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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 汗をかいて、目が覚めた。
 自分の悲鳴で目が覚めたのかもしれない。


 夢を見ていた。
 血塗れで、地面に伏す男たち。
 金色の髪に紫の瞳の…僧侶のような格好の男。
 黒い髪に碧の瞳の…隻眼の、男。
 茶色い髪に金色の瞳の…少年。
 夢の中の俺は、そいつらのことを大切に思っているようだった。
 夢の中の俺は…見慣れぬ武器を持って、戦っていた。
 そして…その俺の顔は、手は、血に塗れ、表情と言うものが欠落しているようだった。


 むくり、と起き出す。
 汗をかいたせいか、悲鳴を上げたせいか、ひどく咽喉が渇いていた。

 誰もいない家。
 つい二三日前、鷭里が出て行った。
 今夜は久しぶりの一人寝だった。

 誰もいない、冷たい家の中を洗面所へ行く。
 蛇口に直に口をつけ、がぶがぶと水を飲む。
 誰かが俺を見ているような気がした。

「お前は、誰だ?」
『俺は俺だ』

 顔を上げたその目の前で、紅い髪、紅い瞳の男が、にぃ、と笑う。

『そして…俺はお前、だ』
「お前が…俺?」

 こんな男は知らない、と思う。こんなに薄気味悪く笑う男は……。
 まさか…夢で見た、俺、なのか…。
 無表情に魂を屠る、男…。怒りでも喜びでも哀しみでもなく、なんの感情すらない機械のように、何者かを殺す男が…俺?
 ありえない、そんなこと…。

『混乱してるみてぇだな。だがよ、考えてみろよ。お前に俺を否定できるのか? 愛されなかったお前のお得意の表情じゃねぇか。薄ら笑いも、感情を失くした顔も…』
「そ…そんなことっ!」

 そんなこと、ねぇ。
 俺は笑うし哀しむし、怒る。あんな、機械のような顔なんざしねぇ。
 大事な奴が痛めつけられたら怒って………大事な奴…そんなん、俺にはいねぇ…。

『自分ですら、どうだっていいんだろうが。愛された過去のないお前には…うわべだけ纏った、感情のイミテーションしかねぇんだ。俺は、お前だ、本当の、お前なんだよ…』

 俺は目の前の男に拳をぶつける。
 ガシャリ、と音がして…鏡が、割れた。


** *** **



 飛びついた妖怪に、俺は振り払われ、背後の川に落ちる。
 水を吸った洋服のせいで動きが取れず、もがきながらなんとかそこから這い上がると、敵は何かを撒き散らすような動作をしていた。
 目の前で、三蔵が、八戒が、悟空が倒れる。
 目の前が紅く、染まる。
 次の瞬間、俺は…自分の心が冷えるのを感じて…………。

「………じょう……悟浄っ!」

 腕を押さえられて、沈んでいた意識が急激に浮上する。
 俺は、妖怪の死体に跨って、そいつの身体をぐちゃぐちゃに錫杖で切り刻んでいた。

「あ…八戒……」

 無事だったのか…他の二人も頭を振りながらも起き上がってきていた。
 妖怪が撒いたのは毒じゃなく、睡眠薬のようなものだったんだろう。酒に強い八戒にはそれもあまり効かなかった、ということか。

「これ…俺…が?」

 錫杖をしまって、改めて、自分の身体の下の無残な死体を見下ろし…そのまま、ぶっ倒れた。


** *** **



『ほら、やっぱりお前は俺だ』


 何処かから哄笑する声がする。
 見回すと、紅い髪に紅い瞳の男が薄ら笑いを浮かべて立っていた。

『無表情に無感動に誰かを殺せるじゃねぇか』

 それは、あいつらが倒れたと思ったから…。

『へぇ。お前は好きなんだな、あの男どもが。けど、それはホントの感情か? 俺は好きじゃねぇぞ。だから、お前もホントは好きじゃねぇ筈だ』
「んなことねぇ! あいつらは、特別なんだっ!」

 特別? どう、特別、なんだ?

