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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 カラン。
 ドアベルが乾いた音を立てる。

「いらっしゃいませ~」

 カウンターの中でグラスを磨いていた俺は、顔を上げる。
 ドアの前には、今夜の客。
 黒い軍服を着た、眼鏡の男。手には……刀。

 物騒だな、おい。
 でも、そんなことはおくびにも出さず、俺は自分の前の席を勧める。
 
 いえ、人を待っているので。

 男はそう言うと、ドアに一番近い席に腰を下ろした。

 ここは一晩に一人の客しか来ない……オーナーからそう聞いていたから、首を傾げる。が、そういや、前も二人来たことあったっけか。
 一人、じゃなくて、一組、の間違いなんだろう。

 こんなところにお店があったなんて…。彼は気づくんでしょうかねぇ?

 キョロキョロと店内を見回す男の前にコースターを置く。
 嗅ぎなれた匂いに気づいて灰皿も。

 ああ、一服できるんですね、ここ。

 男は胸元から見慣れない煙草を出し、体のあちこちをパタパタとはたき始めた。
 ライターねぇのかよ…。
 俺は自分のライターを出して、火を点けてやる。

 何かを頼む風でもない男に、俺はいつもの通り、カクテルを作る。
 グラスにロックアイスを入れて、オーナーの国の酒だって聞いてた薄っすらと黄色がかったようにも見える透明な酒をだして。

「どうぞ、サムライ・ロックです」

 男の前に置く。
 
 え、ああ……どうも…

 自分がずっと刀を握りしめていたことにようやく気付いたらしい男は、それをそのまま持ったままでいるべきか、置くべきなのか、悩んだようだ。

「ここには、この店の招いた者しか入れないようですから、ひと一息ついてくださいよ」

 それで安心したわけでもないだろうが、男は、握りしめていた刀をようやく、自分の足元に下した。

 この刀を見て、サムライ、ですか…

 足元の刀と俺の出したカクテルを交互に見る。
 それから、大きくため息をついて、微かに微笑んで、グラスに手を伸ばした。
 
 なんか、八戒みてぇ…。
 どこがどうとは言えないけど、この男の姿があいつに重なって見える。

 二本目の煙草を取り出した男に、俺はすかさずライターの火を差し出す。

 ああ、ありがとうございます、捲簾………あ…

 すみません、間違えました、と男は本当に申し訳なさそうに、頭を掻いた。

「いや、いいって、別に気にしてねぇし……」

 思わず口調が砕けてしまい、俺も慌てて謝罪する。

 いいんですよ。たぶん、それが本当に貴方でしょう? 僕もその方が肩が凝らなくてすみます。

 いたずらっ子のように笑いながら、その眼の奥にはどこか悲しげな光が宿っていて。
 ああ、だから八戒に似てるのか、と一人納得をした。

 時間が流れる。
 会話は、ない。ただ、物思いに耽る男の遠くを見るような瞳と、小さなため息が、俺を不安にさせる。



 カラン。

 再びドアベルの音。
 男は素早い動きで刀を取ると抜刀し、入ってきたばかりの新しい客の喉元にその切っ先を突き付ける。
 俺は動けなかった。俺だって場慣れはしてるはずだけど、その気迫はまさしくプロのそれで、俺なんか敵いっこない、って一瞬でわかっちまった。
 新しい客もまた、男の額にピタリ、と銃口を向けて微動だにしない。
 どっちも同じ服を着ていた。

 天蓬…そんなにピリピリすんな、って。外のはもう、片付いたからよ。

 後から来た客は銃を仕舞うと、突き付けられた切っ先を指で押して、自分の喉元から外させる。
 外? この店がオープンしている間は俺が出ていくことのできないそこは、どんな世界なんだろう?
 この店に雇われて、初めてそれが気になった。

