くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
Category:最遊記
部屋に入ると、頭の上に無理矢理乗せられたパーティハットだか言う派手な円錐形の紙の帽子を投げ捨て、ベッドに転がった。
大きく伸びをして横になったまま煙草に火を点ける。
適度に酒も入り、腹も一杯だ。
誕生日、か…。
忘れてたわけじゃ、ねぇ。
まぁ、覚えてたくなかった、ってのが本心。
この大きな街で、三蔵が三仏神と連絡を取るとかで一週間ほど滞在する事になった。
一週間も雑魚寝ってわけにはいかない、ってんでそれぞれ個室を確保できる宿に入り、俺は毎晩、連中の目を盗んで遊んでた。
今夜も、そうするつもり、だったんだがなぁ…。
朝から八戒が忙しそうに動いてた。
悟空が八戒を手伝ってた。
三蔵が八戒に「早く戻ってくださいね?」と言ってる声が聞こえた。
朝帰りして微睡む中で感じた気配と声。
夢だったと思って出かけちまっても良かったのに、結局俺は出かけられなかった。
夕方、部屋から出ると、早速八戒に捕まった。
「悟浄、なんか久しぶりですね?」
ちくり、と嫌味を忘れない一言の後、俺はその宿のパーティルームのようなところに連れ込まれた。
そこには三蔵と悟空もいて、大きなテーブルには溢れんばかりの料理が用意されてて…。
「ハッピーバースディ、悟浄!」
元気な悟空の声とその手にあったクラッカーで、俺の誕生日パーティとやらが始まった。
八戒が無理を言って厨房を借りたらしく、その料理のほとんどは八戒の手製で美味かったし、三蔵が俺に、と渡してくれた酒は最高級品で、こいつも美味かった。
料理のほとんどは悟空の腹に消え、俺に、と持って来たはずの三蔵の酒はほとんど三蔵自身の腹の中に消えた。
悟空に無理矢理被らされたパーティハットはこっ恥ずかしかったし、酔った三蔵が絡んでくるのは鬱陶しかったけど。
まぁ、楽しい、っちゃ楽しいんだろう、な…。
でも、何より…その場は居心地悪かった。
悟空が満腹になり、三蔵が酔い潰れてしまうと、パーティとやらはお開きになった。
八戒を手伝って片付けようとすると、「今日はいいんですよ。貴方が主賓だったんですから」と断られ、俺はすることも見出せず、部屋へと戻った。
誕生日、か…。
一体、何がハッピー、なんだろうな…。
俺が生まれたせいで死んだ、本当の両親。
そして、俺がいたせいで狂った、あのヒト…。
自分の母親の血で手を染めた、兄貴…。
俺が生まれた事で、人生の歯車が狂ったヤツが何人、いた?
どこが、ハッピーなんだ?
何が、めでたい、ってんだ?
思考がぐるぐると空回り、する。
飲み慣れねぇ高級な酒のせい、か?
らしく、ねぇ…。
だから、この日のことは覚えていたくなかったんだが、な…。
心が…ダルぃ………。
ドアがノックされた。
この遠慮がちで規則正しいノックは、八戒、か。
「お~…」
そのままの体勢で返事をすると八戒が入ってきた。
「悟浄……寝煙草はいけません、って何度も言っているでしょう?」
転がったまま咥えていた煙草を取り上げられる。
「いいじゃねぇかよ…んな固い事言うなっての」
そう言いながらも俺は起き上がって八戒の手から煙草を奪い返した。
「お疲れ様でした、悟浄」
俺の隣に腰を下ろして八戒がにこやかに言う。
「それはお前、だろ? 朝から準備、してくれたんだろ~が」
「だって、貴方の誕生日ですから。それに、たまにはこうやって羽目を外すのもいいじゃないですか。悟空も三蔵も楽しそうでしたし」
「ああ…そうだ、な…」
にこにことした顔で話していた八戒が急に真面目な顔になった。
「悟浄、貴方、は?」
「何が?」
「楽しみ、ました?」
「あ~…まぁ、な…」
目線を逸らして煙草を灰皿に投げ込む。
目を見たら、全部知られちまいそうで…。
「お前は、どうなのよ?」