『それも、うわべだけ、じゃねぇのか?』

 少しの心の隙を見透かすように、男は笑う。

『ホントのことを言えよ。お前は、愛された、いつくしまれた記憶のあるあいつらが羨ましい、妬ましいんだろ? 自分と同じような境遇にありながら、その記憶を持ってるあいつらが…』

 三蔵は師に愛しまれた。八戒は、実の姉とは言え、愛を誓った相手がいた。悟空はガキの頃の記憶はねぇらしいが、あの素直さだ、きっと愛されたこともあるんだろう。
 その後にどんな苦しみがあろうとも、一度でも愛された記憶を持っているあいつらが…

「う…羨ましくなんかねぇっ!」
『ははっ。嘘が下手だな。まぁ、俺はお前だ、嘘なんかついても無駄だぜ』

 少しでも心が揺らげば、俺はあいつになってしまう。
 そんな恐怖を覚える。

『楽だったろう? どんな感情にも惑わされずに命を屠るのは。何も考えずに行動できるのは。俺に委ねてしまえ。俺はお前の本当の心。俺を解放すればお前はうわべを繕わなくてすむんだぞ。イミテーションの感情に支配されることも、自分の劣情に苦しむこともねぇ。楽になれよ』

 楽に……感情を動かされることもなく………


** *** **



「…じょう…悟浄?」

 誰かが、呼んでる声がする。
 呼ぶな、俺は今、悪魔との契約を……。

 ざばぁ、と水がかけられる。
 意識が急速に浮上した。

「やっと気付いたか、このバカが…」

 目を開けると、俺は八戒に抱きかかえられ、三蔵に見下ろされていた。その横で、悟空が野営用の鍋をひっくり返している。
 それで俺に水をぶっかけたんだろう。

「てめっ!この猿っ………!」

 起き上がってぶん殴ってやろうと片手を振り上げるとくらり、と視界が揺れてまた、八戒の腕の中に納まってしまう。

「無理をしないでください…どうやら、あの妖怪の体液自体が、麻酔薬のようなものだったようですね…。これだけ浴びれば、しばらくはマトモに動けないでしょうから…」
「悟浄が急にぶっ倒れるから心配したんだぞ?」

 悟空が本当に心配そうに覗き込む。
 三蔵が、その後から、タバコを差し出して来た。

「てめぇのは濡れてて吸えねぇだろうから、これで我慢しとけ」
「けど、悟浄があそこであの妖怪を倒してくださらなかったら、僕ら、どうなってたかわかりませんでしたからねぇ。ありがとうございます」

 なんか、俺、感謝されてる?
 少し、面映いような感情が心にもやもやとわきあがってきた。
 その感情を隠すように貰ったタバコを咥えると、ぶっきらぼうに火が点けられる。
 三蔵もタバコに火を点ける。





 おい、もう一人の俺。
 俺はやっぱ、こいつらが好きだ。
 てめぇにバトンタッチなんざしねぇよ。
 過去にどんな記憶を持ってようと、俺はそれを羨んだりしねぇ。それ以上に辛い思いを、こいつらがしてるのを知ってるから。
 それに、ここは俺にとって居心地の良い場所だから。
 愛される、いつくしまれる記憶が必要だと思ったら、コレからいくらでも作れるから。
 機械のように無表情に命を屠れるのが本当の俺だとしても。
 お前の言うように、今持っているコレが、うわべだけのイミテーションの感情だとしても。
 俺は、こいつらがいるかぎり、お前じゃない「俺」でいられるから。
 いつか、きっと…このイミテーションはホンモノになる。
 いや、こいつらと出合って、イミテーションは徐々にホンモノになりつつあるのかもしれねぇな。


 二筋の煙が絡み合って、空に消えた。
 もう一人の俺と、俺が同化するかのように。

 もう、あの夢は見ない。あの男は現れない。
 そんな予感がした。


 イミテーションは時として、ホンモノより輝くことも……ある。






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 守りたい笑顔がある。
 傍らに置いておきたい温もりがある。
 でも俺は貪欲だから…。
 きっと、もっともっととねだってしまう。
 守りたい笑顔を曇らせる。
 傍らの温もりを感じられなくなる。
 それが怖くて…。
 最初の一歩すら踏みだせずにいる。
 目の前のお前に腕を差し伸べることすらできずにいる。
 その笑顔を守りたいと思いながら。
 その温もりをこの胸に抱き締めたいと願いながら…。