 ああ、捲簾。すみませんね。

 最初の客…天蓬は、ほっ、と安堵の息を漏らし、刀を仕舞う。

 へぇ、こんなとこに店があんだな。

 後から来た男…捲簾が天蓬の座っていたスツールの隣に腰をかける。
 元の席に戻った天蓬が煙草を取り出すと、捲簾はそれへ火を点けてやってた。
 そして、自分も煙草を咥え、天蓬の肩を軽くつつくと、当然のような仕草で、煙草の火を移してもらう。

「シャルルジョルダンです」

 捲簾の前にショートカクテルを置く。二人の関係を見て、俺はこの男にはこれが似合うな、と思った。

 綺麗な酒、だな。

 エメラルドグリーンの酒は捲簾にお気に召したようだった。

 あ、僕もそれがいいです。バーテンさん、貴方も一緒に飲んでくださいませんか?

 そうだな、今回の討伐成功の祝杯だ。頼むぜ。

 グラスの中身を一気に空けると捲簾と天蓬が俺を見て言う。
 言われるままに、三つのグラスを用意した。

 じゃぁ、討伐の成功に。
 無事だったことに。

 二人が言いあい、グラスを掲げる。
 部外者の俺は…。

 あんたの悲しみに…

 天蓬へ胸の中でそう言ってから同じようにグラスを掲げた。

 じゃぁ、そろそろ帰るか。

 捲簾の言葉で二人は腰を上げる。

 では、また。

 天蓬がいい、二人は店を出て行った。

 シャルルジョルダンのベースの酒、スーズ。リンドウの酒。リンドウの花言葉は「君の悲しみに寄り添う」
 捲簾って男は、天蓬って男の悲しみに寄り添ってるって感じた。
 あの男は色んな悲しみに寄り添って飄々としてられる、強い男なんだろう。
 俺は、八戒の悲しみに寄り添った。八戒は俺の悲しみに寄り添ってくれた。
 あの二人はどっか俺らに似てた気がする。

 店がすんだら、久しぶりに八戒に会いに行ってみるか。





・サムライ・ロック 日本酒45ml、ライムジュース15ml ステア アルコール度数20

・シャルルジョルダン スーズ20ml、ライチリキュール10ml、ブルーキュラソー10ml、グレープフルーツジュース20ml シェーク
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 店に出勤すると、見慣れないものがカウンターの隅に置いてあった。

「なんだ、これ?」

 思わず声に出して、しげしげと眺める。
 二つの球を重ねたような、ひょうたんみたいな形のガラスの…? その上に、なにやらノズルのようなものがついていた。
 オーナーが持ち込んだんだろうけど…まぁ、気にしても仕方がない。
 いつ誰が来るとも知れない店の開店準備を始めた。
 でも、こういった変わったモンが置いてあると、大概誰か来るんだよな…。

 カラン…。

 ほら、来た。

「いらっしゃ……い…ませ?」

 入ってきたのはひどく汚いナリをした老人で、思わず言葉が詰まる。
 これが、今夜の…客?
 思わずその感情が顔に出ちまったんだろう、入ってきた老人は、少し面白そうに笑った。その瞳は、思いのほか若くて、あれ? と思う。
 老人がボロボロの帽子を脱ぐとその下の髪は黒かった。
 タオルを、貸していただけませんかな?
 老人が差し出して来た手に、熱々のおしぼりを差し出す。
 受け取った老人がごしごしと自分の顔を擦ると、そこから現れたのは、鷲鼻の目立つ壮年の男だった。
 腰を伸ばし、薄汚れたコートを脱ぐと男は物珍しそうに店内を見回す。背は…八戒と同じぐらい、か。
 ここは、酒場、なんだね?
 男はそう言うと、ウィスキーソーダを、と注文した。
 そういや、注文されるのって初めて、じゃねぇか?
 グラスを取って氷を入れ、ウィスキーを注ぎ、ソーダを入れる。
 出されたそれを、男は不思議なものを見るような目で見て、一口だけ口をつけた。
 
 君は…
 男が口を開く。ポケットから袋を取り出して、そこから小さなパイプを出すと煙草の葉を詰めだした。
 え~っと…火は…ライターでいいのか? 灰皿は…やっぱいる、のか?
 とりあえず灰皿を出してみる。火は…自分でマッチで点けてたから、いいか。出しかけたライターは仕舞う。
 この店の使用人、だね?
 その言い方に思わずふき出す。
 