「僕、ですか? 楽しかったですよ。久しぶりに野営ではない状態で腕を振るえましたし」
言葉が、止まる。
沈黙が部屋の中を支配する。
手持ち無沙汰になって俺はもう一本、煙草を咥えた。
「すみませんでした…」
居たたまれなくなったのか、八戒が俯いてぽつり、と言葉を零す。
「何が、よ?」
「……貴方も苦手、ですよね…。自分の誕生日…」
「いんや、別に。祝って貰ったことなんかねぇからよ、どうも、慣れねぇだけだ」
嘘が白々しく響く。
「悟浄、手を出してもらえます?」
八戒が自分のポケットを探りながら、言った。
「何?」
「いえ…プレゼントを用意したんですけど…」
「もう、もらったじゃん。パーティなんてしてくれたじゃねぇか。もういいぞ、これ以上」
「いいから、手、出してくださいよ」
何かを握ってポケットから手を出す八戒の真面目な表情に負けて、俺は手を差し出した。
そこに置かれたのは…懐中時計。
「これ………」
「ええ、そう、です。修理、してもらいました。貴方に持っていて欲しくて」
「なんでよ? これはお前の大事なもん、だろう?」
八戒がずっと手放せなかった、止まった時計。それが、時を刻んでた。
「だから、です。だから、貴方に持っていて欲しい。僕の時を動かしてくれたのは貴方だ。貴方が生まれた事で何があったのか…貴方は話してくれましたよね、悟浄。それでも貴方の時間はずっと動いていた。僕はそれに感謝します。貴方がいたから、僕は今、ここにいる。悟浄、貴方が助けてくれた命です。貴方が動かしてくれた時間、なんです。この時計は…だから、貴方に持っていて欲しい。いけません、か?」
生まれて初めて、かもしれねぇ…。
生まれたことに感謝なんかされた、のは…。
俺は手の中の懐中時計をしっかりと握った。
「ありがとう、八戒。お前の生きた時間と俺の生きた時間が…交差したこの現実に感謝する…。なんか、生まれて良かった、って今、思った…」
目の奥が熱くなる。それを見られたくなくて俺は俯いた。
それから、もう一度、ありがとう、と言った。
八戒が、満足したように微笑んだのが気配でわかる。
「出発は明日の朝、ですからね? 寝坊しないでくださいよ?」
「…三蔵が二日酔いでダウンしてなきゃ、だろ?」
俺の軽口に八戒が声を出して笑い、それから、おやすみなさい、と言うと部屋を出て行った。
誕生日、か……。
生まれたから、今が、ある。
この旅は楽じゃねぇし、あいつらといる事で不自由さを感じることも多いけど…。
ここは、居心地が、いい。
生まれたから、生きてきたから、今、俺は、ここ、にいる。
悪く、ねぇ……な。
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Category:最遊記
暗い道を歩いてた。
昨日の月の具合なら…晴れてれば、今夜も明るいはずなのに…。
雲は…出てるようには見えねぇ…。
それが唯一の道標ででもあるかのように、月、を探した。
あった……。
ボンヤリと滲んだような月が、そこに。
雲はねぇようだが、星も見えねぇってことは、やっぱ雲が……いや、霞、か…。
目をごしごしと擦る。
それでも月は滲んだままで…。
ガキの頃、悲しみや辛さを胸に抱えたまま見上げた月に似ていた。
涙に滲んだその月は…何度目を擦って見ても、ずっと滲んだままだったっけ…。
昔どっかの誰かが歌ってた歌を思いだした。
あの歌は春の歌、だったな…。
里わの火影も 森の色も
全部が霞む朧月…
今は、ガキの頃みてぇに泣いたりしねぇ。
だから、この月もまっすぐに見られる。
目の前の小さな家には暖かい火影。
雨の日に拾った、お節介な奴が、俺の帰りを待ってる。
この朧月をお伴に帰って、久しぶりにあいつと飲むのもいい、な。
もう一度、目を擦る。
月はやっぱり朧なままで…。
