くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
Category:最遊記
悟浄が怪我をした。
戦闘中だった。
悟空が急に倒れ、八戒が奴の元に走った。
俺の銃の弾がなくなり、再装填している最中のことだった。
背後で聞き慣れない音がして、悟浄のうめくような声がした。
振り向きざまに装填の終わった銃で至近距離にいた妖怪を倒す。
悟浄の腕は…ありえない方向に曲がり、紅い色と白い色が目に飛び込んできた。
妖怪を倒し終わると俺たちはジープに乗って近くの街に向かった。
悟浄は痛みを堪え、真っ青な顔をしながらも、後部座席で、俺の隣でタバコを吹かしている。
怪我は八戒に治させることもできるが、悟空にその治療は効かないようで…とりあえず、医者に見せるのが先だとばかり、自力で動ける悟浄の治療は後回しにされていた。
俺が譲った助手席で、悟空は正体を失っている。
悟空は、インフルエンザだという。
そこで悟浄の傷を治そうとする八戒を悟浄が止めていた。
俺や悟浄では悟空の看病は出来ない。八戒を今、疲れさせるのは得策ではないだろう。
悟浄は、悟空の診察がすんだ後、治療を受けた。
宿はツインを二部屋。一つは悟空と八戒、もう一つは俺と悟浄が使うことになった。
あまりない部屋割りに戸惑ったのは、多分、俺だけではないだろう。
食事も早々に済ませると俺たちはそれぞれの部屋に引っ込んだ。
悟浄は部屋に入るなり、宿の食堂でもらってきたらしいラップで嵌められたギプスをグルグル巻きにすると風呂に入った。
あれだけの怪我をしていて、何を考えているんだか、あいつは…。
医者からの注意も聞こうともせず、病院を後にした悟浄。その背中を見ながら二人分の会計をすませ、俺も出ようとすると医者に呼び止められた。
『あの、紅い髪の方の腕、なんですが…本当は手術をして入院をしていただく必要があります。ご本人はギプスだけでいいとおっしゃって、暴れかねない勢いだったので、骨折の処置と鎮痛剤の注射しかしませんでしたが。あのまま放置ですと腱が切れてますので、手が動かなくなる危険があります。それと、怪我のせいで今夜辺り、高熱を出される怖れも…。お連れ様から言い含めていただいて入院を…』
平気な顔をして、どこまで強がる気なんだ、あの男…。
まぁ、入院を幸いに、看護師でも口説くだろうことは目に見えていたし、医者に預けてしまったんでは、八戒が後ほど治療することも難しくなるだろうから、俺は何も言わなかった。
「何してた」
「シャワー。気持ち良かったぞ、久しぶりだし。お前も浴びてきたらどうよ、三蔵」
不自由をして入ってきたのだろう、かなりの時間が経っていた。
飲ませようと淹れた茶がすっかりと冷めてしまっている。
熱が上がって倒れているんじゃねぇか、と心配していた俺に、悟浄はどこまでも能天気な答えを返して寄越した。
「お前が覗かなければな」
「誰が覗くか、お前の…野郎の裸なんぞ…」
不機嫌に答える俺に、おどけたような悟浄の返事。
だが、こいつは俺が裸体を見られることを嫌がる本当の理由を知っている。
だからこそ、癪に障る。
「飲め」
冷めた茶と薬を目の前に置く。そろそろ医者の所で打たれた鎮痛剤も切れる頃だろう。
意外な顔をして悟浄は俺を見た。
「この茶、お前が淹れたのか?」
そんなに俺が茶を淹れるのが不思議か。俺だって、茶ぐれぇ、淹れる。お師匠様に茶を淹れるのは俺の仕事の一つだった。
「だったらどうした。薬、飲んどけ。鎮痛剤だそうだ」