 静かにJAZZの流れるバー。
 そのカウンターの一番奥の席で、火の点いた煙草を右手の人差し指と中指に挟んだまま、ジンのロックを舐めるように飲んでいる男が一人。
 モノトーンの落ち着いた店内でその男の辺りだけが鮮やかな紅で、目を引く。
 悟浄、だ。
 いつも回りにアクセサリーのように侍らせる女性の姿もなく、旅の連れの姿もない。一人、だった。
 街に入って宿に着くとすぐに、悟浄は一人で出かけた。この日だけは、誰もこの単独行動に文句を言わない。
 同じような日が、三蔵にも八戒にもある。一年のうちでたった三日。それぞれが、自分の内に篭る日があるだけのこと。
 けれど、悟浄はこの日にどんな思いを抱いていいのか、わからない。
 三蔵も八戒も、大事な人を失った日だと、その相手を悼むことができる。
 自分には、それが、ない。アノヒトの死を悼むほどの優しい記憶は…どこを探しても見つからない。
 自信に満ちて光り輝いているような陽気な瞳も、今は陰鬱な色に沈んでいる。
いつもはすべてを面白がるように上がっている口角も、少し下がり気味でなんの感情も浮かんでいない。

「二度目の…誕生日…か…」

 右手にグラスと煙草を持ったまま、肘をついた左手の指で、そっと消えぬ傷をなぞる。
 舌が焼けるような強い酒の味に表情を歪める。
 自分で言った一言に、嫌気が差しただけ、なのかもしれない。
 死に損なった、それだけの日。それ以上でもそれ以下でも、ない。
 それでも、この日になると、一人でいるのが苦しかった。だからいつも、子供の頃欲しくて欲しくてたまらなかった何かを求めるように、愛を、温もりを求めるように、街を彷徨っていた。
 それが変ったのは、仲間と呼べる彼らに出会ってから。愛でも温もりでもないが、自分がいてもいい場所を見つけてから。
 そしてこの日、悟浄は一人で静かに過ごすことを選ぶようになった。



 店の中に流れているJAZZが、止まる。
 実際は止まったわけではなかった。その店の雰囲気を壊すような一団が、入って来たのだ。
 カウンターの中の初老のマスターが嫌な顔をする。

「相変わらず、シケてんなぁ、この店は…」
「お、珍しく、客がいんじゃんよ。女かぁ?」

 男たちの声が耳障りだ。悟浄は睨みつけるように、顔を上げた。

「なぁ~んだ、野郎かよ~~。随分と派手なナリしてんじゃん、兄ちゃん」

 男の一人が馴れ馴れしく肩に手を置く。
 その手を一瞥すると、悟浄はそれを振り払った。

「…煩ぇ…俺は静かに飲みてぇんだ。どっか行きやがれ、群れなきゃなんも出来ねぇガキが…」

 吐き捨てるように呟かれる言葉に、男たちは敏感に反応した。口々に怒声に罵声を上げる。

「なぁ、おっさん。こいつら、街の顔役とかと繋がってねぇ、よな? 店の中、壊したらすまねぇ」

 グラスを静かにカウンターに置きながら男たちにゆっくりと視線を向けながら言う。

「売られた喧嘩は高価買取、よ?」

 その情況を面白がるように、悟浄の口角が上がった。
 悟浄がスツールから立ち上がるのを待たず、男の一人が殴りかかって来た。
火の点いた煙草を持ったままの手を前に突き出し、男の顔でその火を消すと、スツールから身体を滑らせてしゃがみ込み、拳をかわす。
 勢いのついた男の拳は、身体の動きに一瞬遅れて残った悟浄の髪を掠め、そのまま男は壁に激突して顔を押さえて蹲った。

「野郎っ!」
「このっ!!」

 男の一人がしゃがんだ悟浄目掛けて蹴りを放つ。床に据え付けられたスツールの足を掴み軸にして身体を回転させた悟浄はそれをかわし、身体を広い店内に滑り出させて蹴り上げた足をその隣の男の鳩尾にヒットさせた。
 残りは三人。
 体勢を立て直そうとしたところで、そいつらに殴られるが、悟浄には大して効いてないようだった。

「全然、効かねぇなぁ…」

 口の中が切れたのか錆の味が口の中に広がる。その血だか唾液だかわからないものを吐き出すと、悟浄は不敵に笑って見せた。
 喧嘩には慣れてる。痛みにも…。ずっとアノヒトに殴られて育ったし、一人になって暫くは、殴られることの方が多かった。死ななかったのが不思議なくらいに。
 そうして体得した喧嘩の術はすっかり自分の一部だったし、旅に出て命のやりとりを続けるうちにどんどんと研ぎ澄まされてきていた。
 何発か拳が当たった事で気を良くしたらしい男が更に悟浄に殴りかかる。
それを紙一重でかわして鳩尾にパンチを一発。そのまま、隣の男に、頭突きをかます。
 残った一人が恐怖の表情を浮かべる。

