くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
Category:最遊記 Crimson Moon
店に出勤すると、見慣れないものがカウンターの隅に置いてあった。
「なんだ、これ?」
思わず声に出して、しげしげと眺める。
二つの球を重ねたような、ひょうたんみたいな形のガラスの…? その上に、なにやらノズルのようなものがついていた。
オーナーが持ち込んだんだろうけど…まぁ、気にしても仕方がない。
いつ誰が来るとも知れない店の開店準備を始めた。
でも、こういった変わったモンが置いてあると、大概誰か来るんだよな…。
カラン…。
ほら、来た。
「いらっしゃ……い…ませ?」
入ってきたのはひどく汚いナリをした老人で、思わず言葉が詰まる。
これが、今夜の…客?
思わずその感情が顔に出ちまったんだろう、入ってきた老人は、少し面白そうに笑った。その瞳は、思いのほか若くて、あれ? と思う。
老人がボロボロの帽子を脱ぐとその下の髪は黒かった。
タオルを、貸していただけませんかな?
老人が差し出して来た手に、熱々のおしぼりを差し出す。
受け取った老人がごしごしと自分の顔を擦ると、そこから現れたのは、鷲鼻の目立つ壮年の男だった。
腰を伸ばし、薄汚れたコートを脱ぐと男は物珍しそうに店内を見回す。背は…八戒と同じぐらい、か。
ここは、酒場、なんだね?
男はそう言うと、ウィスキーソーダを、と注文した。
そういや、注文されるのって初めて、じゃねぇか?
グラスを取って氷を入れ、ウィスキーを注ぎ、ソーダを入れる。
出されたそれを、男は不思議なものを見るような目で見て、一口だけ口をつけた。
君は…
男が口を開く。ポケットから袋を取り出して、そこから小さなパイプを出すと煙草の葉を詰めだした。
え~っと…火は…ライターでいいのか? 灰皿は…やっぱいる、のか?
とりあえず灰皿を出してみる。火は…自分でマッチで点けてたから、いいか。出しかけたライターは仕舞う。
この店の使用人、だね?
その言い方に思わずふき出す。
「なんでよ?」
私が入って来た時、追い出さなかっただろう? あんな姿では、金にならないだろうと踏んで、店主ならすぐに追い出しただろうからね。躊躇したのがその理由だよ。
面白そうに男は言った。
ところで。
男はもう一口酒を飲むと申し訳なさそうに、口を開く。
「なんです?」
もっとまともなウィスキーソーダはないのかい?
え? ケチつけられた? 一瞬呆然とする。けれど、あまりにも申し訳なさそうな口調に俺は苦笑するしかなかった。
割合が違ったのだろうか? それとも、ウィスキーの銘柄か?
悩んでいると男はカウンターの隅に置いてある、あのオブジェを指差した。
ガソジーンがあるじゃないか。
ガソジーン? あれ、そんな名前だったのか…。でも、何をするもんなんだ??
「あれは…」
躊躇していると男は、使い方がわからないのかい? と聞いてくる。
その通りだ。見たのも今日が初めて、何をするもんかすらわからない。
素直にそう答えていた。なんか、どんな嘘をついたところで、この男には意味がないと思えたから。
グラスにウィスキーを入れてもらえるかな?
男は素直な俺に微笑を浮かべると、そう注文する。
あ、その棚の、真ん中、奥の…そう、その…ああ、それだ。そのウィスキーがいいね。
言われるままに取って瓶を見ると、聞いた事のない銘柄で、アイリッシュウィスキーであることだけはわかった。
タンブラーに半分ほど、そのウィスキーを注いで渡す。
君も飲んだらいい。
そう言われて、同じ状態のグラスをもう一つ用意した。
男は手際良くその、ガソジーンとやらを使い、ウィスキーの入ったタンブラーに炭酸水を注ぐ。ガソジーンとは、炭酸水を作る機械らしい。
男は自分の作ったそのウィスキーソーダを一口飲むと満足そうに肯いて、俺にも差し出した。
一口、口に含む。常温のウィスキーと、炭酸。正直言えば、そんなに美味いとは思えなかった。でも、素朴な味だった。これはこれでありかもしんねぇ。
どうだい?
