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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 世界が薄紅に染まっている。雨が降っている。
 この世の春を謳歌していた薄紅の花が散っていく。

 物心ついた頃から、俺はこの花が苦手だった。
 なぜか、いつも、その花に何かを迫られているような気がしていた。
 長じて、それは焦燥感だと言うのだと知った。
 何をそんなに焦るのか…ただ、何か約束していたような、そんな気がして。
 その約束を守れない自分が不甲斐なかったのかもしれない。

 ハラハラと散る花弁と、パタパタと落ちる雨。
 眺めていると、花弁がパタパタと落ちているような錯覚に囚われてしまう。
 手を伸ばして花弁を掌に納めればしっとりと水を含んでいて雪片のようにも感じられた。
 雪はすべてを隠してしまう。
 世界を真っ白に染め上げ、踏みにじられて…いずれは融けて、隠した物を再び見せる。
 それならば、この花弁は?
 何かを隠して…踏みにじられて土に返り…
 再び、何かを見せてはくれない、か。
 そのまま、土に返すだけ…。
 焦燥感の原因など、いつまで経っても見せてはくれない。
 それでも……
「悟浄、そろそろ行きますよ」
 呼ばれて振り返る。
 奴らと出逢って、その焦燥感はずいぶんと薄らいだ、気がする。
 掌の花弁を払い落とすと、持たされた大荷物を抱えなおし、傘を差して待つ、薄紅の後に待つ色の瞳を持った男と肩を並べた。
 足元で花弁が踏みにじられ、きゅきゅっ、と小さな音を立てた。
 もうすぐ、薄紅の季節は終わりを告げる。
 焦燥感はいつ、完全になくなるのだろうか……。


『またいつか…満開の櫻の樹の下で……』


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 倒れた大きな魔物の横でいきなり木登りを始めた捲簾に、天蓬は、心から呆れた、とでも言わんばかりの溜め息をついた。
 やがて降りてきた捲簾の手に握られていた良い枝ぶりの桜を見て、もう一度溜め息をつく。
「なんですか、それは。桜なんて戻ればいくらでもあるじゃないですか…」
「そ~なんだけどなぁ。ほら、悟空が金蝉のとこに来て、一年だろ? プレゼントでも、と思ってよ。誕生日、ってやつ?」
「あ~…時間の流れが緩慢な天界ではそんなこと、誰も覚えていないと思いますけどねぇ…」
「木の股からでも生まれねぇ限り、俺たちにもあるはずなんだけどな、誕生日、ってやつ。もう、忘れちまったよなぁ…。そんでも、あいつには忘れて欲しくねぇからな」
「木の股から生まれたって、生まれた以上、誕生日だとは思うんですけどね…。けど、なんでわざわざ桜、なんです?」
「なんでだろうなぁ…。天界のと違って散るから、かもな…。さて、帰ろうぜ。この桜が散る前に」

