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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 俺がそいつに声をかけたのは、ほんの気まぐれだった。
 小さなバーのカウンターで一人、カクテルのグラスを傾けていた。
 ブルームーン…一人で飲むには似合わないカクテル…
「…私は…月…」
 そいつはそう名乗った。
 誘うとついてきたから、俺はそのまま自分の部屋へ連れ帰った。

『青い月よ
 一人ぼっちの僕を見ただろう
 胸に抱く夢もなく
 恋人もいない僕を』
 ブルームーン…そんな曲をかけようと思ったのはそいつが飲んでいたカクテルの印象が強かったから、だろうか…
 そいつはカーテンを開け、エアコンで程よく冷えた部屋の空気を無視するかのように窓を開け放った。
 俺がソファに座ってそいつの行動を黙って見ていると、そいつはベランダに出て手すりに背中を預けるようにして俺を見ると、妖艶、としか言いようのない笑みを浮かべた。
「…月…」
 そう言ってそいつが指差した方角を見ると…満月が出ていた。
「…私は…月…これから蝕まれる月の…かけら…」
 ああ、そういえば…今夜は月蝕なのだと、朝のニュースで聞いた記憶がある…満月の夜には少し狂ったものたちが集うのだと言っていたのは…昔付き合ったことのある女、だったろうか…。
 そいつの指先に誘われるように俺はソファから立ち上がる。視線は月に…。
 パサリっ…何か軽いものが落ちる音に視線をそいつに戻すと、思っていた以上に整った、白い裸体が視界に入った。
「…始まる…」
 もう一度促されるように俺は空にかかった月を見る。ゆっくりと欠ける、月。
 目の錯覚か? 月が欠けるにしたがって、目の前のそいつの白い身体が自ら光を放ち始めた。
 そいつが、ゆっくりと動く。その姿を俺に見せ付けるように…。俺の視界の中で、そいつの身体と月が、重なった。
 明るい明るい満月の光…月が目の前に落ちてきたようで…それは月の明かりなのか、そいつが発光しているのか…。
 あまりの明るさに目を閉じて…開けたら、そいつはもうどこにもいなくて…ただ、そいつが確かにそこにいたという証拠のように、そいつの身につけていた衣類だけがポツンとその場に残されていた。

『青い月よ
 何をしていたかわかるだろう
 心から愛する人のため
 捧げた祈りが聞こえたはず』
 一目惚れだったのかもしれない…俺はそいつを忘れることが出来なかった。
 毎夜、この曲をかけ、窓を開け放ってベランダを見ている、月を見ている。
 いつか…また月蝕の夜、この歌のようにそいつが俺の前に現れてくれないだろうか…。そうしたら、俺は、ずっと月を蝕み続けて、そいつを手放さないのに…



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 愛してる、なんて言って欲しかったわけじゃない。
 何かが欲しかったわけでもない。
 ただ、私のままでいさせて欲しかったの。
 誰かの、妻、でもなく、母、でもなく…。
 私は私でいたかっただけ…。
 あなたが悪いのよ?

「ねぇ、ママァ? パパはぁ?」
 あなたの大事な息子が私を見上げて聞く。今夜のおかずのシチューを口に運びながら…。
「お仕事よ。また、出張、ですって」
 私はにっこり笑って答える。

 息子が出来て。そりゃ、とっても可愛いわが子だけれど…。
 私は私でなくなった。
 息子の母、としての存在しか認めてもらえなくて…そのくせ、あなたは外で他の女と遊んでいたのね。
 あなたが悪いのよ?

「じゃあ、また、いっつも見たいにお土産たくさん?」
 そうね、私は答える。今度の出張先はすごく遠くなの。だから、パパはお土産を先に置いていったのよ。

 この子が娘だったなら…私はこんなこと考えもしなかった。
 だんだんとあなたに似た顔立ちになってゆく息子を見るのが耐えられなかった。
 私はこの子の母親。でも、私は私…。自我を持ってはいけないの?
 あなたが悪いのよ?

 鍋の中で良いダシをだしているものにそっと囁く。
 母が、これだけは、と持たせてくれた高価な包丁のセット。
 とっても役にたったわ。
 当分、息子に美味しい肉料理を食べさせてやれる。




 愛おしくて可愛い、小さなあなた。
 あなたがその小さな手で私にくれるクッキーと一緒にあなたの指を食べてしまいたい。
 きっと、クッキーの味がするはずね?

 あなたが走るその姿。細くすらりとしたふくらはぎを食べてしまいたい。
 赤くなっている頬を食べてしまいたい。
 きっと、世界中の高級食材を集めたよりも、美味。

 でも、少し舌っ足らずな声で「おかあさん」といってくれる声も、差し出すと握り返してくれるその手の温もりも、大好きだから…。

 もしも、あなたがもう生きられないのだと、そんな病に罹ったのだとしたら…。
 私が殺してあげる。あなたが苦しむ前に。殺して食べてあげる。
 髪の毛はあなたを模した人形を作って、その詰め物に。いつもあなたの大好きだった甘いシャンプーの香りをさせて…。
 小さな骨は、ネックレスに。きっと象牙のそれよりも綺麗だから。
 大きな骨は…そうね、笛でも作りましょう。その音色は、あなたの声のように耳に心地好いわ。
 頭蓋骨は手元に置いて、いつもあなたにそうしたように、毎日毎日撫でてあげる。
 そして、あなたの体は…ひとかけらも残さず、私が食べてあげる。
 私の中から生まれたあなたですもの。もう一度私の中に帰るのは理に適ったことでしょう?