「何? もしかして三蔵サマは…俺の怪我が自分のせいだって思って…負い目感じてる?」
不思議そうな顔をして悟浄が俺を見て、それからにんまりと笑う。
一々癇に障る奴だ。
「誰がてめぇに負い目なんざ感じるか。下僕が主人を庇うのは当然のことだろう」
誰が、負い目になぞ感じてやるか。勝手に庇って怪我しただけじゃねぇか。
「鎮痛剤、飲まねぇのか?」
「いらねぇよ~、今、痛くねぇし…」
どこまで強がる気なんだこいつは。
俺の心配通り、少し顔が赤く、目が潤んでいる。熱が出ている証拠だろう。
片手で苦労してタバコを取りだし咥える悟浄に火を貸してやった。
あの手じゃ、ライターを取りだして火をつけるだけで5分はかかりそうだ。
「まぁ、痛くねぇんなら、俺は構わんがな。やせ我慢をするのは、てめぇの好きな女の前だけにしとけよ」
どうやったら、悟浄に薬を飲ませることが出来るか…。こいつの一人我慢大会に付き合う気はねぇ。
痛いということをこいつの口から言わせるか。
「いっ…………!! 何しやがんだっ! この生臭坊主っ!!」
俺は軽くギプスの上を叩いただけだった。
こいつには、力いっぱい叩いたように思えたかもしれんが、それは、痛みがひどい、ということだろう。
「やっぱり、痛ぇんだろうが。薬、飲め」
「これは、今、お前がっ………わかったよ、飲みゃいいんだろ、飲みゃ…」
諦めたように飲む悟浄に少し安堵して、今度は熱い茶を注いでやる。
悟浄の髪からぽたぽたと肩に滴る水滴が、気になった。
「その怪我で…頭まで洗ったのか、てめぇは…。水が滴ってるぞ」
茶に手を伸ばす悟浄の動きは気にせず、その肩のタオルを取ると、頭を拭いてやる。
怪我が元で熱を出してるのに、その上風邪まで引かれては、俺だって面倒を見切れん。
「熱っ! 何しやがんだっ!」
丁度、茶を飲もうとしているところだったらしく、それが顔にでもかかったんだろうが、俺は知らん。
「髪を拭いてやってるんだ、有難く思え」
「思えるかっ!」
怒りながら、それでも悟浄はされるがままになっている。
「顔が赤い…熱でもあるのか?」
頭を拭き終わると、今度はこいつに熱があることを自覚させる。
そうでもしねぇと、この男は平気な顔を続けて、夜遊びにさえ、出かけかねねぇ。
「あ~…お前の手、冷たくて気持ちいい~」
大人しく、額に手を当てられたまま、悟浄はじっとしている。
自覚はなくても、やはり、身体は辛いんだろう。
「手が冷たい奴は心が温かい、と言うからな」
どうだ? 下僕を面倒見ている俺は、心が温かろう?
自分で言って、笑える。
「自分で言うかぁ~?」
悟浄もくすくすと笑い、タバコを灰皿に投げ込んで、茶を飲み干した。
「驚いたコトに、お前の淹れた茶、美味かったわ」
「……てめぇは一言余計だ。もう、寝ろ。マジで熱があるじゃねぇか」
まったく、いつでも軽口は忘れねぇ野郎だ。
ふらつきつつ立ち上がる悟浄。そこで転んで怪我を増やされても困ると思い俺も立ち上がるが、目線で止められる。
まぁ、それぐれぇの強がりは許してやるか。
それでも俺は悟浄がベッドに入ったのを確かめると、その身体に布団をかけてやった。
「やっぱ、俺に負い目感じてんな、お前…」
「うるせぇ、下僕。黙って寝ろ」
「へいへい、っと」
やはり、大人しいこいつは…らしくねぇ。
もう一度、熱を確かめるように額に手を置き、放って置けば動かなくなるかもしれない、と言われた左手を握ってみる。
「冷てぇな…」
「あ~俺、心があったかいから」
「言ってろ」
眠りに落ちる直前まで、軽口は忘れねぇ奴だ。
