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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 今日も彼は来ていた。
 その映画が上映され始めてから毎日。初回の上映から最終の回まで、飽きることなく片隅の席に座ってスクリーンを眺めていた。
 そこは明日にも潰れるかもしれないという場末の名画座で、今上演しているのはチャールズ・チャップリンの『ライムライト』。
 男の隣に座ると、彼が一語一句の間違いもなくチャップリンの台詞を呟いているのを聞く事ができるだろう。それほどに男はその映画に惚れ込んでいるらしかった。

「貴方はこの映画が本当にお好きなんですね」
 顔馴染みになったモギリの女性が、ある日、男にそうやって声をかけた。
「勿論ですよ。この映画の主人公は私なんですからね」
 男は嬉しそうに答える。
 どこまで本気なのか、その真意を図りかねた女性はただ黙って微笑むしかないのだった。

 映画の最終上映の日…映画館の前でその映画館の客以上の人を集めたのは、その男だった。
「…あぁ…私の…映画が始まる……」
 それが男の最後の言葉だったらしい。
 事故だった。

 最終上映日、初回……………スクリーンの中にチャップリンはいなかった。


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 1894年1月6日。

 私は主のいなくなって久しい、ベイカー街221Bの部屋に一人佇んでいた。

 彼の持ち物などなく、閑散としていればどんなに良かったろう、と思う。

 一週間と空けずハドソン夫人の掃除の手が入るそこは、あまりに整然と片付きすぎていて、部屋の主はもうそこにはいないのだと痛感させられる。

 いつもマントルピースに突きたてられ、返信されることを待っている手紙もなく、所在無げに場所をその上に移されたジャックナイフ。

 悪臭を放つこともなく、磨かれて綺麗に並べられたフラスコやビーカー。

 いつでも袖が通せるようにと畳まれて、彼お気に入りのカウチの上に置かれたガウンは、どれだけの時間、そこにあるのだろう。

 私が彼と食事を共にしたテーブルの上には、彼がいなくなっても暫くは届いていた手紙が、いまだ封を切られることもなく重ねて置かれている。

 安楽椅子に投げ出すように置かれたままのヴァイオリンを戯れに爪弾くと、ピン、と乾いた音がして弦が切れた。



「ワトスン先生、お茶が入りましたよ。そこはお寒いでしょう? 下で一緒に…」
「はい、いま行きます」



 階下でハドソン夫人が私を呼ぶ。彼女も今日がなんの日かわかっている。きっと、お茶受けは、ホームズが嫌わず食べていた甘味の少ないケーキだろう。



 誕生日おめでとう、ホームズ……シェリー酒の入った小さなグラスを掲げる。

 毎年毎年飽きもせず、よくやるね、君は……呆れたような彼の声が思い出される。いつもの仏頂面がちょっとだけほころんでくすぐったそうにしていたあの表情が、今も目の前にあるように…。



 ホームズ…生まれてきてくれてありがとう…君がいなければ私はきっと、何も残さず死んでいくだけの人生を歩んでいただろう。
 今、ここに君がいなくても、もう二度と逢えないのだとしても…君が生まれ、私という人間と出会ってくれたことに感謝している…。



 持っていたグラスの中身を一気に空けると、私は階下で待つハドソン夫人の、彼の誕生日のための小さなお茶会に出席するために後ろ手にドアを閉めた。もう一度、ありがとう、と小さく呟いて…。



