。蒼いタイはK.Kからで、蒼いチーフはツェッドからだった。そして蒼いシャツはチェインから。

「君たちねぇ…」

 その色のかぶり具合に本人たちも驚いたのか、笑いが起こった。

「いいじゃない、今度全部一度に身に着けてきなさいよ。スーツも蒼にして」

 K.K、君楽しんでるだろう?

 それからZIPPOのライターが一つ。これはザップから。

「事務所、俺の煙草以外の煙草の匂い、たまにしてるんで。吸ってんのあんただよね」

 よく気が付くやつだ、と感心する。そして、クラウスが心配をする。そりゃ良くないことだってのは俺にもわかっているさ。

「君は煙草を嗜むのかね?」
「ほんのたまにね、普段は吸わないけど」
「ならば良いのだが」

 クラウスからは、蒼い宝石の入ったタイピンだった。

「君もかい?」

 思わず苦笑が漏れる。

「うむ。似合うと思ったのだ」
「じゃぁ、これも着けて、一度真っ蒼になって出勤するか」

 笑いあう。賑やかなひと時。
 こんな誕生日があるなんて、知らなかった気がする。
 酔っぱらったザップに呼ばれてクラウスが俺の傍から離れる。

 ヴェデッドの子供たちからもらったプレゼントは、絵、だった。

「旦那様」

 ヴェデッドが俺の隣に来た。

「良いご同僚をお持ちですね」

 彼女の顔を見なくてもニコニコとしているのがわかる。彼女の子供たちはレオナルドとソニックと楽し気に遊んでいる。

「そうだね。ところで、君たち、知り合いだったの?」

 居心地のいいこの場で、それだけが疑問だった。

「はい。ほら、うちの子たちが猫を拾ったことがございましたでしょう? 旦那様にも初めてご挨拶させていただいた」

 ああ…あの日…。彼女とその子供たちに逢って、救われたと思ったあの日に。

「あの3日後ぐらいでしたでしょうか。スーパーでレオナルドさんにばったりと出会いまして。連絡先を交換させていただいたんですよ。レオナルドさん、よくうちの子たちの写真を撮ってくださるんです」

 縁は異なもの味なもの、というわけか。

「ねぇ、ヴェデッド?」
「はい、なんでしょう? 旦那様」
「僕は…こんな顔をしてるかい?」

 子供たちがくれた絵を見せる。

「すみませんねぇ…子供の絵ですから…こんな似てない絵で……」
「そうじゃないよ、ヴェデッド。僕は、こんなに優しい顔をしているかい?」

 絵の中の俺はとても優しそうに笑いながら立っていた。

「はい、それはもう。子供たち、旦那様のこと、好きみたいですよ。旦那様は今も、とても楽しそうに微笑んでおいでです」
「そう、なのかい?」

 優しそう、楽しそう。そんな表情を作るのは慣れでできる。でも、今はそんなこと意識してないつもりだ。俺は自分の顔を隠すように手を当てる。
 自然とこんな表情をすることができるのなら。この世界にいることは素晴らしいことなのではないだろうか、ふと、そう思った。

「ちょっとぉ~スティーブン先生! 主役が何蚊帳の外みたいな顔して大人しく座ってんのよ、こっちに来て飲みなさいよ!」

 K.Kが呼ぶ。

「ヴェデッド、適当なところで子供たちを連れて帰っていいから。まだ暫くはこのどんちゃん騒ぎ続くだろうし。あとは僕が片付けておくよ。今日は本当にありがとう。良い日だったよ」

 俺はソファから立ち上がり、皆の輪の中に入る。
 
 俺の願いは。

 来年も再来年もその次の年もさらにその次の年も。
 誰一人欠けることなく、このあたたかな日常が続くこと。

 ソファの上の絵の中で俺はいつまでも優しく微笑んでいた。


 

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 カラン。
 ドアベルが乾いた音を立てる。

「いらっしゃいませ~」

 カウンターの中でグラスを磨いていた俺は、顔を上げる。
 ドアの前には、今夜の客。
 黒い軍服を着た、眼鏡の男。手には……刀。

 物騒だな、おい。
 でも、そんなことはおくびにも出さず、俺は自分の前の席を勧める。
 
 いえ、人を待っているので。

 男はそう言うと、ドアに一番近い席に腰を下ろした。

 ここは一晩に一人の客しか来ない……オーナーからそう聞いていたから、首を傾げる。が、そういや、前も二人来たことあったっけか。
 一人、じゃなくて、一組、の間違いなんだろう。

 こんなところにお店があったなんて…。彼は気づくんでしょうかねぇ?