煌々と輝くよりも柔らかな、暖かい明かりを見せて、いた。
Category:最遊記 Crimson Moon
最近客が来ない。
毎晩出勤してはグラスを磨き、ただ、無為な時間を過ごしていた。
ふと、思い出す。俺が誰かを招きたいと思ったら…ドアは開くんじゃないか、と。
この前、ミステリアスな美女でも、って思ったら、メーテルとか名乗る美人さんがご来店だったし…。
そだな…。
幸せな笑顔を見せてくれるかわいこちゃんでも来てくんねぇかな…。
そう思ってドアを見ると、おずおずとした様子でドアが開き、ドアベルまでもが控え目な音を立てて鳴った。
「いらっしゃいませ」
入ってきた女は店内をきょろきょろと見回す。こういった店には慣れてない様子だった。
いいですか? と聞く女に、目の前のスツールを勧める。
彼女のお店だって聞いて…ああ、本当に悟浄がいるんだ。
そう言ってにっこりと優しそうに笑った女はどうやらオーナーの知り合いらしい。
オーナーは酒好きなのに、オーナーの知人はみんな酒弱いんだったっけか…。
コリンズグラスを用意して氷を入れ、ブルーの色合いが沈んだ淡く白い色のカクテルを用意した。
「チャイナ・ブルーです、どうぞ」
目の前に置くと、女は驚いたようだった。
そして、悟浄らしくない、と言って笑う。
そういえば、前にオーナーの知人が来た時も同じ事言われた気がする…。
「んじゃ、くだけちまっていいの? 良かったら名前、教えてくれる?」
名前を聞いてどうするの? 私、もうすぐ結婚するんだよ? そう言って急にくだけた俺の口調にくすくすと笑いながら、それでも、くみ、と自分の名前を教えてくれた。
「へぇ、くみ、もうすぐ結婚するんだな。そんでそんなに綺麗な笑顔なんだ。あ、そのカクテル飲んで? アルコールは強くねぇから」
どうぞ、と勧めるとくみはやっとグラスを手に取って一口、飲んだ。
あ、美味しい。彼女が見せる笑顔はホントに幸せそうだった。
でもね。そう言ってくみの顔から笑顔が消える。
色々大変なんだよ~。ため息を吐く彼女に俺は、マリッジブルー? と聞いていた。
「やっぱ、不安なのか? 結婚って?」
くみは黙って首を振る。
そうじゃなくて、準備が色々と…。招待客のリスト作って、席次決めて、お料理に引き出物に…決めなきゃいけないことがいっぱいで…。
「あ~…実務に追われてる、ってやつか。大変だなぁ…」
今日もまだしなくちゃならないことがあるから…。
一杯のカクテルをゆっくりと飲み終わると、くみはスツールから立ち上がろうとした。
「あ、ちょっと待って?」
俺はシェーカーを手にすると一杯のカクテルを作った。
「ちょい、アルコールは強いけどさ、花嫁さんに」
俺も同じカクテルを用意して軽く掲げて乾杯する。
小首を傾げてグラスを見るくみにカクテルの名前を教えた。
「オレンジ・ブロッサム。オレンジの花には、純潔、って花言葉があって、このカクテルは結婚式の食前酒に出されることも多いカクテルなんだぜ? 花嫁さんにはぴったりだろ?」
ありがとう、恥ずかしそうに微笑むとくみはグラスに口をつけた。
あ、やっぱりちょっときついかも…。少し困ったように言ってグラスを中途半端に止める。
「全部飲まなくたっていいぜ? 酒弱い奴は酔うと思うし。まだすることあんだったら、酔っちゃまずいだろ?」
ありがと、優しいね。そういうと彼女はグラスを置いて、今度こそ立ち上がった。
ご馳走さま、と笑顔で言うくみに俺は彼女のグラスを掲げて見せ、それも一気に飲み干した。
「おめでとう、幸せにな。んで、またその綺麗な笑顔、見せてくれよ」
恥ずかしそうに、でもすごく幸せそうな笑顔で彼女は店を出て行った。
・チャイナ・ブルー ライチリキュール30ml、グレープフルーツジュース適量、ブルーキュラソー1スプーン ステアした後、ブルーキュラソーをグラスの下に沈める アルコール度数 5