 それは小さな物から始まった。俺の煙草、ライター…。
「おい、俺のライター知らないか?」
 妻に聞くと、そんな物最初からなかったという。それから数日後、今度は灰皿が見えなくなったので尋ねると、あなた煙草なんて吸わないじゃない、と言われてしまった。
 ははぁ、俺に煙草をやめさせたくてそんなこと言っているんだな…俺は気にも留めなかったのだが…。
 ある日、会社から帰宅すると、いつも玄関に飾ってあった小さな時計がなくなっていた。
「おい、ここにあった時計どうした?」
 妻は不思議そうに首をかしげ、
「何言ってるんですか、ここに時計なんか置いてなかったでしょう?」
と、言う。そんなはずはない、今朝、その時計で時間を確認して出掛けたのだから…。そう言い募っても彼女は知らないの一点張りだった。
 何か隠しているのか…。金に困っている…? しかし俺は深く追及することはしなかった、所詮、時計一つの事なのだから…と…。
 それが間違いだったことはすぐにわかった。翌日、帰宅すると、生後半年になったばかりの娘がいなくなっていたのだ。それなのに、妻は知らないと…いや、こう言ったのだ。
「あなたに娘なんていないじゃありませんか」
 呆れたように言われ…俺が呆れた…まさか、自分が産んだ子供を忘れるなんて…。
 だが、実際におかしくなっていたのは妻なのか俺なのか…。
 おかしなことを言う妻を放っておいて俺は実家の両親や兄弟に連絡を取った。その結果は…俺には娘はいない…そんな馬鹿な…。

 それからは早かった…妻がいなくなるまでにそう時間はかからなかった…。つまり、妻は俺に嫌気が差し、家族を巻き込んで俺一人を騙し、家を出て行った…そういうことなのだろう…。

 ところが…それだけでは終わらなかった。妻もいなくなり、俺の物が少し残るだけの家の中から、相変わらず何かがなくなってゆき…とうとう、俺は家すらなくし…
 仕事もなくし………


「あなたという存在はありませんよ…」
 いつかどこかからそんな声が聞こえてくるような気がして俺は………。





 あの子がうちに来てから十五年もの月日が経ってしまった。
 子供のなかった私たち夫婦は、まだ生まれて間もないあの子を引き取り、本当の我が子のように育てて来たつもりだ。
 生まれてすぐに両親を相次いで亡くし、身寄りのないあの子は不憫で…とても愛らしかった。妻はあの子をそれはもう、目に入れても痛くないくらいに可愛がっていた。私ももちろん…
 あの子が5歳になったばかりの頃のあの事さえなければ、今でもあの子を普通の子と信じつづけていただろう。
 そう、あの日も今日と同じように赤い月が出ていた。
 あまりの美しい満月に私はあの子と散歩に出たのだ。
 あの子の様子がおかしくなったのは…普段から遊びなれている公園に差しかかった時だった。急に私の手を振りほどくと公園の中に走り込んだのだ。
 慌てて追いかけたが見つからず、焦っていると植え込みの中で、犬がキャンキャンと恐れをなすように鳴く声が聞こえた。私はその植え込みに恐る恐る近づきのぞき込んだ。そこで目にしたものは…。
 夢だと思いたかった…誰にも言うことなどできなかった。あの子と本当の親子のように仲良く過ごす妻を見ていると、妻にさえ話すことはできなかった…。
 けれど、そのせいで私たちは確実に死へと近づくことになった。
 あれ以来、天空に赤い月がかかるとあの子はおかしくなった。そして、近所から、犬が、猫が、一匹、また一匹と減っていった。そして、わが家の庭で見つかる、干からびた動物の死骸…。
 とうとう、あの子は妻にまで手を出していた。妻は知っていて、黙ってあの子に自身を貪らせていた。
「あの子は…自分が何をしているのか…何なのか…多分気づいていません…。だから…あなた…」
 彼女の死の間際の言葉を、私は聞き取ることはできなかった。
 そして、妻はまだこの家の中で眠っている。完全に干からびてしまったその体は腐敗することもなく…。
 妻が死んで3カ月が経とうとしている。私はこうして筆を執っているが、頭は重く朦朧としている。もう何日も何も口にしておらず、あの子に与え続けている…。
 誰か…あの子が…己の存在が人ではないと気づく前に殺してやってほしい…。
 今夜も赤い月が空高く昇っている…美しい満月だ…。背後には…あの子が…。