 キョロキョロと店内を見回す男の前にコースターを置く。
 嗅ぎなれた匂いに気づいて灰皿も。

 ああ、一服できるんですね、ここ。

 男は胸元から見慣れない煙草を出し、体のあちこちをパタパタとはたき始めた。
 ライターねぇのかよ…。
 俺は自分のライターを出して、火を点けてやる。

 何かを頼む風でもない男に、俺はいつもの通り、カクテルを作る。
 グラスにロックアイスを入れて、オーナーの国の酒だって聞いてた薄っすらと黄色がかったようにも見える透明な酒をだして。

「どうぞ、サムライ・ロックです」

 男の前に置く。
 
 え、ああ……どうも…

 自分がずっと刀を握りしめていたことにようやく気付いたらしい男は、それをそのまま持ったままでいるべきか、置くべきなのか、悩んだようだ。

「ここには、この店の招いた者しか入れないようですから、ひと一息ついてくださいよ」

 それで安心したわけでもないだろうが、男は、握りしめていた刀をようやく、自分の足元に下した。

 この刀を見て、サムライ、ですか…

 足元の刀と俺の出したカクテルを交互に見る。
 それから、大きくため息をついて、微かに微笑んで、グラスに手を伸ばした。
 
 なんか、八戒みてぇ…。
 どこがどうとは言えないけど、この男の姿があいつに重なって見える。

 二本目の煙草を取り出した男に、俺はすかさずライターの火を差し出す。

 ああ、ありがとうございます、捲簾………あ…

 すみません、間違えました、と男は本当に申し訳なさそうに、頭を掻いた。

「いや、いいって、別に気にしてねぇし……」

 思わず口調が砕けてしまい、俺も慌てて謝罪する。

 いいんですよ。たぶん、それが本当に貴方でしょう? 僕もその方が肩が凝らなくてすみます。

 いたずらっ子のように笑いながら、その眼の奥にはどこか悲しげな光が宿っていて。
 ああ、だから八戒に似てるのか、と一人納得をした。

 時間が流れる。
 会話は、ない。ただ、物思いに耽る男の遠くを見るような瞳と、小さなため息が、俺を不安にさせる。



 カラン。

 再びドアベルの音。
 男は素早い動きで刀を取ると抜刀し、入ってきたばかりの新しい客の喉元にその切っ先を突き付ける。
 俺は動けなかった。俺だって場慣れはしてるはずだけど、その気迫はまさしくプロのそれで、俺なんか敵いっこない、って一瞬でわかっちまった。
 新しい客もまた、男の額にピタリ、と銃口を向けて微動だにしない。
 どっちも同じ服を着ていた。

 天蓬…そんなにピリピリすんな、って。外のはもう、片付いたからよ。

 後から来た客は銃を仕舞うと、突き付けられた切っ先を指で押して、自分の喉元から外させる。
 外? この店がオープンしている間は俺が出ていくことのできないそこは、どんな世界なんだろう?
 この店に雇われて、初めてそれが気になった。

 ああ、捲簾。すみませんね。

 最初の客…天蓬は、ほっ、と安堵の息を漏らし、刀を仕舞う。

 へぇ、こんなとこに店があんだな。

 後から来た男…捲簾が天蓬の座っていたスツールの隣に腰をかける。
 元の席に戻った天蓬が煙草を取り出すと、捲簾はそれへ火を点けてやってた。
 そして、自分も煙草を咥え、天蓬の肩を軽くつつくと、当然のような仕草で、煙草の火を移してもらう。

「シャルルジョルダンです」

 捲簾の前にショートカクテルを置く。二人の関係を見て、俺はこの男にはこれが似合うな、と思った。

 綺麗な酒、だな。

 エメラルドグリーンの酒は捲簾にお気に召したようだった。

 あ、僕もそれがいいです。バーテンさん、貴方も一緒に飲んでくださいませんか?