八戒の気孔で治るとはわかっちゃいるが、やはり、もしも、という思いは拭いきれず、しばらく、その冷え切った手を握っていると、悟浄はそのまま眠りに落ちた。
「………ありがとう…」
起きている時には言えぬ言葉をそっと呟いてみる。
結局そのまま、悟空が完治するまでの一週間、悟浄も寝付いた。
悟空の看病から解放された八戒に傷を治してもらった途端、「いやぁ~、三蔵サマの手厚い看護に、悟浄、感激しちゃったぜ~」とおどけたように言ったこのバカに、ハリセンを見舞ったのは、当然と言えば当然のことだった。
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Category:最遊記
悟空が、ぶっ倒れた。
戦闘中、いきなり、だった。
いや、実際はそうでもなかったんだろう。
その日の朝から体調は思わしくねぇようだったな、今にして思えば…。
何日も野宿が続いた。
誰か、そのうち体調崩すぞ、なんて冗談で言ってたのは昨夜のことか…。
今朝、ありえねぇことに、悟空の食欲がなかったんだよなぁ。
倒れた悟空に八戒が駆け寄る。
三蔵の再装填のガードに俺は走る。
鎖鎌がまだ手元に戻らねぇ。
三蔵の背後に太い鉄棒を振り上げて妖怪が迫っていた。
錫杖でガードしようと伸ばしかけて、戻らねぇ鎌の動線が八戒と悟空を掠めることに気付いて、咄嗟に俺は、左腕を差し出した。
身体の内側から、ぼきっ、と大きな音がして、俺の腕はありえねぇ方向に曲がった。
痛みを感じたのは、全部戦闘が終わってから。
悟空は高熱を出していた。
近くの街について、悟空はインフルエンザだと診断される。
人のいねぇとこを進んでんのに、悟空の奴、どこでそんな流行を貰ってきたんだか…。
俺の腕は、複雑骨折だと言われ、しっかりとギプスで固められた。
八戒が気孔で治してくれようとすんのを止める。
三蔵や俺じゃ、悟空の面倒を見られねぇ。
気孔を使って八戒が疲れて…悟空のインフルエンザを貰ったら困る。
宿でツインを二つ取る。
寝込んだ悟空と八戒、怪我した俺と三蔵、って部屋割りだ。
八戒は悟空が食えそうな物を作って、さっさと自室に引き上げ、俺と三蔵も飯をすませると自室に引き上げた。
八戒に言われ、今夜は酒も飲めなかったなぁ…。
ギプスをラップでグルグル巻きにしてシャワーを浴びて出てくると、三蔵が面白くもなさそうにタバコを吹かしていた。
俺を気にしたのかなんなのか、こいつも今日は酒を飲まなかった。
そんで機嫌悪くされてもなぁ…。
「何してた」
何って聞かれても…風呂場から出てきてんのに、風呂以外に何してると思ってんだ、こいつは…。
「シャワー。気持ち良かったぞ、久しぶりだし。お前も浴びてきたらどうよ、三蔵」
「お前が覗かなければな」
今更だしな。何度も一緒に風呂ぐれぇ入ってる。
それでも…俺はこいつが裸を見られたくねぇのはよくわかってる。
俺のこの頬の傷と一緒だ。
過去を…見せたくねぇのと、一緒。
こいつの生きてきた証。身体の傷の数だけ、幼いこいつは命を屠って生きてきた…俺らは知っているけど、こいつにとっては隠しておきたい、いまだ血の乾くことのねぇ、心の傷。
「誰が覗くか、お前の…野郎の裸なんぞ…」
少しおどけて言ってやる。
オマケに睨み付けてやると、目の前に湯呑みと小さな白い錠剤を二つ置かれた。
「飲め」
湯呑みを取ると、薬を飲むにはほどよく冷めた、茶。
「この茶、お前が淹れたのか?」
「だったらどうした」
意外だった、なんて言ったらこいつ、怒るだろうなぁ…。
「薬、飲んどけ。鎮痛剤だそうだ」
ぶっきらぼうだけど、なんか少し優しく感じるのは気のせいか?