「天ちゃん、ケン兄ちゃん、おかえり~!」
 無邪気に駆けてくる悟空に、二人の薄汚れた軍人は笑顔を見せる。
「おう、ただいま。ほい、土産だ」
 悟空の目線までしゃがみ込むと、捲簾は持っていた桜の枝を差し出した。
「え?」
 一瞬瞳を輝かせた悟空が、すぐに不思議そうな顔になる。
「桜? 外で折ってきたのか?」
「いや、これはな、下界の桜なんだぜ。この天界の桜とは違うんだ」
 どうやら腰を落ち着けて話し始める気配の捲簾に、天蓬は、先に報告に行きますね、と声をかける。
「天ちゃん、またあとでな~!」
 元気に手を振る悟空に笑顔を見せて、天蓬はその場を離れた。
「あっ!」
 枝を持ったまま手を振ったせいか、はらはらと散り始めた桜を見て、悟空が声を上げた。
「下界の桜は、散る、んだ」
「なんか、寂しいな、それ…」
 しょんぼりとその花弁を見る悟空の頭を軽くぽんぽんと叩く。
「あのな、悟空。これが、生きるってこと、なんだ。憶えとけ」
「え?」
 きょとん、とした顔を向けた悟空が、少し考えたような表情で、それからまた寂しい顔になった。
「ちゃんと地面に生えてる木なら、こうやって花が散った後、緑の葉を茂らせる。そんで秋になって葉を落とし、寒い冬を越えてまた、花を咲かせる。こうやって生は刻まれる」
「でも、この枝は…」
「ああ、このまま枯れるだろうな…」
 うるうると大きな瞳に泪を溜めて自分の手の中の桜をまっすぐに見つめる。
「なんで折って来ちゃったんだよっ!」
「優しいな、悟空は。桜のために泣くのか?」
 わしわしと頭を撫でながらいい、そのままその手を止めるとその金色の瞳を覗き込んだ。
「もう一つ。生きるってことは、誰かの記憶に残ること、だ。今、この桜はお前の手の中にある。そんで、こうやって散る事を悲しんで貰ってる。お前はこの桜が散って行く瞬間を覚えているだろう? だから、この桜は、生きているんだ。わかる、か?」
 悟空がぶんぶんと首を横に振るとその瞳に溜まった泪が飛び散った。
「だったらっ! 外の桜だってっ!」
 言葉を詰まらせながらもそう言って、泪の溜まった瞳で窓の外を見た。
 うららかな日差しの中で、外の桜が世界を薄紅に染めて咲いていた。
「そう、だな。けどよ。あれはいつも咲いてる。それはもう記憶じゃなくて日常で。お前の中にある桜の記憶は、金蝉や天蓬、俺との記憶であって、厳密な意味での桜の記憶じゃないんじゃないか? 俺は、日常の景色じゃない、桜そのものを記憶に刻んで欲しかった。だから、この枝を手折って来た。お前が天界に来て1年になるこの日に。記憶を贈りたかったんだよ…。まだ、難しいかもしれないけど、な」




 手には今さっき手折ったばかりの桜の枝。満開のそれは揺らすと今にも散りそうで、それでもまだ必死に枝にしがみついているように見えた。
 悟空が三蔵のとこに来て3年目だってことで、誕生日、らしい。悟空本人にも三蔵にも、そして勿論、八戒や悟浄にも彼の本当の誕生日がわからないので、その日を誕生日だということにしたらしい。
 八戒は一足先に慶雲院に、パーティの準備です、と出かけてしまい、昼過ぎに起き出した悟浄は、八戒のメモを見て、遅ればせながらそこへ向おうとしていた。
 何も持たずに行っても良かったはずなのに、満開に咲いてる桜を見て、悟浄は何故かそれを一枝持って行きたい、と思ったのだ。
 どんな顔して渡すんだよ、と自分に突っ込みつつも、悟浄にはそれ以上のプレゼントは思いつくことができなかった。
 あいつらと出逢ってから碌なことねぇよな…。
 そう一人ごちて悟浄は嗤う。
 それでも、そんな日常が、暗い記憶を塗り変えて行く予感がしていた。

 桜の枝を渡すと、悟空は少し寂しげな表情をした。
 なんだよ、嬉しくねぇのかよ…。
 悟浄は言いかけた言葉を飲み込む。
「あのさ…俺…」
 軽く揺すって散り始めた花弁を見ながら悟空が言った。
「俺、この桜を覚えてる。これが生きる、ってこと、なんだよな?」
 まっすぐに見つめる金色の瞳に。
 悟浄は黙って、頭を撫でた。




 目的達成して。
 三蔵とは違い、どっかその辺で適当に住みついても良かったんだけど。
「帰るまでが遠足ですからね」
 って八戒の言葉に、なんとなく元の街まで帰ってきた。

 んなもん貰えるとも思ってなかったが、成功報酬としてある程度のものを貰った俺たちは、旅に出る前に住んでた家に戻った。
そこは薄汚れていたし、窓が割られてたり、壁に落書きされてたり、ドアが破られてたりしたけど住めないわけじゃなかった。
 だから、八戒と二人家を修繕して住めるようにした。

 そして…
 あいつらがいて愛し合えなかった時間を取り戻すかのように俺たちは抱きあった。
 それこそ、夜も朝も昼も。すべてを忘れて、すべてを熱に溶かして一つになってしまうくらいに。お互いがお互いをすべてだと思ってしまえるまで。