「やっぱ、一人だと怖ぇんじゃん。仲間連れて出てけよ」

 にんまりと笑って撤退を促すが、男は急にキレたかのように、飛びかかって来た。その手にナイフを持って。
 それを間一髪でかわすが、ナイフの切っ先が頬の傷の上を掠める。
 つぅ、と落ちる血に、あの死に損なった日を思い出す。

「くっ…」

 これは、痛み、じゃない。怖れ、でもない。苦しみ…悲しみ…そして、すべてを諦めていた自分…。
 くい、と袖でその血を拭う。今は、諦めたりしない。それだけの強さが、自分には、ある。
 身を翻して、上着を脱ぐ。更にナイフで切りかかってくるのを片手に持った上着で巻き取るようにして、叩き落とした。そのまま、反対の手を拳にして顔面を目掛けて殴りかかり、目の前ですん止めにする。
 男はその場にへたり込んだ。
 最初に伸した男がもぞもぞと起き上がり、最後まで残った男と二人、倒れた仲間を連れて、ほうほうの体で店を出て行った。
 脱いでいた上着に腕を通すと、背の部分が大きく切られていた。
 悟浄はそれを見てため息を吐く。

「おっさん、騒がせたな…」

 元のスツールに戻って、煙草に火を点ける。
 マスターが悟浄の傍に来て、蒸しタオルを差し出した。

「これで、傷を…。強いですねぇ、お客さん…」

 言われるまま、切られた頬を中心にいくつか出来た傷をざっと拭きながら、いやそうでもねぇぞ、と言葉を濁して笑う。
 聞くと男たちはこの辺りのチンピラで、街の鼻摘み者だったらしい。
いやぁ、スカッとしました、とマスターは屈託なく笑っていた。
 残っていた酒を一気に煽る。
 お代はいいです、いいものを見せてもらいましたから。というマスターの言葉に甘え、悟浄はその店を後にした。


 切られた上着を見て小言を言うだろう八戒を思い浮かべて苦笑しながら、宿に、仲間の元に帰るために。




 ふっ、と空を見上げる。
 雪がちらちらと降っていた。

 ホワイトクリスマス…そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 あったかい家、家族との会話。ケーキ、プレゼント…。

 きっと、あそこの家でもここの家でも…温かそうな灯りの下で、子供たちの笑い声。

 羨ましい、なんて思ったことはない。
 いや、ずっといつも…クリスマスだけじゃなくて、普通の毎日ですら羨ましかったから、そこだけを取って羨ましい、とは思えないだけだろう。

 俺は花屋で働いていた。
 近所の優しいおっさんが、俺の身の上を気の毒がって、家から逃れる場所に、と雇ってくれたのだ。
 ガキの俺に出来ることなんか知れてるけど、それでも、まともに働くこともしない…出来ないかあさんの代わりに兄貴と俺で働いている。
 今日は給料日だった。

 かき入れ時のクリスマス、すっかり遅くなってしまった。
 他に帰る場所のない俺は、とぼとぼと帰路につく。
 ポケットには少しばかりの給金。腕には…今夜売れ残った、ポインセチア。
 おっさんは優しいけど、俺のこの髪と瞳の色を嫌っているかあさんに、この鉢をプレゼントだって持たせてくれたのは…まぁ、おっさんにはわからないことだから、俺は素直にそれを持って帰った。

 また、殴られる…そう思った。

 かあさんは、いなかった。
 真っ暗で火の気のない、寒い家に帰りついて…それがサンタのプレゼントなんだと思った。
 殴られずにすんだ、この一日が…。






 ふっと、空を見上げる。
 雪がちらついていた。

 ホワイトクリスマス…そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
 温かそうな灯りの下ではきっと、子供たちの嬉しそうな声が聞こえてるんだろう。

 花屋の店先にポインセチアの鉢があるのを見つける。

 そ~いえば、あの鉢植えってど~したんだっけ?

