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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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「なぁ、八戒。米、一握りくんねぇ?」
 俺が声をかけると、八戒はきょとん、とした顔で聞き返してきた。
「お米、ですか? 炊いたご飯じゃなくて?」
「うん。米」
 不思議そうな顔をしながら、いいですけど…と少しの米を袋に入れてくれた。
「それとすまねぇけど…出発を2時間ほど遅らせて、つっといてよ、三蔵に」
 それ以上何かを聞かれる前に、まだ朝靄で霞む空気の中、俺は宿を出発した。



 前日、この村に入る前。小高い丘のてっぺんで休憩をした。
 そこには小さな石碑が立っていた。
 何かが刻んであったが、風化していてよくは読めねぇ。
「道祖神、かもな…」
 そこで小休止、とジープを止め、それぞれが降り立つと、三蔵がぼそりと呟く。
「ドウソジン?」
 それって何? つって悟空が聞くと、八戒が教師然として答えていた。
「どうそじん、と言うのは、道と言う字に祖先の祖、神と書きます。道路の悪霊を防いで、その道を行く人々を守る神様のことですね」
 八戒の言葉を聞きながら、咥え煙草で俺はその石碑を見る。風化して見にくい文字が…煙の向こうに読めた気がした。
『名も無き者の墓』
 そこにはそう刻んであった。



 開店前だという花屋の前で無理を言って、一輪だけ真っ赤な花を買う。花の名前なんざ知らねぇ。俺にはその色しか考えられなかったから。
 昨日の丘まで歩く。ジープだとすぐだった距離も歩くと小一時間もかかった。
 石碑の前に立つ。ずっと続く平坦な地平にしがみつくようにして生活する村が見えた。
 眺めは、悪くねぇ。それが、せめても、か…。
 その前に持って来た米を置き、花も置く。
 墓参りには、米と水と花を持って行くんだと教えてくれたのは誰だったろう…。狂気に支配される前の、あのヒト、だったのかもしれねぇが、記憶はひどく曖昧だ。
 さすがに水は持って来なかったが…許してくれんだろ…。



 宿に入って飯がすむと、俺はその村で一軒しかねぇっていう酒場に出かけた。
 小さな村だ、綺麗どころを期待してたわけじゃねぇ。
 案の定、そこには村の男共が好き勝手に座って酒を飲んでいるだけだった。
 俺はあの石碑のことが聞きたくて、その中でも最も年長と思える爺さんの横に腰をかけた。
 何杯か酒を奢り、旅の話を聞かれるままに…面白おかしく装飾して話し…そして、訊ねた。
「あれは…わしの爺さんから聞いた話だがなぁ…。その爺さんもそのまた爺さんから聞いたと言っておったし、その爺さんもそのまた爺さんから……」



 それくらい昔の話だがの。
 村に妖怪の女が流れてきた。
 その当時、村は山向こうに住む山賊の恐怖に怯えておっての。よそ者にかまけておる暇はなかった。
 だから、女がそやつらに連れ去られても、誰も見て見ぬ振りだったんじゃ。
 その後もやっぱり村はずっとその山賊共に搾取され続けた。
 そして…女が連れ去られて2年ほど経った頃…その女が戻ってきおった。
 腕には…紅い髪の死んだ赤子を抱いて、狂気に支配されて…。
 だが、山賊共の中で2年間も生き延びた女じゃ。寵愛されておったのだろう。
 自分にどんな厄災が訪れるかもわからぬ状態で、女に手を差し伸べるものなど、おらんかった。
 女は、ほどなく死んでしもうたが、そのまま放置されておった。
 暫くして、山賊共の住む山を越えて人が村にやってきた。
 その旅人が言うには、山の上の屋敷が燃え落ちておった、と言うのじゃ。
 推測をするしかなかったんじゃが…女が赤子を産み、その赤子を殺されて狂い、山賊共を皆殺しにして屋敷に火を放ったのだろう、と。
 女は疫病神から、救い主へと変じた。
 じゃが、誰も女の名を知らなかった。墓を立ててやることもできんかった。そこで…あそこに…。



「やっぱりここだったんですね…悟浄…」
 石碑の前でしゃがみ込んで手をあわせていた俺は、声をかけられるまで、八戒が来た事に気付かなかった。
「名も無き妖怪の女の墓、ですか…。宿のご主人に聞きましたよ、この石碑の由来。貴方、お母さんのことを思いだしたんですね?」
「…笑う、か?」
「いいえ…。僕も同じですから…」
 八戒が隣に腰を下ろし、俺の置いた花の横に真っ白な花と、小さなグラスに入った水を置く。
「あのヒトの墓なんざ、作って来なかったからよ…きっと無縁仏として葬られたんだろうな…」
「僕には…葬るものすら残されませんでしたから…」
 そのまま二人で無言で祈る。
 何を?
 あのヒトの冥福を?
 そんなの今更だし…そうだな…自分が行き抜いたこれまでに感謝を。そして、これからの生き様を見ていてくれるように…。
「お彼岸ですもんね、思い出してもいいでしょう?」
 にっこりと笑って八戒が立ち上がる。行きましょう、と差し伸べられた手を借りて立ち上がると俺は石碑に背を向けた。
「三蔵とお猿ちゃんは?」
「下で、ジープに乗って待ってます。出発ですよ」
 言われたほうに目をやると、相変わらず苦虫を噛み潰したような顔の三蔵と、俺の姿を見つけて大きく手を振る悟空の姿が見えた。



「おっせ~よ、悟浄!」
 ジープの前まで行くと悟空が焦れたように声をかける。
「気は、すんだのか…二人とも…」
 ぼそり、と三蔵が呟く。
「はい、すみませんでしたね」
 優等生の笑みを見せて八戒が答えた。
「すまなかったな、勝手な行動してよ」
 俺は三蔵の問いには答えず、それだけを言う。
「てめぇの勝手なんざ、いつものことだろうが」
 あっそ、相変わらずのお言葉で…。
 俺が煙草を咥えると、珍しく三蔵が火を差し出して来た。それに煙草を近づけて火を灯し、大きく吸い込む。
「気がすんだがどうかなんざわかんねぇけどよ…なんか、さっぱりした」
「…そうか…。じゃぁ、出発するぞ」
 いつもの位置に落ち着いて、ジープは西に向かって走りだした。



 名も無き者の墓の前で。
 過去を憧憬し、未来を見据えた時間。
 理想や悟りなんざくそっ食らえだけど、こうしてあのヒトに思いを寄せさせてくれた「彼岸」には感謝するべきなんだろうな。

 今日も、いい天気、だ…。

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