「なんでよ?」

 私が入って来た時、追い出さなかっただろう? あんな姿では、金にならないだろうと踏んで、店主ならすぐに追い出しただろうからね。躊躇したのがその理由だよ。
 面白そうに男は言った。
 ところで。
 男はもう一口酒を飲むと申し訳なさそうに、口を開く。

「なんです?」

 もっとまともなウィスキーソーダはないのかい?
 え? ケチつけられた? 一瞬呆然とする。けれど、あまりにも申し訳なさそうな口調に俺は苦笑するしかなかった。
 割合が違ったのだろうか? それとも、ウィスキーの銘柄か?
 悩んでいると男はカウンターの隅に置いてある、あのオブジェを指差した。
 ガソジーンがあるじゃないか。
 ガソジーン? あれ、そんな名前だったのか…。でも、何をするもんなんだ??

「あれは…」

 躊躇していると男は、使い方がわからないのかい? と聞いてくる。
 その通りだ。見たのも今日が初めて、何をするもんかすらわからない。
 素直にそう答えていた。なんか、どんな嘘をついたところで、この男には意味がないと思えたから。
 グラスにウィスキーを入れてもらえるかな?
 男は素直な俺に微笑を浮かべると、そう注文する。
 あ、その棚の、真ん中、奥の…そう、その…ああ、それだ。そのウィスキーがいいね。
 言われるままに取って瓶を見ると、聞いた事のない銘柄で、アイリッシュウィスキーであることだけはわかった。
 タンブラーに半分ほど、そのウィスキーを注いで渡す。
 君も飲んだらいい。
 そう言われて、同じ状態のグラスをもう一つ用意した。
 男は手際良くその、ガソジーンとやらを使い、ウィスキーの入ったタンブラーに炭酸水を注ぐ。ガソジーンとは、炭酸水を作る機械らしい。
 男は自分の作ったそのウィスキーソーダを一口飲むと満足そうに肯いて、俺にも差し出した。
 一口、口に含む。常温のウィスキーと、炭酸。正直言えば、そんなに美味いとは思えなかった。でも、素朴な味だった。これはこれでありかもしんねぇ。
 どうだい?
 男は自分には馴染んだ味だからか、とても嬉しそうに聞いてくる。

「まぁ、あり、かも?」

 ゆったりとスツールに座りなおし、パイプと酒を堪能する男。

 君は随分と喧嘩慣れしてるようだね。グラスや酒を扱う手は繊細に動いていたが、その指の関節の曲がり具合など見ると、随分と誰かを殴り慣れているようにも見える。棒状の武器を扱ってもいるだろう? 掌全体が固くなっているのは、ただ握るだけ以外の扱い方もするから、だね。そして、長らく旅をしていた、ね? 

 次々と俺のことを当てていきやがる、こいつは、何者だ?

 さて、友人が来たようだ。もう一つ、グラスを用意してもらえるかな?
 男が空になったグラスにもう一度ウィスキーを入れるように行った後、立ち上がってドアを見た。

「いや…」

 この店には一度に一人の客しか…。
 そう言いかけて、言葉が止まる。

 カラン…

 ドアベルが、鳴った。

 ホームズ、こんなところにいたのか。
 入ってきた男は、最初の男を見ると安堵したような溜め息と共に言葉を吐き出した。
 この店はいい酒を入れているよ。一杯飲んでから出かけようじゃないか。僕の外套は持って来てくれたろうね、ワトスン君。
 俺は慌ててタンブラーにウィスキーを入れて、最初の男に渡す。
 男はさっきと同じ手順でウィスキーソーダを作ると入ってきた男に渡し、二人はそれを立ったまま飲み干した。

 さて、もう行こうか。ありがとう、君。お代はこれでいいかな?