 昔々の記憶が甦る。

「欲しいんですか? 悟浄?」

 いんや、別に……ぼそっと言うのが聞こえなかったらしく、八戒はその鉢を求めて、俺に押し付けてきた。

「貴方の髪と同じ色ですね」

 優しく笑う八戒。 
 あの人から一番欲しかったプレゼントは、きっと、こんな優しい笑顔。

 咥えたタバコの煙が雪に溶ける。

 今夜は、クリスマスパーティって名前の鍋パーティだ。
 八戒の手にはたくさん食う悟空のためにありえないほどの食料。俺の手には大きなケーキとポインセチア。

 もうすぐ、苦虫を噛み潰したような顔の三蔵と、万年欠食児童の悟空も来るだろう。

 こいつらとつるんで初めてのクリスマス。
 初めて、家族を持った、という気がした。


 メリークリスマス。
 聖なる夜に見る夢は…こいつらとのバカ騒ぎの続きのような夢であってほしい。







「うわっ!!」

 目に焼けるような痛み。
 襲ってきた妖怪が撒き散らした毒の粉をまともに被っちまったらしい。

「悟浄っ!」

 背後から八戒の悲鳴めいた声が聞こえる。
 そう、風下のいた俺ら。
 その一番妖怪に近い位置にいた俺は錫杖を振り回すことでその毒を散らせたが、その一部が飛ばしきれず、俺の目の中に入ったのだ。

 痛みで目が開けられない。
 その場は気配だけで戦うが、仲間の位置の確認も出来ず、鎖鎌は使えなかった。

「悟浄」

 優しく声をかけられ、肩に手を置かれて戦いがすんだ事を知る。

「大丈夫、ですか?」

 言われて痛む目を無理矢理開けると…何も見えなかった。


 痛みは程なく引いたが、自分の手すら見えねぇ。
 本当の闇とはこういうことを言うんだろうか…。
 星一つの光りですら明るいのだと、思った。


 八戒の気孔じゃどうにもならず、近くの町の医者の所に担ぎ込まれる。
 三日も経てば毒も消え、目も見えるようになるだろう、との診断だった。


 宿に着いて、タバコを吸おうと手探りで出したケース。
 一本手に取りかけて、落とすともう、探せねぇ。
 新しいのを出そうと思って探るが、ケースの中はもう空っぽだった。

「ちっ」

 舌打ちをして空のケースを握り潰す。
 三日もこの不自由さを味わうのか…。

 急に右手を掴まれる。
 持たされたのはタバコ、だった。
 吸ってみると、ハイライトの味。
 火が点いてる。
 三蔵か…苦手な味だつってたのに、ご丁寧に火まで点けてくれたのかよ…。

「サンキュ、三蔵」
「………ふんっ。面倒臭ぇから早く治しやがれ」

 あ~、はいはい、その一言は忘れねぇのね。
 つか、これって…三蔵と間接キスかよ…。
 ま、いっか。
 せいぜい、面倒臭ぇ俺の世話、焼いてもらいましょ。
 

 眠れと言われてベッドに入り目を閉じるが、これじゃ、目を瞑っていても開いていてもかわりゃしねぇ。
 余計に神経が研ぎ澄まされる。
 同室になった八戒がたまに俺の方を心配そうに伺っているらしい気配。
 隣室の三蔵と悟空も今日はやけに静かだ。
 それでも、そんな物音を聞きながら、俺は徐々に眠りへと吸い込まれる。
 自分の心臓の音が…大きく聞こえ、それがすべてになって、眠りに落ちた。

 

 三日待つ、という三蔵や八戒に反対して、俺は出立を促した。
 何もしねぇで同じ所に留まっているのは、耐えられなかった。
 せめて、風を感じたい。
 それに、どっかに留まろうと進もうと、襲われる時は襲われる。
 だったら、一箇所に留まるよりは、進んだほうがいいだろう。
 俺の言い分にしぶしぶと言った体で納得したらしい二人は、出立を決め、俺らはまた旅の空を進む。


 冬が近い冷たい風に吹かれて進む。
 目が見えなくなって…風に匂いがあることを改めて知った気がする。
 休憩する、停まった場所からそう遠くない場所で川のせせらぎを聞いた。
 悟空がその野生動物並みの鼻で水を見つけたのとほぼ同時だったのには笑ったが。


 俺が手を伸ばすと、八戒がカップを持たせてくれる。
 タバコを咥えると、三蔵が火を点けてくれる。
 悟空までが、俺の取り皿に料理を取ってくれ、箸を持たせてくれた。


 世界には、色んな匂い、音があるんだと、知った。
 仲間の気遣いが嬉しかった。


 Dialogue In The Dark
 暗闇の中での対話。
 誰かと、自然と対話をする、というエンターテイメントがあるらしい。


 暗闇はずっと怖いと思っていた。
 俺らは…俺は、いつも月の明かりを頼りに闇を歩いてきた。
 けど、それさえもなくした時、闇は思っていたよりも温かいと思った。



 医者の見立て通り、三日後、俺の眼は光りを取り戻した。
 光りのある世界は眩しくて…仲間の顔を再び見られた事にホッとして…それでも、流れた涙は、眩しいせいだと、俺は言い張った。





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夏風亭心太


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