 数えるのも放棄した、何度目かの情事の後。熟れきった空気の中。
「これは…恋とか愛とか…そんな綺麗なものじゃないんですよね…」
 ぽつり、と八戒が言った。
 なぜか、八戒が消えてしまいそうで…俺はその腕を掴む。指に力は入らなかった。するり、と落ちる俺の手を取って
「同情とか、馴れ合いとか…依存とか…そんな関係なんでしょうね、きっと」
 優しく優しく俺の指に唇を這わせながら八戒は寂しそうに笑った。
「俺は…」
 散々啼かされた涸れた咽喉は声を出すことを拒み、それでも何かを言おうとする俺をもう一度貪る熱に、俺はその快楽に流されてしまう。
 落ちる意識の中
「お前を愛してる」
 その声は届いただろうか。


 目覚めると、家の中がしん、と静まり返っていた。
 動くのも面倒でそのまま暫くじっとしていた。
 いつもならどうしてだか俺が起きたのに気付き部屋に戻って来る八戒がいつまでたってもやって来ない。
 耳を澄ますが物音一つしない。
 あいつも寝てんのか?
 いや、戻ってから使えるようにした寝室はここだけ。他に寝る場所なんかありゃしない。
 のそり、と起き出す。
 あいつが居そうな場所は……風呂かキッチンか…。
 風呂には、いねぇ。
 キッチンに……。
 テーブルの上にメモが一枚。
『貴方のせいじゃない。僕のわがままです。すみません』
 その紙を握り締める。
 旅に出る前、戻れるかどうかわからないから、と私物のほとんどを始末して出た。そして戻った時には大して荷物はなかった。
 だから。
 家中探してもあいつがいた痕跡すら見つけられなかった。
 手の中のメモと、鈍い腰の痛み。そして、寝室の倦みきった空気以外は。


 探そうと、街に出た。
 あいつが行くところなんか、思いつかなかった。
 思いつくのは、三蔵のとこぐれぇ。けど、そこには行っていないだろう。
 当ても無く、街を歩く。
「あら、悟浄じゃない、久しぶり」
 背後から声をかけられた。
 振り返る。誰だ?
「わかんない?」
 面白そうに笑うその顔に。思い出した。
 酒場で賭けをしてるといつも俺の隣にいた女の一人。こいつがいると、ツキがあったっけ。
 でも。
 明るい栗色でウェーブだった髪は黒くストレートになっていて、伸ばされ真っ赤に染められてた爪は綺麗に切りそろえられてマニキュアは施されていなかった。
「おかしい? でも、いつまでもああやってるわけにもいかないしね」
 そうやって清々しく笑う女に。
 俺は、八戒を探すことはやめよう、と思った。

 気付けばもう、30が近い歳。
 あいつが言った事がわかった気がした。
 同情から始まった馴れ合いで、お互い依存しあってただけ。
 成長してないのは俺だけ、か。

 振ってきた雨を避けて、昔馴染みの店に入る。
 マスターが、代わっていた。
 以前のマスターは…異変の影響で暴走した妖怪に殺されたのだと聞かされた。
 なぜか居たたまれなくて、すぐに出た。
 塗れたまま歩く。
 八戒は…雨が嫌いだった。怖がってた。
 だから…同情だったんだろう。抱かれた。
 今は、どうなんだろう?
 あいつが、この雨の中で怖がってねぇといいな、と空を仰いだ。



 時間は過ぎる。
 結局俺はオトナになりきれて、ねぇ。
 ただの、ガキだ。いつまで経っても。
 誰とも交わらず…元々、誰とも交わった事なんかなかったんじゃねぇか、と思う、日々。
 あの旅の時間でさえ、あいつと抱きあった時間でさえ…俺は一人だったんじゃないか?

 久しぶりに八戒を見た。
 声をかけようとして…その腕に幼子を抱いているのを見て、かけられなかった。
 横には小柄な女が、いた。
 ああ、結婚したのか。
 遠目に幸せそうな顔を見て。
 普通に「オメデト」って言ったっていいのに。
 出て行ったら困らせそうで。
 いや、違う。
 俺が、困る、のだ。平静でいられる自信が、ない。いまだに。
 だから、そのまま、回れ右をした。


 また、雨。
 濡れて歩く。
 あいつの思い出を流して?
 あいつはもう、雨も平気なんだろう。
 幸せ、なんだろう。
 今は…俺が雨を怖がっている。
 孤独に、濡れる。