 男たちは、カウンターにコインを一枚置くと、出て行った。

 きっちりお代をもらったのも、初めて、じゃねぇか?
 客に酒を作ってもらったのも…。
 今日は初めて尽くしの日、だったなぁ。

 ドアの外から、薄く色づいた少し臭気のある霧が、彼らと入れ違いに入ってきて、ドアはゆっくりと閉まった。




 今日も客は来ない。
 誰もない空間で時間を過ごすのも慣れてしまった。
 それでも、いつ誰が来てもいいように、乾いたクロスでグラスを磨く。
 時計を見ると、日付が変わった時刻だった。
 手を止めるとカウンターから出て、スツールに座り、煙草に火を点けた。

 カラン…。

 ドアベルが軽い音を立てて、ドアが開く。
 吸いかけの煙草を慌てて消すと立ち上がり客を迎えようとして…。

「なんだ…」

 なんだとはなんだ。
 相手が苦笑しながら入ってくる。

「久しぶり、だな」

 カウンターに戻って使っていた灰皿を片付けると、グラスを一つ取って、目の前の席に座るように勧めた。

「最近、どうよ?」

 どうよ、とは?
 目の前に座りながら、そいつ…独角兒が言った。
 おたくんとこの王子サマとか、みんな元気か?

 やべぇ。話題が思いつかない。
 旅がすんで。すべてが終わって。
 俺らもだけど…それ以上にこいつらの方が色々大変だったんじゃねぇかな、とは思うんだけど。

 皆、元気だ。賑やかにやってる。
 短く答えられて、それを鵜呑みに出来るほど単純じゃねぇけど。それでも嬉しそうな顔に安心をした。
 それから………。

 無意識に作っていたカクテルを独角兒の前に置いた。

「ゴッドファーザーだ」

 カクテルの名前を問うのに、そう答える。
 名付け親? なんでまた?
 聞き返されても困る。俺だって、なんでこんなカクテル作ったのか…。

 お前が生きてて…いい仲間と一緒で…俺は嬉しかった。敵でも味方でも、そんなことは関係なかった。
 一口酒を飲んで、ぼそり、と言う。

 それは俺だって同じだ。ずっとずっと探していた奴と、拳を交える事になるとは思わなかったけどな。
 俺は苦笑しながら答えた。

 ずっと追っていた背中に。もう一度守って欲しいなどとは言わないけど。肩を並べて一緒に酒を飲んでみたいと思っていた。
 今、それが叶う、のか。

「俺が生きてられたのは、あんたのお陰、だから、かな? 親みてぇなもんじゃね?」

 だから、ゴッドファーザーなのだ、と。
 多分、それが答え。

 泣くんじゃねぇよ。
 カクテルを飲み干した独角兒が急に言った。

 それは…泣いていいんだ、と言われていたんだって知ったのは…オトナになってから。

「ガキじゃねぇんだ、泣いたりしねぇっての」

 笑って答えるけど、声、震えてなかっただろう、か…。
 こうやってなんも考えず、血の繋がった家族と一緒に過ごすことが、どれだけ…。
 これを味わうことの出来るのが、一緒に旅をしたあいつらの中で、俺だけだってことが…。

 グラスを二つ用意する。
 酒を注ぎ、底にオリーブを沈める。
 独角兒と…兄貴とグラスを傾けるなら、これがいい、と思ってたカクテル。

 軽く縁をあわせて乾杯すると、そのショートカクテルを一気に咽喉に流し込んだ。

「マティーニのオリーブが嫌い。一人取り残されてるみたいで。ってなんかの台詞にあったっけ…」

 カクテルピンに刺さったオリーブを転がすと、兄貴は自分のそれを口に運んだ。

「もう、取り残したりしない。紅たちも…お前も…」

 俺は、それに頷くと、自分のそれをぱくり、と食べた。
 酒の味とオリーブの香りが口いっぱいに広がって…それはきっと幸せの味なんだ、と思った。




・ゴッドファーザー ウイスキー45ml、ディ・サローノ・アマレット(杏の核のリキュール)15ml ビルド

・マティーニ ドライ・ジン50ml、ドライ・ベルモット10ml、オリーブ1個 ステア




 いつものように出勤する。
 ホント、毎日思うんだが、ここってこれで稼げてるのかね?
 客は滅多に来ない。
 そんでも俺の給料は毎月ちゃんと振り込まれてんだよな…。
 世界の七不思議に入るんじゃね?

