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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 とかく、軍人というものは。
 プライドがある。強いと言う自負がある。それが厄介だ。
 守られてもいい、という謙虚さがない者を守るのは、骨が折れる。

 ずっと拒み続けていた隊員の補充があるらしい。それも、僕の副官を、と。
 あのとき、もう誰も失いたくないと思ってしまったから、そんな立場の部下はいらない、と言っていたのに。
 僕が、元帥という地位にいながら現場にいるのがいけないのだ、と言われればそうなのかもしれない。
 それでも、指示だけ出して待ってることなど考えられなかったし、もしそれで誰かを失うことになるのも、怪我をさせるのも、僕には許せなかったから。
 だから、彼を失ってから、僕は一人、最前線に立ち続けてきたというのに。

 読むとはなしに本に埋もれて文字を追いながら、思い出すのは――。
 彼は真面目を絵に描いたような男だった。
 執務室を兼ねたこの僕の私室をいつも綺麗に整えて、大将という地位通りに隊を率いて先陣を切って。
 死んでしまった。
 僕の組み立てた戦略がまずかったのかもしれない。隊の力量不足だったのかもしれない。
 彼の力量を買っていたから、任せすぎたのかも、しれない。
 後悔と自責の念と。血の赤と。

 背にしたドアの前にたくさんの本がバリケードを築いていた。
 たぶん、ずっと、部屋を出て、いない。

 ふわり、と意識が浮上する。
 何が、あったのか。
「寝て、ました?」
 近くにあった気配に思わず問いかける。
 それへわからないと答えた後、その気配は男の声で、僕の名を呼んだ。
 ああ。この男が。
 浮上したばかりの意識をフル回転させて、男を観察する。
 どれだけ彼に似ている、か。似ていない、か。
 噂では、随分とふざけた男だと聞いていた。
 受け答えは確かにふざけているけれど。
 彼には、似ていない…いや…似ている?

 実際は、どちらだって構わないのだ。
 僕が見極めようとしているのは。
 彼がいかに優秀な軍人で、僕の手足となって動いてくれるか。
 守られてくれるか。

 それだけなのだから。

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 指が、冷たかった。
 握るつもりはなかった、ただ、触れただけだった。

 その冷たさに心が……騒いだ。


 宿の部屋に入る。
 いつものように、ベッドの上で横になった奴は、煙草に火をつけた。
「八戒と一緒だとできねぇし」
 笑いながらそう言う奴に、先ほど感じた嫌な気配は感じない。
 奴は煙草を消して、缶ビールを煽る。
 夕方から降りだした雨が、窓をうるさいほどに叩く。
 かたん、とサイドテーブルに置かれる缶の音が響く。
 缶を離れる手を、思わず取っていた。
「冷てぇ……」
 また、心が、騒いだ。

「なんなんだよ」
 奴はうるさそうに俺の手を振り払い、ごろり、とベッドに横になった。
 
 何日も野宿が続き、誰もが疲れていた。
 それは、わかっている。
 俺も、疲れきっていた。
 それでも。
 いや……だから。

 横になった奴のうえに、俺は乗った。
 そのまま、胸に耳を押し付ける。
「なんなんだよ。もしかして、そんな気分?」
 どこか余裕を持ったように聞かれるが、俺は答えない。

 生きてる。

 指の冷たさに、彼の人の死を思い出した、など言えるわけもなくて。

 奴の首がかすかに動く。
「そっか」
 一言そう言うと、奴の両腕が俺の肩を抱いた。

 俺は……ただ、奴の鼓動を、聞いていた。

 煙草が美味い。
 討伐に予想外に時間がかかってしまった。
 見上げた夜空の真ん中を薄っすらと白い光の帯が走っていた。
 
「天の川、ですねぇ」

 隣からも煙が立ちのぼる。

「下界から天界は見えねぇのに、なんで、あの川だけ見えんだろうな」

 天の川、そんな名前じゃなかった気もすっけど、あの流れは見覚えがある。この下界にある海にも似た対岸すら見えない大きな、河。
 下界から見上げると、あんななのか。
 夏のこの季節だけ、こうして綺麗に見えるんだという。