 そろそろ起きる頃だな、と朝飯を用意する。
 悟浄の家に転がりこんで、気がつけばすっかりあいつの身の回りの世話をするのが日課になっていた。
 それを楽しいと感じている自分がいる。

 すっかり準備が整ったのに起きてこない悟浄に痺れを切らし、俺は部屋に行った。

「おい、入るぞ~」

 声をかけ、ドアを開ける。
 ベッドは空、だった。
 ベッドの下には昨夜悟浄が着て寝たはずのシャツが落ちている。
 今日着るつもりだったらしい服は椅子の上に投げっぱなし。
 なのに、奴は、いない。
 もぬけの殻のベッド…いや、何かが動いている?
 掛け布団を捲って見るとそこには…。
 猫が、いた。
 赤茶の猫が、布団を取られたことに少し不機嫌そうな声を上げ、その場で大きく伸びをする。
 それから優雅に長い尻尾を一振りするとベッドから降りて俺を見上げた。
 あいつ、猫なんか拾って来たのか…。
 悟浄の行方よりも猫に視線が行ってしまう。あいつも餓鬼じゃねぇんだ。どうにでもするだろ、と思った。
 猫ならトイレも必要だし、爪とぎもいるか…。飯は何食わせりゃいいんだ?
 そんな事を考えていると、猫が足元に擦り寄ってくる。
 にゃ~、と一声鳴いて、ドアの前に座る。
 開けろ、ってことか?
 開けてやると部屋を出て行くから、それについて行った。
 すると、便所の前のドアでまた座って待っている。
 何をする気だ? そう思いながらもドアを開けてやると、そこで器用に用を足したのを見て笑ってしまった。
 それからまた歩いて行く。
 今までこの猫を家の中で見かけたことはなかったが、勝手を知っているようだ。
 今度向ったのはキッチンだった。
 飯、何食わせるんだよ…。この家には猫が食いそうなもんなんかねぇぞ?
 そう思っていたが、猫はキッチンに入るとテーブルの上に登った。

「おいおい、テーブルの上になんか…」

 慌てて抱き上げようとすると俺の手をするり、と抜けてまっすぐに俺を見た。
 ルビー色の瞳。
 それが悪戯っぽく光ると、悟浄のカップのブラック珈琲をぴちゃぴちゃと舐めた。

「…まさか…?」

 悟浄のわけ、ない、よな?
 全部を言わずに飲み込むが、猫はため息でもつくように一声鳴いた。

「悟浄?」
「にゃぁ」
「マジ?」
「にゃ」

 悟浄の好みに味付けしたスクランブルエッグに口をつけ、満足そうに鳴いたその猫に、俺は確信をした。
 動物には辛過ぎるはず、なのだ。
 しかし、なんで…。
 まさか、な…。
 昨夜、天界から持って来ていた酒を引っ張りだして飲ませたが…。それが原因か?
 もう、何がなんだがわからねぇ。
 身体が小さくなったからか、少量を食べた猫…悟浄は満足そうに、椅子に降りると毛づくろいを始めた。
 その様子を見て、俺は考える事をやめる。
 本人が動揺している気配も見せてないのに俺が慌てても仕方がない。
 いつまでこの姿なのかわからないが、特に猫用の何がしかを用意する必要もないようだ。
 このまま様子を見よう。


 ざっと片付けを済ませ、リビングのソファに移動すると、猫悟浄もついて来た。
 そして、それが当然とでも言うように俺の膝の上に丸くなる。
 撫でてやると嬉しそうに咽喉を鳴らして眼を閉じる。
 素直で可愛い、と思う。
 人間の姿の悟浄も、撫でてやると気持ち良さそうにするが、こんなに素直には喜ばないよな。
 そのまま静かに寝息を立てるその小さな身体が愛おしいと思う。
 程よい重さと温もり、その規則正しい小さな寝息に俺もゆっくりと意識が遠のいて行った。
 会話できねぇのは少し寂しいけど、この姿の悟浄なら天界に連れて帰れるんじゃないか、なんて、埒もないことを考えながら…。


