悟能は優しいから。

　恋に落ちて、わたしたちが兄弟だとわかった時、わたしは悪くないって…悪いのは自分なんだって…優しく抱きしめてくれた、あの淋しそうな顔を忘れられないの。
　恋をしたことが罪なら…わたしも同じ罪人なのよ？

　ごめんね、悟能…。

　貴方の目の前で死んだわたしを、許して？
　わたしは貴方が来るまで、何日でも何年でも…何十年でも待つつもりだった。
　辱められても、最後に貴方の顔を記憶のすべてに焼きつけて逝きたかったから。
　貴方に、思いのすべてを託して逝きたかったから。

　それに…。
　貴方は…わたしの姿を見なければ、諦めないでしょう？
　わかるのよ、わたしも同じだと思うから。
　
　だから…
　貴方を、待ったの。
　貴方に…未来へと進んで欲しかったから。

　

　ねぇ…悟能……

　わたしは………


　貴方の思い出になれたかしら？

　あいつにとっても…江流は…戒めなんだろう…。



　なんだ、あいつらは。
　なぜ、江流の傍に当然のような顔をして立っている？　妖怪のくせに。
　江流はなぜ、傍に置いておく？　あんな奴らを。

　俺の戒めは江流だった。
　救うな！　死なせてしまえ！
　お前にとっても…江流は…戒めでは、ないのか！



　ありがとう、江流を救ってくれて…。
　俺を止められる唯一の存在の、あいつを…生かしてくれて…。

　ありがとう…

　ん？八戒？
　あいつは…わかりやすい奴だよなぁ。

　まぁ、何考えてんのかわかんねぇこともあっけど。
　そんでも、わかりやすいんだよな。

　頭良くて、俺なんか一行も読めずに寝ちまうような本を嬉しそうな顔で読んで。
　酒には酔わない。
　雨が苦手。
　なんでもかんでも背負い込んで。
　器用そうに見えて、ホントはすげ～不器用で。
　特に、自分のことには不器用なんだよな。これは俺と一緒かもしんねぇな。
　鉄壁の笑顔で、見てるのが辛ぇこともあっけど。
　だからさ、たまに見せてくれる、ホントの笑顔がすげ～好きなんだ。


「ねぇ…悟浄……」

　体温を求めて猫のように擦り寄って来る温もり。
　俺が求めても無視するくせに、さ。
　けど、俺はその温もりを逃がしてやったりはしねぇのよ。
　なぜなら……。

　窓の外から湿った空気と雨の音。



　ほら、八戒は…
　わかりやすい。

　きゅ？　
　きゅぅ～きゅきゅっ。ぴぃ～～。
　きゅぴっ。きゅきゅぴぃ、きゅ。きゅぅぴぃきゅきゅっ。
　きゅぴぃ、きゅきゅ。きゅぅ～～。ぴぴっ。きゅぃ～～きゅっ。
　ぴぃ、ぴきゅ。（羽ばたばた）
　きゅきゅっ。ぴ～きゅぅきゅぃ。きゅぅ～きゅぅきゅぴ。ぴぃ～～きゅっきゅぅきゅぃ。

　きゅっきゅっぴぃ～～！！



　八戒？
　ボクの飼い主、なのかなあ。大好き。
　優しいし。運転は荒いけど。撫でてくれる指が気持ちいい。
　怪我してるとこを拾われた。嬉しかった。助かったって。命の恩人。
　だからボクに出来る事ならなんでもしてあげる。
　大したことはできないけど。望んでくれるなら。車にだってなってあげる。肩の上で甘えて見せる。

　悟浄、ボクの八戒に悪戯するな～～！！

　奴は…なんでも自分で背負い込み過ぎるんだよ…。

　以前、奴にそう言ったら、貴方もそうでしょう、と言い返しやがった。

　笑いながらなんでもねぇみてぇな顔して。
　それに苦笑して、それよりはマシでしょう、と俺の眉間の皺を指差して、さらに笑顔で。

　なんでもかんでも背負い込むくせに、どこか全部を諦めたような顔をして、何も見てねぇところもあって。

　どこか……俺に、似ている…気がして、目が、離せねぇ。

　だから…心配なんじゃねぇか。
　知ってるのか？　
　俺の思いを。

　てめぇが欠けると困るんだよ。

　「おい、八戒…」

　何も見てねぇんなら見せてやる。すべてを諦めねぇように、生きることを諦めねぇように。
　俺が、見ててやる。

　だから…今夜も…奴を褥に誘う。
　どこか嬉しそうに微笑んで近づく奴を…俺のすべてで。
　生に引き止めるために。