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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 しとしとと、雨が降ってた。
 入った店から一歩出て、八戒が少し表情を歪ませる。

「だから出かけるの、嫌だったんですよ…」

 ため息が聞こえる。
 美味い酒と美味い料理を堪能した後の表情としては頂けねぇ。

「傘、借りてきますか…」

 今出た店に戻ろうとする八戒を俺は止めた。

「春雨じゃ、濡れて行こう」

 芝居がかった調子で俺が言うと、思わず、と言った感じで八戒が噴き出した。

「なんですか、それ…」
「桃源郷から東に行ったとこにある小さな島国の芝居の台詞だ」

 変なこと知ってますねぇ…少し呆れたように言いながら、それでもさっきの暗い表情は晴れたようだった。

「でも…今夜の雨は冷たいですよ? 帰るまでに身体がすっかり冷えてしまいそうです」
「ん? いいじゃん。冷えたらあったまれば。お互いの温もりで温めあおうぜ?」

 俺は無防備に向けられた八戒の右の頬に掠めるようなキスを贈るとしっかりと手を握り、しとしとと冷たい春の雨で煙る街の中に走り出した。



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 道端に咲いていた花を見て、彼女を思い出しました。

 ひっそりと静かにいつも微笑んでいた、そんな雰囲気が、彼女にもこの花にもある。その表情だけを思い出したいといつも、思う。



 スノーフレーク。
 この花の花言葉が「純潔」だと知って…その悪いジョークのような言葉に思わず笑ってしまう。
 純潔? 
 姉弟で愛し合った彼女が…。
 いや、彼女をそう変えてしまったのは、僕…。

 僕と出会わなければ、彼女はあの純真な笑顔を…愛する誰かのために、今も見せていたかもしれない…。
 あんな死に方をしなかったかもしれない…。

 雪の薄片のように…溶けるようにして消えた…彼女の命…。
 その意味では、この花は彼女なのかもしれない。


 花喃…
 綺麗な花を見て、可愛い花を見て思い出す君の姿はいつも…
 
 最後の時の血に染まった笑顔だけなんだ…。



「なぁ、八戒。米、一握りくんねぇ?」
 俺が声をかけると、八戒はきょとん、とした顔で聞き返してきた。
「お米、ですか? 炊いたご飯じゃなくて?」
「うん。米」
 不思議そうな顔をしながら、いいですけど…と少しの米を袋に入れてくれた。
「それとすまねぇけど…出発を2時間ほど遅らせて、つっといてよ、三蔵に」
 それ以上何かを聞かれる前に、まだ朝靄で霞む空気の中、俺は宿を出発した。



 前日、この村に入る前。小高い丘のてっぺんで休憩をした。
 そこには小さな石碑が立っていた。
 何かが刻んであったが、風化していてよくは読めねぇ。
「道祖神、かもな…」
 そこで小休止、とジープを止め、それぞれが降り立つと、三蔵がぼそりと呟く。
「ドウソジン?」
 それって何? つって悟空が聞くと、八戒が教師然として答えていた。
「どうそじん、と言うのは、道と言う字に祖先の祖、神と書きます。道路の悪霊を防いで、その道を行く人々を守る神様のことですね」
 八戒の言葉を聞きながら、咥え煙草で俺はその石碑を見る。風化して見にくい文字が…煙の向こうに読めた気がした。
『名も無き者の墓』
 そこにはそう刻んであった。



 開店前だという花屋の前で無理を言って、一輪だけ真っ赤な花を買う。花の名前なんざ知らねぇ。俺にはその色しか考えられなかったから。
 昨日の丘まで歩く。ジープだとすぐだった距離も歩くと小一時間もかかった。
 石碑の前に立つ。ずっと続く平坦な地平にしがみつくようにして生活する村が見えた。
 眺めは、悪くねぇ。それが、せめても、か…。
 その前に持って来た米を置き、花も置く。
 墓参りには、米と水と花を持って行くんだと教えてくれたのは誰だったろう…。狂気に支配される前の、あのヒト、だったのかもしれねぇが、記憶はひどく曖昧だ。
 さすがに水は持って来なかったが…許してくれんだろ…。



 宿に入って飯がすむと、俺はその村で一軒しかねぇっていう酒場に出かけた。
 小さな村だ、綺麗どころを期待してたわけじゃねぇ。
 案の定、そこには村の男共が好き勝手に座って酒を飲んでいるだけだった。
 俺はあの石碑のことが聞きたくて、その中でも最も年長と思える爺さんの横に腰をかけた。
 何杯か酒を奢り、旅の話を聞かれるままに…面白おかしく装飾して話し…そして、訊ねた。
「あれは…わしの爺さんから聞いた話だがなぁ…。その爺さんもそのまた爺さんから聞いたと言っておったし、その爺さんもそのまた爺さんから……」