・オレンジ・ブロッサム ドライジン40ml、オレンジジュース20ml シェーク アルコール度数 27
Category:最遊記
風が吹く。
小ぬか雨が降る。
動きの早い雲が辛うじて感じられる闇の中。
真っ黒な着流しで、頭には髷も結わず、大刀を左手に脇差は腰に差したままの男が空を見上げていた。
武士にしてはその身なりは整っておらず、かといって、貧乏な浪人、というわけでもない。身につけている着物はその暗い中でもあるなしかの光を反射しているかのような輝きをもって、その男の身を包んでいた。
男が空を見上げるその視界が遮られる。
振り向くと、一人の同心が立っていた。男に番傘を差しかけている。
紺の着物に黒い羽織り。綺麗に髷を結い、腰に大小の刀をきっちりと差している。
にっこりと微笑むその顔は一見優男そのものだが、その同心が半端なく強いことを男は知っていた。
「やっぱり来ていましたか、浄之助」
「お前も来たじゃねぇか、八乃進」
「雨、ですねぇ…」
「ああ、雨だな」
「今夜の月は、無理でしょうか?」
「どうだろうな…雲が早い…」
「濡れますよ?」
「お前もな。俺はもう濡れている、お前まで付き合うことはねぇよ」
差しかけられた傘から離れ、男…浄之助はまた、空を見上げた。
「あの人も来ます、かねぇ」
「どうだろうな…あいつは色々大変だろうし…雨も降っているからな…」
同心…八乃進は傘を差したまま、自分が来た方を振り返る。
八乃進が視線を向けたほうから、一人の男が傘を差して歩いてきた。
「来ていたのか、お前ら…」
「お前も来たじゃねぇの、三の字」
「その名で呼ぶな。今の俺は…」
「玄将、でしたよね?」
「ああ…忘れるんじゃねぇ…」
三人目の男は、袴に裃という姿だった。髷はきちんと結われ、こちらもきっちりと大小の刀を腰に差している。
そして、手には提灯。
この三人は同じ道場の門下生だった。
浄之助は旗本の次男坊で、八乃進は八丁堀同心の長男、玄将は…元は大きな商家の後取り息子で、彼らが知り合った当時は捨三といった。
身分も違う三人だったが、歳が近かったこともあり、気がつくといつも一緒にいた。
剣術を学び、悪さもたくさんした、そんな仲だった。
ある日、八乃進がどこかで読んだ海の向こうの書物の話をした。
曰く、
月はお天道様の光を受けて初めて輝くことが出来るのだ、と。
月の表面は鏡で出来ているのだろうか、それとも、月の水面が輝くのだろうか、と三人で語って…夜になり、その満月を見上げながら、なぜだろう、いつしか自分たちは月のような存在なのかもしれない、とそう結論付けていた。
大人になり、八乃進は同心に、捨三は…商家には向かぬ性格のせいで弟に家を任せ、自分は武家へ養子として入った。浄之助は、いくばくかの金を貰って家を出た。
八乃進は同心としての頭角を現し、捨三は名を玄将と改め、商家出身ということで蔑まれながらも、江戸城へ上ることを許される役職を与えられるまでになった。浄之助は…あまり褒められたような生活はしていないようだったが、それでも食うことにも困らぬだけの収入を得ていた。
そして、三人は疎遠になった。
それでも、中秋の名月のこの日だけは、誰からともなく、あの日、月について語った、そしてまだ見ぬ自分たちのお天道様に思いを馳せたこの場所に集まった。
さぁ、と雲が途切れ、満月が顔を出す。
視界一杯に黄金色が広がる。一面のすすきの原。
月はすすきで出来ているのじゃなかろうか、と思う。
お天道様の光を受けて輝くすすきの中で、その輝きさえ眩しく感じるのにお天道様を望む男が三人。
「あいつも…この月を見ているのだろうか…」
誰が言ったとも知れぬその言葉に、あいつ、が誰かもわからぬまま…曖昧に頷いていた。
*** ** ***
雨が降っていた。
俺はその空を恨めしげに見上げる。咥えた煙草は火が消えていたが、点けてもまた消えるだけだろう、と投げ捨てた。