「おかあさん」といって走ってくるあなた。
 小さくて可愛いあなた。愛おしいあなた。
 私はあなたが大好き。食べてしまいたいぐらい…。




 通い慣れた17段の階段を早足で駆け上がる。
 同居をしていても別に居を構えるようになっても、この階段はいつも、私にとっては特別な場所だ。新しい冒険の第一章は、この階段から始まることが多い。
 その階段を上りきったところにあるドアを開けると、見慣れた部屋にその部屋の主はいない。
 彼が出かけるのを街灯の影から見ていて来たのだから当たり前なのだが、それでも、それが少し寂しいと感じてしまった。
 いつもの外套にいつもの帽子。そうそう長時間の外出ではないことも確認済みだ。
 下宿屋の主であるハドソン夫人に声をかける。
 彼女も心得ていて、私が頼んだ通りにセッティングをしてくれた。
 私の上着の内ポケットには一通の電報。急がないけれど、実に興味を引く内容の文面。それから…彼がいつも吸っているタバコ…。彼が喜ぶ物を他には思いつかなかったから。
 すべての準備が済むと、彼が出て行った後の状態に…暖炉の火はつけたまま、ランプの火を落として…私は自分の指定席に座って、彼の帰りを待った。


 思ったよりも遅くなってしまったな…
 私は小さく舌打ちをして、馬車を拾う。
 ワトスンが近くの街灯の影から部屋の様子を伺っているのは知っていた。だから、暖炉の火も落とさずに出かけたのだが…待っていてくれているだろうか?
 馬車を降り、部屋の窓を見上げる。ランプは点いていない。けれど、かすかに見える赤い光が、暖炉は点いたままだと教えてくれた。
 ワトスンは…帰ってしまったのだろうか?
 下宿の女将のハドソンさんももう休んでいるようだ。私は静かに階段を上がった。
 ドアを開けて…真っ先に気付いたのは、テーブルに用意された料理の数々…そして…自分の椅子で座ったまま眠ってしまっている、ワトスン…。
 さて、何か、あったのだろうか? 思いを巡らせるが、思いつくことは何もない。
 眠っている彼に毛布をかける。と、彼がかすかに身じろぎをした。
「ぅ…ん…」
 起こしてしまったか、と思ったが、ワトスンは眠ったままだ。最近、あまり顔を出さなくなっていたが、本業が忙しいのだろう。その顔には疲れが窺える。
「…ホームズ…」
 呼ばれて、顔を見やるが、どうやら寝言のようだ。
「…誕生日、おめでとう…」
 ……そうか…今日は…私の誕生日だった…私自身も忙しくてすっかり忘れていた…。
 ワトスンは忙しい合間をぬって、私にそれを言うためにここに来たのか…ハドソンさんを巻き込んで、パーティを開いてくれようと?
 私は一旦かけた毛布を取って、元の位置に戻す。
 それから静かに外へ出た。
 改めて…出来るだけ大きな音を立てるように帰宅するために。




 龍は30日に一度、一個の卵を産んだ。

 最初、その卵は黄色くて細長い。

 ずっと一匹だった龍は、その卵に語りかける。

 長い長い間、ずっと一匹で生きてきたのだ、と。

 卵は龍の言葉を聞きながら少しずつ、成長する。

 何かの罪の償いのはずなのに、その罪を思い出すことが出来ないのだ、と。

 卵は、少しずつ、丸に近づく。

 どうすれば許されるのか、それさえも自分は知らないのだ、と。

 10日も過ぎたころ、龍は自分が空腹であることに気づいた。

 自分は、こうして卵を守る前、何を食していたのか。

 長い間に産んだはずの卵は、どうなってしまったのか。

 どうして、一匹くらい、自分と共に在ってはくれないのか。

 疑問に思うと、その疑問さえ、空腹を助長するようで。

 もう、明日はその卵が孵るのではないか、という日。

 龍は、その卵を食べてみたくて仕方がなくなっていた。

 それほどまでに空腹だった。

 一口くらい、大丈夫だよ。

 どこかで誰かが囁いて。

 龍は、卵を一口齧った。

 一口齧るとそれはもう、美味しくて美味しくて。

 龍はそれが自分の卵であったことなど忘れてしまった。

 そうして、15日間かけて育った卵を15日間かけて食べ。

 龍はまた、卵を産んだ。

 その卵を孵化させることさえ出来たなら、龍は一匹でいることはなくなるものを。

 そうして自分の子を食べ続けることこそが、罪で、罰であるということ。

 龍は気づきもせず、毎月毎月、同じことを長い長い間、繰り返し続けている。



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 猫好き、爬虫類好き。でも、虫は全部駄目。
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