なんか、調子狂うぜ…。
「何? もしかして三蔵サマは…俺の怪我が自分のせいだって思って…負い目感じてる?」
「誰がてめぇに負い目なんざ感じるか。下僕が主人を庇うのは当然のことだろう」
って、ここで…下僕発言かよ…。
「鎮痛剤、飲まねぇのか?」
「いらねぇよ~、今、痛くねぇし…」
苦労して片手でタバコを取りだして咥えると火が差し出された。
「まぁ、痛くねぇんなら、俺は構わんがな。やせ我慢をするのは、てめぇの好きな女の前だけにしとけよ」
やせ我慢? お前らの前でこそしてぇんだけどな、俺…。
そんなことを考えてると、火を消したライターのケツで、ギプスのはまった俺の腕を…三蔵が面白くもなさそうに力一杯叩きやがった。
「いっ…………!!」
思わず出そうになった悲鳴を飲み込む。
「何しやがんだっ! この生臭坊主っ!!」
「やっぱり、痛ぇんだろうが。薬、飲め」
「これは、今、お前がっ………わかったよ、飲みゃいいんだろ、飲みゃ…」
また、殴られちゃかなわねぇ…。俺は言われるままにその小さな錠剤を冷めた茶で流し込んだ。
飲み終わって湯呑みを置くと今度は熱い茶が注がれる。
「その怪我で…頭まで洗ったのか、てめぇは…。水が滴ってるぞ」
注がれた茶に手を伸ばし、飲もうとしたところで、いきなり肩にかけていたタオルを取られ、乱暴に頭をわしゃわしゃと拭かれる。
「熱っ! 何しやがんだっ!」
「髪を拭いてやってるんだ、有難く思え」
「思えるかっ!」
気色悪ぃ…。ホンっト、調子狂うぜ…。
頭をぐらぐらと揺すられて、眩暈までしてきやがった。
「顔が赤い…熱でもあるのか?」
俺の頭をある程度拭いて満足したらしい三蔵がいきなり、俺の額に手を当てた。
「あ~…お前の手、冷たくて気持ちいい~」
「手が冷たい奴は心が温かい、と言うからな」
「自分で言うかぁ~?」
タバコの火を消し、茶を飲み干す。
「驚いたコトに、お前の淹れた茶、美味かったわ」
「……てめぇは一言余計だ。もう、寝ろ。マジで熱があるじゃねぇか」
言われてみりゃ、眩暈は治まらねぇし、確かに少し身体が熱い気もする。
三蔵に言われて横になんのもなんか癪に触っけど、こいつが心配してくれてんのもわかっし、今日だけは言う事きいてやるか…。
立ち上がると少しふらつく。
手を貸すつもりか、立ち上がった三蔵を俺は目線で止めた。
そこまでされてたまるか。
腕を下にしないように少し苦労して横になると、傍に来ていた三蔵に布団をかけられる。
「やっぱ、俺に負い目感じてんな、お前…」
「うるせぇ、下僕。黙って寝ろ」
「へいへい、っと」
言われるままに目を閉じると、もう一度熱を確かめるかのように三蔵の手が額に置かれ、その後、左手の指先を握られる。
「冷てぇな…」
「あ~俺、心があったかいから」
「言ってろ」
ふざけた会話をもう少し続けてぇと思ったけど、横になった途端に襲ってきた睡魔には勝てなかった。
三蔵が何か呟いたようだったが、俺にはもう、聞こえず、眠りの中に落ちていた。
Category:最遊記
朝からの雨で出立は延期。
小さな村の小さな宿で四人同室。
あ~…空気が重ぇ。
相変わらず、三蔵と八戒は雨の日にはアンニュイになってる。
こんな日はさすがの悟空も少し大人しい。
空気を読める程度には大人になった、ってことか。
八戒がリストを書いて、三蔵からカードを預かると、俺は悟空を誘って買い物に出た。
三蔵が、悟空に飯を食わせて来い、と言う。
そういうのに煩わされたくねぇ、ってことか。
買い物をすませ、大して広くない村を隅から隅まで探索して、悟空に飯を食わせて、夜になって宿に帰る。