「ここにいたんですか、悟浄」
傘を差しかけてくれて、八戒が隣に立った。傘で雨が遮られたのを幸いに新しい煙草に火を点けた。
「月、見えねぇな…」
「そうですねぇ…せっかく、中秋の名月ですのに、ねぇ…お月見会も中止ですかね…」
隣の八戒も少し残念そうだった。
「でも、風がありますから、もしかしたら…」
「あいつら、来んのか?」
「どうでしょう? お団子、たくさん作っちゃったので、悟空に来て食べて貰わないと…」
雨が、上った。
そして、強い風が雨雲をすごい勢いで流していく。
八戒が傘をたたむ。
輝きだした満月は、目の前のすすきの原を黄金色に染めた。
その眩しさに目を細めると、その月の明かりを凝縮したような人影が見えた。
「おい、お月さん、来たみてぇだぜ?」
その髪を月の色に染めながら、三蔵がゆっくりと歩いてくる。
その前を仔犬のようにくるくると賭けながら、楽しそうにはしゃぐ悟空の姿も見えた。
「お~い、バカ猿、こっちだぜ~」
俺が声をかけると、すごい勢いで悟空が走ってくる。
「猿って言うな~~!」
身体全部でぶつかってくるその瞳は、太陽の色に輝いていた。
「お前は…ずっと、月を見て、いたか…?」
夢で見た男たちが言っていた太陽はきっと…このまっすぐな瞳の少年のこと、だったんだろう。
月が……綺麗だ…。
Category:最遊記
飛んで来い。ぜぇ~んぶ俺が引き受けるから…。
雨が降ってた。こんな日なのに…。いや、こんな日だから、か…。
俺は手に持った小振りのケーキの箱を二つ、濡れないように、と抱えなおす。
もう、あいつは寝てるだろうか? 早寝早起きを心掛けてる奴だし…。
いやでも、雨音に降り込められて、眠れずにいるんだろうな、きっと…。
今日が終わらないうちに…俺は駆けだしていた。
「八戒、すまねぇ、遅くなった!!」
「…あ、悟浄…お帰りなさい…」
八戒はリビングのソファでぼんやりとしていた。
壁にかかっている時計を見上げる。大丈夫、今日はまだ1時間残ってる。
「なぁ、八戒、悪いんだけど、珈琲淹れてくんねぇ? 雨で少し冷えたわ」
「わかりました。シャワー、浴びちゃってくださいね?」
ことさらなんのこともないように言って俺はテーブルに持っていた二つの箱を置き、シャワーを浴びに行った。
シャワーから出てくると、キッチンで珈琲のいい香りがする。リビングのテーブルに置いた二つの箱はそのままで、俺はそれを持ってキッチンへ入った。
「八戒、これ…」
二つの箱を並べて置くと、俺は八戒が差し出したマグを受け取る。俺の好みの通り、少し濃い目に淹れられた珈琲の香りが鼻をくすぐった。
「これ…なんです?」
八戒の手にもマグカップ。中には多分、カフェオレだろう、淡い褐色の液体が入っていた。
箱を一個開ける。そこには小さいバースディケーキ。『21歳の誕生日おめでとう、八戒』と入ったチョコレートのプレートがちょこん、と乗っている。
それを見て、八戒がひどく複雑な表情をした。
「八戒、今日、誕生日だろ? パーティとかそんなん嫌だろうし…気の利いたプレゼントなんざ用意できねぇからさ…せめてこんくれぇは、と思ったんだけど…ダメだった?」
「い…いえ…そんなこと…」
ありません、と呟くように言いながら、それでも八戒がそのケーキを見る目は悲しそうで…。
俺は抱き締めていた。
痛いの痛いの飛んで来い。ぜぇ~んぶ俺が引き受けるから。
去年の八戒の誕生日。
おめでと~、とやってきた悟空と、面白くもなさそうな顔をしながら、それでも花束を持って来た三蔵をもてなした後。
秋晴れの青空の下、八戒は悲しそうな顔をして、ぽつり、と呟いた。
「僕は一人で生きている…いいんでしょうか…ねぇ…花喃……」
魂の片割れだった、双子の姉にして恋人の花喃も当然、八戒と誕生日は同じなわけで。