 それくらい昔の話だがの。
 村に妖怪の女が流れてきた。
 その当時、村は山向こうに住む山賊の恐怖に怯えておっての。よそ者にかまけておる暇はなかった。
 だから、女がそやつらに連れ去られても、誰も見て見ぬ振りだったんじゃ。
 その後もやっぱり村はずっとその山賊共に搾取され続けた。
 そして…女が連れ去られて2年ほど経った頃…その女が戻ってきおった。
 腕には…紅い髪の死んだ赤子を抱いて、狂気に支配されて…。
 だが、山賊共の中で2年間も生き延びた女じゃ。寵愛されておったのだろう。
 自分にどんな厄災が訪れるかもわからぬ状態で、女に手を差し伸べるものなど、おらんかった。
 女は、ほどなく死んでしもうたが、そのまま放置されておった。
 暫くして、山賊共の住む山を越えて人が村にやってきた。
 その旅人が言うには、山の上の屋敷が燃え落ちておった、と言うのじゃ。
 推測をするしかなかったんじゃが…女が赤子を産み、その赤子を殺されて狂い、山賊共を皆殺しにして屋敷に火を放ったのだろう、と。
 女は疫病神から、救い主へと変じた。
 じゃが、誰も女の名を知らなかった。墓を立ててやることもできんかった。そこで…あそこに…。



「やっぱりここだったんですね…悟浄…」
 石碑の前でしゃがみ込んで手をあわせていた俺は、声をかけられるまで、八戒が来た事に気付かなかった。
「名も無き妖怪の女の墓、ですか…。宿のご主人に聞きましたよ、この石碑の由来。貴方、お母さんのことを思いだしたんですね?」
「…笑う、か?」
「いいえ…。僕も同じですから…」
 八戒が隣に腰を下ろし、俺の置いた花の横に真っ白な花と、小さなグラスに入った水を置く。
「あのヒトの墓なんざ、作って来なかったからよ…きっと無縁仏として葬られたんだろうな…」
「僕には…葬るものすら残されませんでしたから…」
 そのまま二人で無言で祈る。
 何を?
 あのヒトの冥福を?
 そんなの今更だし…そうだな…自分が行き抜いたこれまでに感謝を。そして、これからの生き様を見ていてくれるように…。
「お彼岸ですもんね、思い出してもいいでしょう?」
 にっこりと笑って八戒が立ち上がる。行きましょう、と差し伸べられた手を借りて立ち上がると俺は石碑に背を向けた。
「三蔵とお猿ちゃんは?」
「下で、ジープに乗って待ってます。出発ですよ」
 言われたほうに目をやると、相変わらず苦虫を噛み潰したような顔の三蔵と、俺の姿を見つけて大きく手を振る悟空の姿が見えた。



「おっせ~よ、悟浄!」
 ジープの前まで行くと悟空が焦れたように声をかける。
「気は、すんだのか…二人とも…」
 ぼそり、と三蔵が呟く。
「はい、すみませんでしたね」
 優等生の笑みを見せて八戒が答えた。
「すまなかったな、勝手な行動してよ」
 俺は三蔵の問いには答えず、それだけを言う。
「てめぇの勝手なんざ、いつものことだろうが」
 あっそ、相変わらずのお言葉で…。
 俺が煙草を咥えると、珍しく三蔵が火を差し出して来た。それに煙草を近づけて火を灯し、大きく吸い込む。
「気がすんだがどうかなんざわかんねぇけどよ…なんか、さっぱりした」
「…そうか…。じゃぁ、出発するぞ」
 いつもの位置に落ち着いて、ジープは西に向かって走りだした。



 名も無き者の墓の前で。
 過去を憧憬し、未来を見据えた時間。
 理想や悟りなんざくそっ食らえだけど、こうしてあのヒトに思いを寄せさせてくれた「彼岸」には感謝するべきなんだろうな。

 今日も、いい天気、だ…。

 嬉しそうに肉まんを頬張りながら、無邪気な笑顔で三蔵を見上げる悟空。


 それは、春らしい気温が続いていた毎日の中、急に寒さが戻ったある日のことだった。

 なんとか寺での自分の居場所を確保して、それでも三蔵の傍にしかいる場所がなくて…不安な思いに押し潰されそうになっていた悟空を見るに見兼ねて、三蔵は悟空を街に連れ出した。

 14~5歳に見える悟空は、けれど、その姿よりもずいぶんと幼いように感じる。
 三仏神の言っていたことが本当だとすれば、彼はその見た目の年齢よりも500年は多く生きているはずだが、とてもそんな風には思えなかった。

 三蔵は呼ばれた…声なき声に呼ばれ、悟空を手元に置いた。

 それが吉だったのか凶だったのか、今はまだわからない。
 ただ、師である光明を失ってから初めて、誰かが傍にいることに違和感を感じない、そんな相手が悟空だった。
 自分にはないと思っていた、保護欲というやつが目覚めたのかもしれない、と自嘲気味に思っている。


「さんきゅな、三蔵」

 にこにこと言う悟空に三蔵は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「そんなに肉まんが嬉しいか…」