 今日はカウンターの上にオーナーからの手紙があった。

『本日は友人をお招きしてあります。先日3歳の誕生日を迎えた、保那さんという大事な友人ですので丁寧にお持て成しをお願いします』

 またオーナーの友人か…。誕生日を迎え………3歳?!
 ちょっと待て、3歳児がバーか?
 ありえねぇ……
 どうするよ……。

 しかし、考え込む時間は与えられなかった。
 カラン、と乾いたドアベルの音がしてドアが開く。
 俺は3歳の子供の顔があると思われる位置に視線を向けた。

「いらっしゃ……」

 俺の視線の位置には女性の腰。

「……いませ…」

 視線を上げると、おかっぱ頭の女が微笑んでいた。

「えっと、ほ…な、さん?」

 やすな、といいます。こんばんは。
 彼女はもう一度ニッコリと微笑むと中に入ってくる。

「えっと…オーナーが3歳って……」

 困惑顔の俺を楽しそうな視線で観察して、少しおどけたように笑って彼女…保那は言った。
 彼女に何歳になったの? って聞かれたから、3歳って答えたんですよ。もちろん、冗談で。まさか、本気にしました?
 い…いや、本気にはしてねぇけど、もしかして、ってこともあんだろ?
 もう、丁寧な接客用の言葉なんか吹き飛ぶほど動揺してた、なんて言えやしねぇ…。

「あ…どうぞ」

 入り口に立ったままの保那にようやく俺は目の前のスツールを勧める。
 彼女が座る瞬間に彼女の体臭に煙草の香りを感じて、コースターに並べて灰皿も置いた。
 灰皿に視線を向けて彼女は微笑み、バッグから煙草を取りだすと一本咥える。俺はそれへ火を差し出した。
 パチン、とジッポーの蓋が閉じられる音と、彼女の指先から立ち登る紫煙。
 どんなカクテルを作ろうか、とこの時になってようやく落ち着いて保那を見る事が出来た。

 あ、アルコールが飲めない、っていうことでなら私、子供かもしれないですね。
 笑いながら言う彼女に、俺はもし客が本当に3歳児だったら出そうと思っていたカクテルを作ることにした。

 カクテルピンにスライスレモンとマラスキーノチェリーを刺し、赤い液体の入ったグラスに飾る。

「シャーリー・テンプル、です」

 可愛い色。いただきます。
 彼女はそう言ってグラスを手にした。


「でさ、ホントは何歳?」

 思わず聞いちまった俺に保那はにっこりと笑って見せる。
 女性に歳を聞くなんて、悟浄、ホントにジゴロ?

 あ~…すまねぇ…つい…。
 苦笑して頭を掻く俺を保那は優しい目で見ていた。

 何かもういっぱい作ってもらえる? シェーカー振ってる悟浄が見たいな~。
 上目遣いでおねだりするように見上げられ、俺は少し悩む。
 ノンアルコールカクテルでシェーカー使うもの……なんかあったっけ?
 思いついて、俺はシェーカーを取った。

「ラバーズ・ドリーム。3歳で大人な誕生日の保那に。名前は大人、だろ?」

 片目を瞑って悪戯っぽく笑いながらサーブすると保那も楽しそうに笑った。
 自分用に、そのカクテルと似た色合いのエッグ・ビールを用意した。

「ハッピーバースディ、保那。保那にとっていい一年でありますように」

 軽くグラスをあわせて乾杯をすると、彼女の健康と幸せを祈ってグラスを空けた。






・シャーリー・テンプル グレナデンシロップ20ml、ジンジャーエール適量、スライスレモン1枚、マラスキーノチェリー1個 ステア

・ラバーズ・ドリーム レモンジュース20ml、砂糖2スプーン、卵1個、ジンジャーエール適量、スライスレモン1枚、マラスキーノチェリー1個 卵までをシェーク、その後ステア