「辛いの?」
「い…いえ…そんなこと…ありません…」
悲しそうな笑顔を見せる八戒はそのまま、その青空に溶けて行っちまうじゃないかと思った。
たった一年、それだけで八戒のいない生活なんか想像もできなくなってた俺はその夜、初めて…八戒を抱いた。
痛いの痛いの飛んで来い。ぜぇ~んぶ俺が引き受けるから。
一年前と同じ表情で同じ台詞を呟く八戒の身体をおもむろに離して、俺はもう一個のケーキの箱を開ける。
こっちもバースディケーキで、チョコレートのプレートには「18歳の誕生日おめでとう、花喃&悟能」と書いてもらってある。
「こいつらは、歳取らないだろ? んで…これは、こうする」
俺はおもむろにパスタ用の大きなフォークを出してくると、そのケーキに突き立てて、そのまま口に放り込むようにして貪った。
「あ…ごじょ……」
俺の行動に驚いたように止めようとする八戒に笑って見せながら、俺は手を止めなかった。
できるだけ甘くないのを、と選んだが、やっぱり甘い。貪るにはスポンジがもそもそしすぎてて、咽喉に詰まる。それでも俺は、それを珈琲で流し込むようにしながら、全部、食べ切った。
「はっ…かっ……珈琲…お…かわ…り…」
思わず涙目になってマグを差し出す俺に、八戒は苦笑する。
その笑顔に悲しい色はなく、俺はホッとした。
淹れられた珈琲を一気に飲み切って、俺はほぅ、と一息吐いた。
「大丈夫ですか、悟浄?」
もう一度マグを満たしてくれながら八戒が心配そうに顔を覗き込んできたから、それに軽くキスをする。
「大丈夫。さて、八戒の誕生日ケーキ、喰おうぜ?」
「え? 大丈夫ですか、本当に…」
焦った顔で言う八戒が少し可愛いと思った。だから、満面の笑みで頷いて見せた。
「大丈夫だって。今日は八戒の誕生日だろ? 八戒の。祝わないなんて、できねぇよ、俺は」
八戒、という名前を強調する。
そんな俺に、八戒は優しく微笑んでナイフを用意すると、ケーキを切り分け始めた。
「忘れろ、なんて言わねぇし、忘れて欲しいとも思ってねぇけど…。それは思い出にして…俺との新しい思い出を重ねて行ってくんねぇか?」
思わず零れた本心に自分が一番驚いた。野郎同士なのに押し倒しといて、1年も経ってから、告白もねぇだろうが、俺…。
八戒の驚いたような顔に少しの満足感を得ながら、照れ臭さを隠すように目の前に置かれた、丁度八分の一のケーキに手を伸ばす。
正直、食べられる気がしなかったが、それでも口に運ぶ。
さっき食ったのは、八戒の…悟能の、悲しい思い出の一部。俺が貰いたかった、あいつの過去。これは…八戒と過ごした二年の、そしてこれから過ごす未来の思い出の一部。
自分にそう言い聞かせる。
目の前の八戒にちらり、と目をやると、一口だけケーキを口に含んで、そのまま動きを止めていた。
「どうした? 八戒? 不味かったか、このケーキ…」
「いえ…そうじゃ…ありません…」
八戒の頬に一筋の涙が流れた。
「これは…これからの…貴方と僕の思い出になる、んですよね…」
俺は自分に言い聞かせるつもりでいたことを無意識に声に出していたらしい。
立ち上がって隣に行くと、八戒を立ち上がらせて正面から抱き締めた。
「痛いの痛いの飛んで来い。ぜぇ~んぶ俺が引き受けるから…」
耳元に囁く。
本気の恋なんざしたことのねぇ俺だけど…愛された記憶のねぇ俺だけど……いや、だからこそ、俺は八戒の痛みを分かち合いたいと思っていた。どこまで、感じられるかわかんねぇけど、それでも、俺が傍にいてこいつの痛みが少しでも和らげば、それでいいと…。
俺にしがみつき嗚咽を堪える八戒の肩を掴んで引き離すと、俯く顎に手をかけ上向かせてキスをした。
「甘ぇ~…お前のキス、甘すぎっ」
おどけたような俺の言葉に八戒は泣き笑いの表情になる。
「僕もケーキ食べましたから…。悟浄のキスも甘かったですよ?」