 寒い、と思った。
 ぶるり、と肩が震えて目が覚める。
 膝の上にいたはずの悟浄が、いなかった。
 
「悟浄…?」

 きょろきょろと首を動かす。
 煙草の匂いが、した。
 ソファの背に凭れるように床に座って煙草を吸う悟浄が、いた。

「戻った、のか?」
「どう見える?」

 にやり、といつもの笑いを見せる悟浄。

「なんだったんだろうな、あれ」

 俺に聞かれても困るんだが。

「でもさ、猫も悪くなかったぜ? あんたの手、気持ち良かったし」

 ふい、と視線を逸らせてそう言う悟浄の頭を撫でてやる。
 どこか擽ったそうにする悟浄。猫のこいつも良かったけど、俺はこの反応が好きで、こいつを撫でるんだと、ふと自覚した。

「でもさ、煙草吸えねぇのはきっついわ」

 立ち上がって俺の手から逃げた悟浄に。

「お前が人間でも、撫でてやるから」

 そう言いながら、また天界の酒が手に入ったらまた飲ませたいな、とどこかで思っていた。





 午前様で戻った俺がようやく起き出すと、朝から鼻歌混じりで八戒がキッチンに立っている。
 二日酔いの身体にはちぃとキツい甘い香り。

「何やってんの?」
「ヴァレンタインじゃないですか、今日。あ、今、珈琲淹れますね」

 手際良く珈琲を淹れるその様子を眺めながら、テーブルに並べられたそれをみつめる。
 ひぃふぅみぃ…いったい、いくつ作ってんだ?

「ヴァレンタインってさ…」

 差し出された珈琲のカップを受け取る。二日酔い気味の俺好みの濃い目の珈琲を一口。
 ホント、器用な奴だと思う。
 飯も美味いし、ちょっと手の込んだ菓子だって作れる。そんで、俺好みの珈琲もこうして。

「元々は恋人の日、と言うんですよね。随分昔、とある司教が結婚を禁止されていた兵士とその恋人を結婚させ、その罪で処刑されたんですよ。その司教の名前がヴァレンタイン、と言いました。何も、チョコレートを贈りあう日、ってわけじゃないんです。チョコを、というのは、ずっと東の小さな島国のお菓子メーカーが発案して広まったらしいですね」

 八戒の薀蓄を聞くのは嫌いじゃねぇ。こういうとこもすげぇな、と思う。

「それに、女性から告白できる日、というわけでもないんですよね。その島国では女性の奥ゆかしさ、というのが美徳とされていた中で、堂々と女性から告白できる日、という位置づけはウケたんでしょうね。恋人の日、と言う通り、愛する相手にその愛を伝える日、というのが本来なのかもしれません」
「んじゃ、最近流行ってるらしい草食系男子が勇気出して女に告白してるとか見られる日かもな、今は」

 ぼそり、と言うと八戒は笑って、そう言うシーンもあるかもしれませんねぇ、と言った。

「ところで、さ。じゃ、なんで…」

 チョコ作ってんだよ?
 甘いだろうな、と思いつつ、目の前のチョコを一個摘む。
 口に入れようとすると、それは取り上げられた。

「貴方のはこっちですよ」

 渡されたのは手に取ったのと変わらないチョコ。
 促されて口に運ぶと、ほどよい苦さと洋酒の香り。
 ホント、器用な奴。

「イベントに参加するのって楽しいじゃないですか。美味しいでしょう?」

 あんまり嬉しそうに言うから。
 ま、それもいいか、と思った。
 きっと三蔵と悟空のとこに持って行くんだろうな。今日はつきあってやるか。
 酒場に行って女たちからチョコ貰っても、返しを期待してんの、目に見えてっし。

 野郎を愛してるなんて冗談でも言いたくねぇし、キモいけど。
 そういうんじゃなくて、俺には八戒が、三蔵が、悟空が大事な仲間だから。

 偽りの「愛」なんざ、ヴァレンタインじゃなくたって呟けるからな。
 大事な仲間を再認識する日、でいいんじゃねぇかな。

「で、どれが悟空のでどれが三蔵のだ? ラッピング手伝ってやるよ。んで、その後、あいつらんとこ行くんだろ。それもつきあってやる」

 一瞬驚いた顔をしてから、八戒は嬉しそうに笑った。

 悟空は瞳をキラキラさせてき一瞬で食い尽くすだろうし、三蔵は眉間に皺を寄せて、そんでも食うんだろう。


 そんな、ヴァレンタインの一日。


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