読んでいた本から顔を上げ、ご苦労様です、と八戒が声をかけてきた。
俺らが出て行った時とほとんど動いてないかのような二人。
ほら、と俺は二人にラップで包んだ大きな握り飯を軽く投げた。
夕飯を食った食堂で無理言って分けて貰った飯で、その店のお薦めだって言う豚の角煮を包んだ、握り飯。
形はやっぱ、八戒が作るのより悪ぃが、大丈夫だろ。
二人とも片手で器用に受け取り、なんだ? と三蔵が言う。
どうせ、飯食ってねぇんだろうが。 俺が言うと、見透かされてますねぇ、と八戒が苦笑した。
いただきますか、お茶でも淹れましょうね、と立ち上がる八戒と動こうともしない三蔵に俺はビールを投げてやる。
悟空は俺が連れ回したせいで自分に与えられたベッドの上でジープと遊びながらうつらうつらしている。
窓を雨が叩いている。閉まっていたカーテンを開けて、俺は窓に当たる雨粒を見ながら自分に与えられた窓辺のベッドに腰を下ろす。
三蔵と八戒は無言のままだ。
握り飯を食っているのか、ビールを飲んでいるのか…何も手をつけずにいるのか…背を向けている俺にはわからない。
俺は自分の缶ビールを開け、タバコに火をつける。
あいつらが雨を苦手とするのは仕方ねぇ。
俺にだって苦手なもんはある。
どうしようもねぇ、思い。
けど…雨の日はいつまでも続かない。
あいつらも俺も…随分と苦手意識は薄れているのは確かだろう。
仲間と出会えたことで…。
悟空を連れ回したせいで、俺も疲れていたんだろう、いつの間にかうつらうつらしていたらしい。
ん…眩しい……
目が覚めると、綺麗な月が顔を覗かせていた。
起き上がると、その月をまっすぐに見る。
窓を開けると、少し湿った冷たい空気が部屋の中に流れ込んできた。
その風に乗せる様に、タバコに火をつけ、煙を流す。
きしっ、と小さな音がして、誰かが俺の隣に立つ。
しゅっ、と小さな音がして、俺のタバコじゃない、煙草の香りと煙が風に乗る。
こいつら、起きてたのか。
雨、上がりましたね。明日は発てますね。
隣に立つ八戒が言う。
そうだな、短く答える三蔵の声は背後から。
何事もなく過ぎた、雨の日。
それぞれが自分の思いを胸の中で確認した、そんな一日。
月は観ていた。
雨あがりの空の月も、また………。
Category:最遊記
―― 雨が降っていた ――
窓際のベッドの上で三蔵が片膝を立て、もう片方の足を投げ出すようにして、ベッドヘッドに身体を預けて座っている。
部屋の明かりは点けず、雨が降ってはいても明るい昼間の外の光りが窓から入り、その姿はシルエットのように浮かんで見えた。
悟浄は悟空を連れて買い出しにでかけている。
宿の部屋には、三蔵と僕の二人、だった。
―― 雨は苦手… ――
それは僕も三蔵も一緒。
思いだしたくない、けれど、忘れることは許されない…いや…思いださなければならない辛い過去を記憶の奥深くから浮き上がらせる。
目を背けず、向かい合うこと。それが、僕に課せられた償いだとずっと思っていた。
だから…いつも、無理をして笑っていた。
けれど、それは違うのだと、三蔵は教えてくれた。
無理をして笑っていることはないのだと…そう言って、自分も辛いだろう雨の日にかすかに笑って見せた。
それからは、僕も無理に笑って見せることはやめた。
そうすることで、なぜかホッとしたように見えた悟浄の顔が印象的だった。
そして、三蔵と僕を静かに過ごさせてくれようと、雨の日は悟空を連れて出かけるのが、悟浄の習慣になった。
いつから、だろう?