少し鼻にかかった声でそう言うと、涙を拭ってまだポットに残っていた珈琲を俺のマグに足してくれた。
「ありがとうございます、悟浄…」
呟くように言って俺の肩に頭を預ける八戒をただ、優しく撫でた。
痛いの痛いの飛んで来い。ぜぇ~んぶ俺が引き受けるから。
八戒の痛みをわかること、わかろうと努力すること。そして、その痛みの少しでも貰うこと…それが俺から八戒へのバースディプレゼント。
雨が降ってた。こんな日なのに…。いや、こんな日だから、か…。
俺は手に持った小振りのケーキの箱を二つ、濡れないように、と抱えなおす。
もう、あいつは寝てるだろうか? 早寝早起きを心掛けてる奴だし…。
いやでも、雨音に降り込められて、眠れずにいるんだろうな、きっと…。
今日が終わらないうちに…俺は駆けだしていた。
「八戒、すまねぇ、遅くなった!!」
「…あ、悟浄…お帰りなさい…」
八戒はリビングのソファでぼんやりとしていた。
壁にかかっている時計を見上げる。大丈夫、今日はまだ1時間残ってる。
「なぁ、八戒、悪いんだけど、珈琲淹れてくんねぇ? 雨で少し冷えたわ」
「わかりました。シャワー、浴びちゃってくださいね?」
ことさらなんのこともないように言って俺はテーブルに持っていた二つの箱を置き、シャワーを浴びに行った。
シャワーから出てくると、キッチンで珈琲のいい香りがする。リビングのテーブルに置いた二つの箱はそのままで、俺はそれを持ってキッチンへ入った。
「八戒、これ…」
二つの箱を並べて置くと、俺は八戒が差し出したマグを受け取る。俺の好みの通り、少し濃い目に淹れられた珈琲の香りが鼻をくすぐった。
「これ…なんです?」
八戒の手にもマグカップ。中には多分、カフェオレだろう、淡い褐色の液体が入っていた。
箱を一個開ける。そこには小さいバースディケーキ。『21歳の誕生日おめでとう、八戒』と入ったチョコレートのプレートがちょこん、と乗っている。
それを見て、八戒がひどく複雑な表情をした。
「八戒、今日、誕生日だろ? パーティとかそんなん嫌だろうし…気の利いたプレゼントなんざ用意できねぇからさ…せめてこんくれぇは、と思ったんだけど…ダメだった?」
「い…いえ…そんなこと…」
ありません、と呟くように言いながら、それでも八戒がそのケーキを見る目は悲しそうで…。
俺は抱き締めていた。
痛いの痛いの飛んで来い。ぜぇ~んぶ俺が引き受けるから。
去年の八戒の誕生日。
おめでと~、とやってきた悟空と、面白くもなさそうな顔をしながら、それでも花束を持って来た三蔵をもてなした後。
秋晴れの青空の下、八戒は悲しそうな顔をして、ぽつり、と呟いた。
「僕は一人で生きている…いいんでしょうか…ねぇ…花喃……」
魂の片割れだった、双子の姉にして恋人の花喃も当然、八戒と誕生日は同じなわけで。
「辛いの?」
「い…いえ…そんなこと…ありません…」
悲しそうな笑顔を見せる八戒はそのまま、その青空に溶けて行っちまうじゃないかと思った。
たった一年、それだけで八戒のいない生活なんか想像もできなくなってた俺はその夜、初めて…八戒を抱いた。
痛いの痛いの飛んで来い。ぜぇ~んぶ俺が引き受けるから。
一年前と同じ表情で同じ台詞を呟く八戒の身体をおもむろに離して、俺はもう一個のケーキの箱を開ける。
こっちもバースディケーキで、チョコレートのプレートには「18歳の誕生日おめでとう、花喃&悟能」と書いてもらってある。
「こいつらは、歳取らないだろ? んで…これは、こうする」
俺はおもむろにパスタ用の大きなフォークを出してくると、そのケーキに突き立てて、そのまま口に放り込むようにして貪った。
「あ…ごじょ……」
俺の行動に驚いたように止めようとする八戒に笑って見せながら、俺は手を止めなかった。