『ただなんとなく過ぎた時間。あれがやりたかった、これがやりたかった、と名残惜しく感じる時間。そんな時間を取り戻したいと思いませんか?』
 こんな広告を見たのは昨日のことでした。
 私は宮本静。三十七になるOL、独身です。仕事だけに追われ、気づくと回りにはそういった対象の異性一人いませんでした。
 そんな私があの広告を見てどんなに喜んだか、ご想像ください。
 若返れる。楽しい恋愛だってできるかもしれない。
 私はその住所へ行ってみることにしました。嘘かもしれないけど、万が一ってことも…。
 私の受けた説明は、専門的すぎてよく分かりませんでした。承諾すると、無認可の薬品の人体実験で非合法であることも付け加えられ、誓約書まで書かされるにいたっては不安も大きくなりました。けれど、幼いうちに両親を亡くし、家族というものに憧れていた私には、若返ることで理想のそれを手に入れることができるかもしれないという期待の方が大きかったのです。
 小さな錠剤を一錠…ただそれだけ、でした。

* *** *

 ふと気がつくと、私は見知らぬ所に立っていました。
 ううん、違う。よく知った道。高校の通学路。なんで、知らないなんて思っちゃったんだろう…?
 私は宮本静、十八歳。この春、高校卒業予定。卒業したら5歳の頃からお世話になってた叔父さんの家を出て、東京で就職するんだ。前途有望な若者っ!なぁんてね。
 早く買い物して帰んないと…食べ盛りの従兄弟が煩いんだよなぁ…。
* *** *

 卒業して勤めたのは大きな百貨店。私に与えられた部署は、庶務。私は確かに、いらっしゃいませ、ってやるタイプじゃないけど…地味だし、同僚はおばさんばっかだし…2年いて嫌気がさした。救いは、給料、そこそこもらえるってとこだけ…。

* *** *

 嫌気がさした仕事も、慣れるとどうということはなく…。気がつけば、私はこの職場で最年長者になっていました。

『ただなんとなく過ぎた時間。あれがやりたかった、これがやりたかった、と名残惜しく感じる時間。そんな時間を取り戻したいと思いませんか?』
 こんな広告を見たのは昨日のことでした。
 私は宮本静。三十七になるOL、独身です。仕事だけに追われ、気づくと回りにはそういった対象の異性一人いませんでした。
 そんな私があの広告を見てどんなに喜んだか、ご想像ください。
 若返れる。楽しい恋愛だってできるかもしれない。
 私はその住所へ行ってみることにしました。嘘かもしれないけど、万が一ってことも…。
 私の受けた説明は、専門的すぎてよく分かりませんでした。承諾すると、無認可の薬品の人体実験で非合法であることも付け加えられ、誓約書まで書かされるにいたっては不安も大きくなりました。けれど、幼いうちに両親を亡くし、家族というものに憧れていた私には、若返ることで理想のそれを手に入れることができるかもしれないという期待の方が大きかったのです。
 小さな錠剤を一錠…ただそれだけ、でした。

* *** *

「もう、いいかげんやめましょうよ…これで何人目だか分かってるんですかぁ」
 泣き言を言いながら大きな荷物を埋められるだけの穴を掘っていた俺は、自分のボスの冷たい視線にあい、肩をすくめた。
「どうしてだ? 動物実験では成功したんだぞ? どうして人間は…。おい、山科君、次の被験者を探して来い!」
 大きくため息をついて荷物を穴の中に落とす。こう言うのをマッドサイエンティストっていうんだろうなぁ…。
「何をため息ついているんだね。さあ、早くしたまえ。崇高な実験が待っておるぞ」
 崇高な実験なんてどうでもいいんだよ…ボスに聞こえないように呟く。俺は単に金が欲しいだけなんだから…。
 でも…さすがにやばいよな…もうこれで、3人目だし…。あの博士、狂ってるって話…俺もやばいかも…あのへんてこな「若返り薬」飲まされる前にずらかった方がいいかもな…。

* *** *

 その博士の目指す、「若返り薬」…必ずしも失敗という訳ではなかったのです。
 肉体を捨てた被験者たちの魂は確かに若返っていました…ただし、時間という名のメビウスの輪の中で…。
 肉体を失った後の本来行くべきこところへ行くこともできず、静を初めとする被験者たちの魂は、ずっと同じ時を生き続けることになってしまい…。

 若返りなどという自然に逆らった事など考えない方が無難です。あなたが、普通に人間として生きて死んで行きたいと願うのなら…。




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