雨の日は二人で過ごすのが当たり前になって…お互いに相手に干渉せずに過ごしていた、筈なのに…。
気がつくと、僕はいつも、雨を感じている三蔵を見ていた。
最初は…僕の感情と…彼の感情を感じていただけだった筈なのに…。
「三蔵、お茶、飲みます?」
外しがたい視線を無理矢理外して、僕は声をかける。
返事はないが、僕はお茶を淹れた。
湯のみを渡すと、指が触れる。
その冷たさに、どきり、とする。その手を握って温めたい、と思った。
「何だ?」
いえ…なんでも……僕は言葉を濁して、自分のお茶を手に宿の部屋に備え付けの椅子に座った。
湯呑みが運ばれる口元に目が吸い寄せられる。
飲み下す喉元の動きにまだ何も飲まぬ自分の喉も動くのが感じられる。
普段はまっすぐにすべてを射抜くような光で何もかもを見つめる紫の瞳が、憂いを含み、少し暗い色に染まっている。
太陽を受けて黄金色に輝く髪が、雨の日の淡い光に…くすんで見える。
張りを持って堂々と発せられる声が、呟くような囁くような声になる。
それ以外の色を見たい、声を聞きたい、と最近の僕は…三蔵を見ると思ってしまう。
悟浄と悟空に早く戻って来て欲しい、と思いつつ、ずっと戻って欲しくない、とも思う。
僕は…何か…どこか…狂ってしまったのだろうか…。
悲しい記憶の雨の中で……。
Category:最遊記
どうしてこうなるんだか…たった一晩の宿の部屋で…。
朝食を済ませて出立の準備のために一人先に部屋に戻った僕は、改めてその部屋の惨状にため息を吐いて散らかった部屋を片付け始めた。
これじゃぁ、持って行く物と捨てて行って良いものの区別もつかない。それに、いくら商売とはいえ、宿屋の方にも申し訳がないくらいの散らかりよう。
ゴミを集めて必要な物を荷物に詰めて……
「八戒~、準備出来たかぁ?」
悟浄が顔を覗かせる。相変わらずの咥えタバコで捨て場に困ったのか、手近な缶を手にする。
「悟浄…っ!」
また缶を灰皿代わりにするつもりですかっ、といいかけたところで今度は悟空が飛び込んできて、集めたゴミを漁り始めた。
「俺の菓子、残ってただろ~~!」
「悟空っ!」
せっかく集めたゴミを…僕は思わず悲鳴に似た声をあげてしまい、そこへ戻って来た三蔵に顔を顰められる。
「煩ぇ。まだ、準備出来てねぇのか…」
誰のせいだと……僕の中で何かがぶち切れる音が、した。
「誰のせいだと思っているんですかっ! あなたたちが、部屋を綺麗に使わないからでしょっ!」
僕の剣幕にぽかん、とする三人を後ろに、僕は部屋を飛び出していた。
飛び出してはみたもののまったく知らない町の中、行くあてなどあるわけもなく、僕は途方に暮れて、宿に入れてもらうことの出来なかったジープの傍で佇んでいる。
いつも彼らは散かすばかり。僕がどんな思いで片付けているのかなんて、考えたこともないんでしょう。
そりゃ、保父を買って出てる場面もありますよ。
ありますけど、だからって、なんでもかんでも僕にやらせるのは間違ってる、とは思わないんでしょうか、あの人たちは…。
悟浄は今でも手近に灰皿が見当たらないと空き缶が灰皿ですし、悟空はいくら言っても食べ散かすことをやめない。
目の前にゴミ箱があってもその辺りにゴミはぽいっ。
三蔵は、自分から率先して散かしたりはしないものの、いつも傍観者で他人事。
僕が何をしているのか知っているんだったら、もう少し、悟空や悟浄に注意してもいいでしょうに…。いつでも何事もなかったような顔をして、知らん振り。
野宿での食事の支度も、宿に泊まった時の洗濯も、運転も…全部、僕。
そりゃ、悟浄に食事の用意をさせたら後片付けが大変ですし、食べられればなんでもいい、って全部をぶち込むような感じの料理ですよ。
悟空に洗濯を手伝って貰ったら、服は破けちゃいましたよ。
三蔵に運転を任せたら…ブレーキとアクセルの区別もつきませんでしたよ。
僕がやったほうが結局、安全で簡単だってことわかってます。
それはいいんですよ。
だったらせめて…自分の身の回りのことぐらい、自分でしてくれたっていいじゃないですか。
ゴミの始末すら出来ないなんて、あの人たちの神経はどうなっているでしょう…。
僕はジープの助手席に座る。
いくら腹を立てていても、旅は一緒に続ける。この場で袂を分かつのがどれだけ愚かな行為か判っているから。
「あ、八戒いた~~」
無邪気な様子で悟空が僕を見つけて走って来て、違和感を感じたのか、立ち止まる。