 そうだな、今回の討伐成功の祝杯だ。頼むぜ。

 グラスの中身を一気に空けると捲簾と天蓬が俺を見て言う。
 言われるままに、三つのグラスを用意した。

 じゃぁ、討伐の成功に。
 無事だったことに。

 二人が言いあい、グラスを掲げる。
 部外者の俺は…。

 あんたの悲しみに…

 天蓬へ胸の中でそう言ってから同じようにグラスを掲げた。

 じゃぁ、そろそろ帰るか。

 捲簾の言葉で二人は腰を上げる。

 では、また。

 天蓬がいい、二人は店を出て行った。

 シャルルジョルダンのベースの酒、スーズ。リンドウの酒。リンドウの花言葉は「君の悲しみに寄り添う」
 捲簾って男は、天蓬って男の悲しみに寄り添ってるって感じた。
 あの男は色んな悲しみに寄り添って飄々としてられる、強い男なんだろう。
 俺は、八戒の悲しみに寄り添った。八戒は俺の悲しみに寄り添ってくれた。
 あの二人はどっか俺らに似てた気がする。

 店がすんだら、久しぶりに八戒に会いに行ってみるか。





・サムライ・ロック 日本酒45ml、ライムジュース15ml ステア アルコール度数20

・シャルルジョルダン スーズ20ml、ライチリキュール10ml、ブルーキュラソー10ml、グレープフルーツジュース20ml シェーク

 ずっとずっと夢を見てる。

 生きるってなに? 死ぬって…?

 もう、会えなくなること。
 動かなくなること。
 それが死ぬこと。

 じゃぁ…

 誰かに会うこと。
 動くこと。
 それが生きること?

 だったら。
 おれは死んでるの?
 誰にも会わない。
 動けない。

 明るくなって暗くなって。
 暑くなって寒くなって。
 雨が降って雪が降って。

 もう数えきれないぐらい、ずっと、縦に切り裂かれたそんな世界を見てる。

 歌いに来てくれてた小鳥が、おれの前で動かなくなった。
 手を伸ばしても届かないそこで、小鳥は静かにその姿を変えて。

 あいつらもこうなっちゃったのかな?

 あいつらって、誰?
 忘れちゃいけないはずなのに、忘れてしまった。
 でも、あいつら、を思う時、おれは少しだけ生きてる。

 あったかい気持ちとちょっと痛い気持ち。
 きっとそれって生きてるってことだろう?

 忘れてしまったあいつらと、忘れていない約束。

 俺が、お前に手を差し出すから……

 手を差し出されたとき、きっと俺は夢から覚めて生きるんだろうな。











「おーい、悟空、置いてくぞ~」

 悟浄が呼んでる。
 俺は、空っぽの座敷牢を見てた。

 この世界の瘴気で狂い、座敷牢に閉じ込められていたヤツが逃げ出した。
 旅の途中に寄ったこの町は大騒ぎで。
 俺たちはその妖怪を退治して。
 感謝されて盛大な持て成しを受けて。
 出発しようとしてた。

「どうしたんですか、悟空?」

 なんでもない、と首を振る。

 あの妖怪も切り裂かれた世界を見てたのかなぁ…

 口に出しそうになった言葉を飲み込んだ。
 そんなこと言った日には、悟浄にはバカにされっだろうし、八戒はすんげー心配すんだろうな。三蔵は?