「僕の両親はね、織姫と彦星なんです」

 しごく真面目な声に、思わず噎せる。

「んじゃさ、お前の誕生日って、5月17日?」

 どの暦を採用するかによりますねぇ。しれっと言われる。
 それが本当なら、とんだ落とし胤だが、そんなことありえないってわかってる。
 いつものわけのわかんねぇ冗談だ。

「下界では七夕になると短冊に願いを書いて、笹に飾るらしいですよ」

 天蓬との会話はいつもこんな感じだ。
 何が話したいわけでもないけど、何かを話したい。
 討伐の後のこの一時が日常に戻るための儀式のようになっていた。

 時間の流れが緩慢で全然動きもしていないようにも感じる天界で。年に一度の逢瀬を待つ恋人同士に下界の人間は何を祈るのだろう。

「僕らも、書いてみません? 短冊」

 どこから取りだしたのか。一枚の短冊とペンを渡された。

 あの河の畔の恋人に願うなら……。




** *** **





 手渡されたのは短冊とペン。
 なんだよ、これ。

「こういうイベントには乗っておくべきでしょう?」

 にっこり笑って言われたら逆らえねぇ、よな。

「ねぇ、悟浄?」

 書こうとペンを持ったところで声をかけられた。

「貴方の願いは、叶いましたか?」

 まだ書いてねぇし。
 言いかけて、ふと、思い出す。

「叶った、んじゃね?」

 こうして隣にいるんだから、さ。




 悟浄とツルんですぐ、俺は気付いた。
 あいつは、真面目だ。
 腕っ節は強いし、世の中を斜に見てるし、俺と同じワルなんだろうと思ってたけど。
 あいつは多くを語らないけど、酒も煙草も博打もしたことないんだ、とそれはわかった。

 無理矢理飲ませた酒の酔いに任せるようにあいつが語った過去は、俺には想像もできなかった。
 12の時に一人になった悟浄は、生きるために日雇いを転々としたんだと言う。
 ガキであることで馬鹿にされないように。混血であることがあいつの引け目で武器だったんだろう。拳だけが味方だったんだ、と笑った。

 俺は悟浄がそうやって生きる事に必死になってたその年頃にはすでに酒も煙草もオンナも覚えてたっけ。
 人間と妖怪の共存する世界、とか言いながら、妖怪に対する風当たりはきつかった。妖怪の身の振り方なんか決まってて。
 妖力制御装置をつけて人間と同じ生き方をするか、ワルに走るか。
 両親は前者を選んだ小市民的な妖怪だった。
 俺はそれが納得できなくて、まぁ、可愛い言い方をすりゃ、グレて不良になった、ってところか。
 そんでも俺には両親がいたし、とりあえず、食うことには困らなかった。

 そんな俺でも、悟浄の話を聞いて、一個だけ想像出来た。
 成長期のガキが一人、日雇いで、食うや食わずの生活をしてたんなら。
 酒だの煙草だのオンナだの。そんなもんに目が行くわけねぇだろう、ってこと。

 15で生きる事に疲れるなんて、どんな人生なんだ、と思う。
 それを忘れさせてくれんなら、あんたについて行く。そう言った悟浄の目は死んだ魚の目のようだったな、と今はそう思える。
 俺だってロクな生き方してねぇけど、そんでも、生きることが面倒にはなっちゃいねぇし。

 俺は悟浄に、生きる手段としての博打を教えることにした。

 悟浄の才能はかなりのもんだった。
 俺がまともに学校も行ってねぇし、馬鹿だから。
 自分ではそう言ってたけど、その分、ガキの頃からの生活で身についたらしい駆け引きの上手さや、天賦の才なんだろう、計算高い部分が、あいつを一流のギャンブラーにした。
 気がつくと、仲間内でも1・2を争うくらいの実力を発揮してた。