できるだけ甘くないのを、と選んだが、やっぱり甘い。貪るにはスポンジがもそもそしすぎてて、咽喉に詰まる。それでも俺は、それを珈琲で流し込むようにしながら、全部、食べ切った。
「はっ…かっ……珈琲…お…かわ…り…」
思わず涙目になってマグを差し出す俺に、八戒は苦笑する。
その笑顔に悲しい色はなく、俺はホッとした。
淹れられた珈琲を一気に飲み切って、俺はほぅ、と一息吐いた。
「大丈夫ですか、悟浄?」
もう一度マグを満たしてくれながら八戒が心配そうに顔を覗き込んできたから、それに軽くキスをする。
「大丈夫。さて、八戒の誕生日ケーキ、喰おうぜ?」
「え? 大丈夫ですか、本当に…」
焦った顔で言う八戒が少し可愛いと思った。だから、満面の笑みで頷いて見せた。
「大丈夫だって。今日は八戒の誕生日だろ? 八戒の。祝わないなんて、できねぇよ、俺は」
八戒、という名前を強調する。
そんな俺に、八戒は優しく微笑んでナイフを用意すると、ケーキを切り分け始めた。
「忘れろ、なんて言わねぇし、忘れて欲しいとも思ってねぇけど…。それは思い出にして…俺との新しい思い出を重ねて行ってくんねぇか?」
思わず零れた本心に自分が一番驚いた。野郎同士なのに押し倒しといて、1年も経ってから、告白もねぇだろうが、俺…。
八戒の驚いたような顔に少しの満足感を得ながら、照れ臭さを隠すように目の前に置かれた、丁度八分の一のケーキに手を伸ばす。
正直、食べられる気がしなかったが、それでも口に運ぶ。
さっき食ったのは、八戒の…悟能の、悲しい思い出の一部。俺が貰いたかった、あいつの過去。これは…八戒と過ごした二年の、そしてこれから過ごす未来の思い出の一部。
自分にそう言い聞かせる。
目の前の八戒にちらり、と目をやると、一口だけケーキを口に含んで、そのまま動きを止めていた。
「どうした? 八戒? 不味かったか、このケーキ…」
「いえ…そうじゃ…ありません…」
八戒の頬に一筋の涙が流れた。
「これは…これからの…貴方と僕の思い出になる、んですよね…」
俺は自分に言い聞かせるつもりでいたことを無意識に声に出していたらしい。
立ち上がって隣に行くと、八戒を立ち上がらせて正面から抱き締めた。
「痛いの痛いの飛んで来い。ぜぇ~んぶ俺が引き受けるから…」
耳元に囁く。
本気の恋なんざしたことのねぇ俺だけど…愛された記憶のねぇ俺だけど……いや、だからこそ、俺は八戒の痛みを分かち合いたいと思っていた。どこまで、感じられるかわかんねぇけど、それでも、俺が傍にいてこいつの痛みが少しでも和らげば、それでいいと…。
俺にしがみつき嗚咽を堪える八戒の肩を掴んで引き離すと、俯く顎に手をかけ上向かせてキスをした。
「甘ぇ~…お前のキス、甘すぎっ」
おどけたような俺の言葉に八戒は泣き笑いの表情になる。
「僕もケーキ食べましたから…。悟浄のキスも甘かったですよ?」
少し鼻にかかった声でそう言うと、涙を拭ってまだポットに残っていた珈琲を俺のマグに足してくれた。
「ありがとうございます、悟浄…」
呟くように言って俺の肩に頭を預ける八戒をただ、優しく撫でた。
痛いの痛いの飛んで来い。ぜぇ~んぶ俺が引き受けるから。
八戒の痛みをわかること、わかろうと努力すること。そして、その痛みの少しでも貰うこと…それが俺から八戒へのバースディプレゼント。
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プロフィール
夏風亭心太
酒、煙草が好き。
猫好き、爬虫類好き。でも、虫は全部駄目。
夜が好き。月が好き。雨の日が好き。
こんな奴ですが、よろしくお願いします。
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夜が好き。月が好き。雨の日が好き。
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