「俺、生きてるんだもんな…」

 呟いて、みんなと肩を並べる。

「…悟空…お前は…まだ夢を見るか…?」

 三蔵は、小さな声でそう訊くと、俺の頭をわしわしと撫でてくれた。

「へ? 三蔵サマ?」

 その行動に驚いたような悟浄の声。旅に出てからこんなふうに撫でられたことはなかったっけ。


 忘れちまったあいつらと、今ここにいる仲間。
 あいつらを思い出せないことには胸が痛むけど、仲間と一緒にいると、生きてるんだ、って実感できる。

 なぁ、あんたは夢を見てたのか?

 俺は自分が退治した座敷牢に閉じ込められてた妖怪に聞いてみたかった。


 俺は夢から覚めた。
 仲間とずっと歩んでいきたい。

 目が覚めると日はずいぶんと高くなってた。
 昨日の酒が抜け切れねぇ頭をゆっくりと振ると、ゴソゴソとベッドから抜け出す。

 あ~…コーヒー…

 咥えた煙草に火を点けて、キッチンを覗くけど、あいつはいねぇ。

 おーい…

 呼んでみても返事は、ねぇ。

 バサリ、窓の外で大きな何かが羽ばたくような音。それにつられて窓の外に目をやると、真夏のような季節外れの真っ青な空。

 あ、洗濯か。

 俺はあいつの姿を求めて、外へ出る。

 干されてるのは、ヤロー二人分の衣類に、大きなバスタオルと真っ白なシーツ。

 綺麗に干された洗濯物のそばに、あいつはいない。

 きょろきょろと辺りを見回す。あ、いた。

 少し離れた木陰に座っているあいつ。

 お……

 大声を出しかけて、やめた。

 読みかけの本を胸に、どうやらあいつは寝てるみてぇ。

 ずり落ちそうな眼鏡に手を伸ばす。そっと外して額にキスしてみても、起きやしねぇ。なんとまぁ、気持ち良さそうだな…。

 真夏の空にさわやかな春の風。まぁ、昼寝もしたくなるってもんだ。

 俺はちょうどいい二日酔い。もうひと眠りしたっていいんじゃねぇかな。
 隣にゴロンと転がって空を見上げているうちにどんどん瞼は重くなって。

 さて…どっちがどっちのキスで目覚めるのかなぁ…。



 風は運ぶ…。
 あの人の歌声を…。

 立ち寄ったバーに一人の歌姫がいた。
 赤い髪と瞳の女性が気だるげにピアノを弾きながらハスキーな声で囁くように歌っている。
 古い古いJAZZ。
「夢の中でなら貴方と会える
 抱き締められるでしょう」
 そう歌う声…。たしか『I'll see you in my dreams』という曲だ。
「昔は私のものだった唇
 優しい視線
 輝く瞳が今宵
 私を導く」
 誰を思い浮かべているのか、彼女の瞳は空を泳ぐ。
 私はバーテンに声をかけ、彼女の好きな酒を聞き出すとそれを頼んだ。
「夢の中でなら貴方と会える…」
 歌い終わった彼女の前にグラスを差し出す。
 彼女の瞳は私を見ない。ただ、誰かをみつめ、グラスを取った。

 飲み干すと、彼女はまたピアノに向かう。携帯を取りだして何処かへ電話をかけ、そのままそれをピアノの上に置き歌いはじめる。
「青い月よ
 何をしていたかわかるだろう
 心から愛する人のため
 捧げた祈りが聞こえたはず」

 電話の向こうに語りかけるように歌われる曲は…『Blue moon』。
 彼女の曲はすべて…電話の向こうの誰かに捧げられているのだろうと思う。
 けれど…私は知っている。その電話は誰にもかけられていないことを。

 私は店を出て冷たい風の吹く町を歩く。
 風は運ぶ、あの人の歌声を…。
 歌姫の届けられぬ想いを…。
 彼女の想いは悲しい。

 私はタバコに火を点けた。

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プロフィール
夏風亭心太


 酒、煙草が好き。
 猫好き、爬虫類好き。でも、虫は全部駄目。
 夜が好き。月が好き。雨の日が好き。
 
 こんな奴ですが、よろしくお願いします。
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