 餓鬼が…煩そうに顔をしかめる三蔵の顔を悟空はまっすぐに見上げる。

「これも美味いし、嬉しいけどさ…」

 いくつか買ってもらって袋に入っている肉まんを一個取り出し、三蔵に差し出す。

「三蔵も食う?」

 是とも否とも言う前に押し付けられた。期待の篭った眼差しで見つめられ、仕方なしに一口かじると嬉しそうに悟空が笑顔を見せる。

「な? 美味いだろ?」
「…ああ…」

 勢いに飲まれたように答える三蔵に、ふと、悟空は真面目な表情を見せた。

「…さんきゅ、な…三蔵…」

 もう一度同じ言葉を…今度は真摯に、呟くように言った。

「…俺を見つけてくれて…一緒にいてくれて…」

 急に何を言い出すんだ…三蔵は照れ臭そうに悟空から視線を外し、もう一口、肉まんをかじる。

「今日は、さ…人に感謝をする日なんだって、寺で誰かが言ってたからさ…」

 こっちも照れ臭そうに真っ赤になりながらそう言うと、悟空は何個目かの肉まんにかぶりついた。


 ああ、そういうことか…。
 三蔵は合点がいったように頷いた。

 だったら、俺もお前に言わないとな…悟空…。
 俺の傍に来てくれてありがとう…太陽の存在を思い出せたのは、お前のお陰だ…。


 声に出しては言わないけれど…


 今日は[ありがとう]の日。



 ヒト、ってのはホント、あっけないもんなんだなぁ…。

 それが残された3人と1匹の正直な感想だった。
 目的のために必死になって命を屠り続けてきたのに…いや、だからこそ、改めてそう思ったのかもしれない。



 天竺、吠登城での闘い。
 敵対していた紅孩児たちと力をあわせて、阻止した牛魔王の蘇生。
 負の波動に支配され、狂っていた妖怪たちが取り戻した自我。
 すべてが終わって、手を取り合って闘った紅孩児たちが、三蔵一行を飛竜で長安まで送ろうというのを彼らは断り、来た時と同じように帰路を進んでいた。

 自分たちのしたことで、世の中がどう変ったのか見定めるため。
 悟空には帰路に花を手向けたい少女があった。
 悟浄にも、そういう思いのある少年たちがあった。
 三蔵には呪符に飲まれてしまった昔の知人がいたし、八戒は黄色い瞳の宿屋の主人が忘れられなかった。
 そして、全員で…山の中の小さなたくさんの墓碑に囲まれる大きな墓碑にすべてが終わったと報告する…そんな義務感もあった。

 多くを語らない彼らに、紅孩児たちは、3着の黒の礼服と一着の真新しい法衣を贈った。
 悟空の喪服とネクタイには金糸で刺繍された太陽、悟浄のそれには紅い糸で刺繍された炎、八戒のそれには碧の糸で刺繍された蔦の葉が、見えないところにひっそりとつけられていた。



 帰路についてほどなく、八戒が寝込んでしまった。
 彼らの中で、多分、一番負の波動の影響を受けていたのだろう。妖怪としての力が強かったのは、八戒だったはずなのだから。
 まさしく、気が抜けた、という感じだったのだろう。
 そしてそのまま、回復することなく、彼は、逝った。

 その事実に彼らはどう対処したらいいのか、わからなかった。
 ただ漠然と、葬式しなきゃ、と思っただけだった。
 西に近く、その街は基督教の色が濃い街だった。
 八戒が基督教の孤児院で育ったことを知っていた彼らは、その方法で彼を弔うことに、した。


「八戒…すまねぇな…一緒に連れて帰れなくてよ…」

 親友が納められた棺の前に一人で悟浄は立っていた。
 悟空は気が抜けたようになって控え室でジープと座っていたし、三蔵は喪主の役目を勤めようと動き回っていた。
 棺の中の八戒は紅孩児たちから贈られた礼服に身を包んでいる。
 長安まではまだ遠い。この街には火葬の設備もない。この街の墓地に葬って進むしか、彼らの選択肢はなかった。
 悟浄も同じ礼服を着ている。
 彼は、すっ、とネクタイを外した。
 それから、八戒のネクタイも外す。

「連れて帰ってやるよ…心を…そんで、お前の最愛のヒトと同じ場所に弔ってやる」

 八戒から外したネクタイを自分に締め、自分のネクタイを八戒に結んだ。

「俺の心を添わせてやるから…」

 葬儀場の係員が忘れて行ったらしい鋏を見つけた悟浄は自分の髪を一房切り取ると、八戒の礼服の内ポケットに忍ばせ、制御装置であるカフスを外す。
 一個を自分の耳に嵌め、あとの二つをポケットに忍ばせた。三蔵と悟空に、一個ずつ。
 棺の蓋を閉めかけて…何かを思いついたようにもう一度蓋を下ろすと、彼の義眼を取り出した。
 カフスを仕舞ったポケットとは逆の方に滑りこませる。

「ゆっくり休んでくれ…八戒…」

 しっかりと棺の蓋を閉めた。


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