悟浄が荷物を持ち、三蔵は清算をすませていたのか、その後から出てきた。
僕がどこにも行っていない、と判りきったような行動に腹が立つ。
「おい」
三蔵が僕の横に来て声をかけるが、僕はそれを無視する。
悟浄が荷物を積み込み、悟空は少し困ったように三蔵と僕の顔を見比べていた。
「出発、するんですよね? どうぞ。今日は僕、ここに座らせてもらいますから」
少し驚いたように僕の方を伺う三人の視線に仏頂面で答える。僕は怒っているんです、と。
「何を拗ねてんのかしんねぇが、そんな態度を取るなら、どっか行っちまえ」
「いいんですか? 僕がここを離れれば、ジープは僕について来ますよ? それに、戦闘要員は一人でも多いほうがいいでしょう?」
三蔵がイライラしているのが手に取るようにわかる。けど、僕は引かなかった。少し、考えて貰わないと。
「ま…まぁ、三蔵…今日は後で我慢しろって…。俺が運転すっから…」
こういう時に素早く反応して自分の行動を見極めるのはやはり悟浄が早い。この辺りは少し尊敬するけど、それで僕の感情が治まるわけじゃない。
ジープは悟浄の運転で出発した。
その日の宿は通り道にあった、無人の山小屋になった。
食料はそれなりに買い込んである。
けど、僕はストライキを続ける。
諦めたらしい悟浄が珍しく、他の二人の世話を焼いているのを僕は黙って眺めていた。
「おい、悟空、水汲んで来いっ」
「おい、悟空……」
僕のことは、触らぬ神に祟り無し、とでも思ったのか、悟空も悟浄に言われるまま、彼の手足のように動いているが、そのたびに、荷物が滅茶苦茶になっていく。
整理したい気持ちを押さえ込んで僕は知らぬ振りを続けた。
あ~…あんな包丁の持ち方じゃ、手を切る…あ…切った…。
あ、お湯が吹き零れる…そんなに塩を入れたらしょっぱくなる……
悟空、皿の上に服を置かないでください…
三蔵…服の上に灰を落とさないで……
口を出したい、手を出したい……。
それでも我慢をして、僕は悟浄の用意してくれた食事を黙って食べ、それぞれに場所を見つけて、就寝した。
夜中に目が覚める。
何かあった時困るから、と小さく灯された明かりの中でごちゃごちゃになった荷物の影を見る。
静かに起き出すと、僕はそれらを片付け始めた。
やっぱり、彼らには任せておけない…。
もくもくと片付けていると人の気配がする。無言で僕が集めようとしていたものが渡される。
「やっぱさ、八戒ってすげ~わ。運転して、飯の仕度して…なんでも綺麗にできるなんてよ…。俺なんか、一日でもう、ギブアップ…」
悟浄だった。
「何にそんなに腹立てたのか…わかんねぇけどよ…もう、機嫌直してくれよ。悪いとこは言ってくれたら直すようにすっからよ」
「俺、物憶え、悪いかもしんねぇし、言われてもすぐにわかんねぇかも、だけど、一回一回、そのたんびに言ってくれたら直すからさ、八戒、許してよ…」
悟浄の後から悟空も顔を出す。
「悟浄の塩っ辛い飯はもう、食いたくねぇ」
薄明かりが大きな明かりになる。三蔵も起き上がっていた。
「そうそう、悟浄の食ったら咽喉渇いちゃってさ~~」
「悟浄、茶を淹れろ」
あ~もう、この人たちは…反省してるんだか、してないんだか…。
僕は思わず噴き出していた。
「悟浄、火を熾してください。お茶、淹れますね」
僕はお茶の用意をする。僕自身も咽喉が渇いていたから。
諦めのため息と共に、僕は怒りを吐き出した。
もう、保父でもいいじゃないですか。
何もしないと決めても、ここまで気になるんじゃ、返って僕の精神衛生上もよくないですし。
一日、僕が怒って何もしないだけで、こんなにガタガタになるようじゃ、この旅の目的も遂げられそうもないですしねぇ。
僕がどれだけ怒ろうが、きっとかわらないだろう彼ら。
けど、そんな彼らと一緒に旅をする道を選んだのは、そしてここまで一緒に来たのは、僕。
いいじゃないですか、仕方ないじゃないですか。
僕が選んでしまった道なんですから。
けど…最初が、甘やかしすぎ、でしたかねぇ……。
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夏風亭心太
酒、煙草が好き。
猫好き、爬虫類好き。でも、虫は全部駄目。
夜が好き。月が好き。雨の日が好き。
こんな奴ですが、よろしくお願いします。
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