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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 1894年1月6日。

 私は主のいなくなって久しい、ベイカー街221Bの部屋に一人佇んでいた。

 彼の持ち物などなく、閑散としていればどんなに良かったろう、と思う。

 一週間と空けずハドソン夫人の掃除の手が入るそこは、あまりに整然と片付きすぎていて、部屋の主はもうそこにはいないのだと痛感させられる。

 いつもマントルピースに突きたてられ、返信されることを待っている手紙もなく、所在無げに場所をその上に移されたジャックナイフ。

 悪臭を放つこともなく、磨かれて綺麗に並べられたフラスコやビーカー。

 いつでも袖が通せるようにと畳まれて、彼お気に入りのカウチの上に置かれたガウンは、どれだけの時間、そこにあるのだろう。

 私が彼と食事を共にしたテーブルの上には、彼がいなくなっても暫くは届いていた手紙が、いまだ封を切られることもなく重ねて置かれている。

 安楽椅子に投げ出すように置かれたままのヴァイオリンを戯れに爪弾くと、ピン、と乾いた音がして弦が切れた。



「ワトスン先生、お茶が入りましたよ。そこはお寒いでしょう? 下で一緒に…」
「はい、いま行きます」



 階下でハドソン夫人が私を呼ぶ。彼女も今日がなんの日かわかっている。きっと、お茶受けは、ホームズが嫌わず食べていた甘味の少ないケーキだろう。



 誕生日おめでとう、ホームズ……シェリー酒の入った小さなグラスを掲げる。

 毎年毎年飽きもせず、よくやるね、君は……呆れたような彼の声が思い出される。いつもの仏頂面がちょっとだけほころんでくすぐったそうにしていたあの表情が、今も目の前にあるように…。



 ホームズ…生まれてきてくれてありがとう…君がいなければ私はきっと、何も残さず死んでいくだけの人生を歩んでいただろう。
 今、ここに君がいなくても、もう二度と逢えないのだとしても…君が生まれ、私という人間と出会ってくれたことに感謝している…。



 持っていたグラスの中身を一気に空けると、私は階下で待つハドソン夫人の、彼の誕生日のための小さなお茶会に出席するために後ろ手にドアを閉めた。もう一度、ありがとう、と小さく呟いて…。


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