・エッグ・ビール ビール1グラス、卵黄1個分 卵黄を潰しビールとステア

 ドアベルが鳴って、俺は磨いていたグラスから顔を上げる。
 入ってきたのは…闇、だった。

「あ…あんた…」

 思わず持っていたグラスを取り落としそうになる。
 キミが店を出したって聞いてネェ。イイかい? そいつは相変わらずの嫌な笑顔で入ってきた。
 客を追い出すわけにもいかず、光を失ったそいつが困らないように、俺はカウンターを出てそいつをスツールまで手を引いてやった。

 優しいネェ…。 にやにやと笑いながら言うそいつに俺は苦い顔をして見せるが、見えてねぇのは知ってる。

 目の前にコースターを灰皿を用意する。

「何、飲む? 烏哭三蔵」

 いつもなら来た客の雰囲気を感じて作るカクテルも、こいつの前だと手が止まる。
 すべてが終わって、もう敵じゃないことはわかってる。それでも…。
 キミのお薦め、貰おうかな?
 俺の気も知らぬげに相変わらずの軽薄そうな笑顔を貼り付けて見えない目で俺の方を見た。

 じっと、烏哭を見る。
 手にぺティナイフを握った。
 ソレでボクのこと刺す気じゃないよネ?

「そんなことするか」

 勘の鋭さに驚きつつ、もう一方の手にライムを握る。その皮をくるくると上から下へ剥いていった。
 柑橘類の爽やかな匂いが、俺と目の前のヤツには不釣合いすぎて笑えてくる。

「あんた、さ…」

 今、なにやってんの? 思わず続けそうになった言葉を飲み込む。
 聞いたって仕方ねぇ。ただ、無言の空間に耐えられねぇだけ。
 どうしたのかな、キミ? 言いたいコトは言った方がいいんじゃない?
 無言のまま、剥いたライムの皮と氷を入れる。
 見えないはずなのに、まっすぐに俺を見るその目にイラつく。

「ホントは目、見えてんじゃねぇの?」

 思わず聞いた。
 見えてるよ、闇が、ネ。
 煙草を咥え、火を探すそこへ俺は火を差し出していた。そして、空いた方の手を灰皿に導いてやる。

 闇を見ている男の前に俺はグラスを置いた。
 烏哭はゆっくりと探るようにしてグラスを取って一口、飲んだ。
 ずいぶんと濃いカクテルだネェ。 言いながら美味しそうに飲むその様子に俺は自然と微笑んでいた。
 もう、こいつは敵、じゃねぇ。
 ただの、客、だ。

「ブラック・トルネード」

 カクテルの名前を口にする。黒い色のカクテル。まさしく、こいつの色、だろう。
 黒い竜巻、ネェ…。ボク、らしい、かい?
 そう言って笑ったその顔はどこか切なそうに見えた。
 確かにこいつは、敵にいたころはそうだったが、な…。

「いんや、別に。他に黒い酒、思いつかなかっただけ」

 誤魔化せてねぇんだろう、な。
 光を失い、敵として対峙することのなくなった烏哭は…どこにでもいる、死にそびれた男、だった。
 俺となんら変わりゃしねぇ。

 ゴチソウサマ、美味しかったヨ。
 烏哭はそう言うとスツールから腰を上げた。
 俺はカウンターから出て、その手を取る。

 また、来るヨ。
 その背中を見送り、俺はため息を吐いた。

 仲間じゃない、敵だった、男。
 三蔵や八戒、悟空を見るのとは違って、あの旅の暗黒部分を思い出した。
 俺が屠った命は…無駄死にじゃなかったと言い切れるのか…。こんな血に染まった手で、のうのうと生きてていいの、か。
 やっぱりあいつは黒い竜巻なんだ、と思った。



・ブラックトルネード レモン・ハート・ホワイト30ml、ブラック・サンブーカ30ml、ライムジュース20ml、イエーガー・マイスター1スプーン、ライムの皮一個分 シェーク アルコール度数30度

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