 そうやって自由になる金ができるようになると、悟浄は酒の味を覚えた。
 最初のうちは俺が無理矢理飲ませてたのに、気付くと自分の金で飲むようになってた。
 その頃から、あいつは遠くを見て、溜め息を吐くことが多くなった。
 それは、重たくて。重い過去の集大成のような溜め息で。
 そんなとき、皆はあいつを遠巻きに見るだけだった。
 
 また一人になりてぇのか。
 そういうと悟浄は少し寂しそうに笑った。
 一匹狼が生きにくい世の中に連れ込んだのは俺だ。
 嫌がりもせず、流されるままに入り込んだのは悟浄自身だったが。
 だから。
 俺は、悟浄に煙草を与えた、溜め息を隠す小道具として。

 それは、酒よりも気に入ったようだった。
 俺と二人でいると、部屋が白くなるほどに吸った。
 それでも。
 悟浄はオンナを買おうとかそういうコトをしようとか。そういう気はないようだった。
 俺がオンナとしけこむと、どっか冷めた目で見送った。

 お前、ドーテーだろ?
 そう聞いたらすごい目で睨まれた。
 だからって、オトコ好きとかいうわけではないのは初対面の時にわかってる。あんときの目は、視線だけで誰かを殺せるんじゃないか、と思える程だったから。
 何か、あるんだろう。
 なぜ、俺はこんなに悟浄のことが気になるのか。

 なんとか口を割らせたくて、飲ませた。
 ようやく口を開いたのは、オチる寸前だった。
 アノヒトと呼ぶ、母親のこと。
 実の息子である悟浄の兄と、そのアノヒトの関係。
 関を切ったように零れる泪にあったのは、母親への、アノヒトへの恋慕、なんだろう。
 とんだマザコンだ。
 そのままオチた悟浄の横顔は、どこか幼くて。壊したくなった。


 眠る悟浄の頬に泪の跡。
 後悔はしてない、と言ったら嘘になるだろう。
 そんな趣味はねぇはずなのに。
 目が覚めて、悟浄がこのままこの家にまだ居たら。
 今度はオンナを教えよう。
 オンナも生きる手段になるんだと言って。

 オトナになることを覚えた悟浄は、誰よりも強くなるんだろう。
 刹那に楽しく生きるために。



 さぁ、行きましょうか。悟浄、お祭ですよ。


「浴衣ぁ?」
 僕が、一緒に浴衣を誂えませんか、と言うと、悟浄は少し嫌そうな顔をした。
「いいじゃないですか。浴衣を着てお祭に行けば、粋だなぁって女性にモテるかもしれませんよ?」
 悟浄をノせるのは実に簡単で、僕たちは浴衣を誂える事になった。
 丈を測って、生地を選んで。
 帯も選んで、雪駄も選んだ。
 悟浄には白鼠の浴衣。帯は蘇芳香。雪駄は黒に同じ蘇芳香の鼻緒で。
 悟浄の紅い髪にその白鼠の浴衣はよく似合っていて。
 僕は銀鼠の浴衣に。悟浄が選んでくれた青丹の帯。雪駄は鼻緒に帯と同じ色の普通のものを。

 結局、僕たちはその浴衣を着て祭に行くこともなく、旅立ってしまった。


 旅が終わって戻った家で、浴衣は待っていた。

 するり、と袖に腕を通す。
 少し袖が短い。そして、丈は少し長くて、踝もすっかり隠れてしまった。
 僕より背が高く、痩せていた悟浄の寸法。白鼠の浴衣。
 右前で着て。きっと、この意味がわかる人などいないだろうから。
 青丹の帯を締めて。蘇芳香の鼻緒の雪駄を履いて。
 



 さぁ、悟浄。お祭、ですよ?
 何、しましょうか……。


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