男は自分には馴染んだ味だからか、とても嬉しそうに聞いてくる。
「まぁ、あり、かも?」
ゆったりとスツールに座りなおし、パイプと酒を堪能する男。
君は随分と喧嘩慣れしてるようだね。グラスや酒を扱う手は繊細に動いていたが、その指の関節の曲がり具合など見ると、随分と誰かを殴り慣れているようにも見える。棒状の武器を扱ってもいるだろう? 掌全体が固くなっているのは、ただ握るだけ以外の扱い方もするから、だね。そして、長らく旅をしていた、ね?
次々と俺のことを当てていきやがる、こいつは、何者だ?
さて、友人が来たようだ。もう一つ、グラスを用意してもらえるかな?
男が空になったグラスにもう一度ウィスキーを入れるように行った後、立ち上がってドアを見た。
「いや…」
この店には一度に一人の客しか…。
そう言いかけて、言葉が止まる。
カラン…
ドアベルが、鳴った。
ホームズ、こんなところにいたのか。
入ってきた男は、最初の男を見ると安堵したような溜め息と共に言葉を吐き出した。
この店はいい酒を入れているよ。一杯飲んでから出かけようじゃないか。僕の外套は持って来てくれたろうね、ワトスン君。
俺は慌ててタンブラーにウィスキーを入れて、最初の男に渡す。
男はさっきと同じ手順でウィスキーソーダを作ると入ってきた男に渡し、二人はそれを立ったまま飲み干した。
さて、もう行こうか。ありがとう、君。お代はこれでいいかな?
男たちは、カウンターにコインを一枚置くと、出て行った。
きっちりお代をもらったのも、初めて、じゃねぇか?
客に酒を作ってもらったのも…。
今日は初めて尽くしの日、だったなぁ。
ドアの外から、薄く色づいた少し臭気のある霧が、彼らと入れ違いに入ってきて、ドアはゆっくりと閉まった。
ガタン、とバックヤードで大きな物音がして、俺が振り返ると、そこにはオーナーがいた。
彼ら、帰った?
そっと店内を覗き込むオーナーに苦笑する。
「いたんなら、出てくりゃいいのに」
出られるわけないでしょっ。彼らの時代にこんな格好した女性はいなかった…っていうか、はしたない女性と見られちゃうし、酒場のオーナーの女性なんて…。
なぜかもじもじするオーナー。こんなカッコ、と言いつつ、まぁ、普通にTシャツにジーンズなんだけどな、オーナー。
わけわかんねぇよ、と思いながら、使われたタンブラーを片付けようと手を伸ばすと、だめ! と凄い勢いで止められた。
「なんでよ?」
指紋とってコレクションするから!
出てきたオーナーはハンカチに大事そうに二つのタンブラーを包む。
何がしてぇんだ、この女…。
男が置いて行ったコインを手に取りコイントスを繰り返しながら、ひどく慎重に作業するオーナーを見てると、急に手が伸びてきて、俺の手からコインを掻っ攫った。
これ、ソヴリン金貨じゃない!!
さらに興奮したように叫ぶオーナーに俺は顔を顰める。
なんでそこまで興奮してるんだか、訳わかんねぇ、っての。
だって、あのホームズだよ? 知らないの? 名探偵ホームズ!
「あ…そういや、八戒が読んでたことあるかもしんねぇ…。もしかして?」
そう、そのホームズ!
やっとわかってくれたの? と嬉しそうに言うが、俺にはさっぱりわからねぇ。
乙女心ぐらい理解しなさい!
強く言われても、なぁ…。
「や、あんた、乙女って柄じゃねぇし」
本音が口をついて出た。かなり、失礼な言い方だよな、雇い主に、とは思ったがそれも気にならないくらいには興奮しているらしいオーナーに、素朴な疑問をぶつけてみる。
「そんなに特別なのか、そのコイン? 高価なの?」
自分には、とオーナーは答える。
ソヴリン金貨ってね、特別なんだよね~。ホームズにとって特別な女性であるアイリーン・アドラーから貰ったのもソヴリン金貨でね。ホームズはそれを時計の鎖につけてたんだよ。
もちろん自分もそうするつもりだ、と嬉しそうに笑う。
嬉しそうなら、まぁ、いいか。俺がどこか諦めたように溜め息をつくと、オーナーはまっすぐに俺を見た。
ファンってね、けっこう怖いのかもね~? あなたも気をつけてね?
意味深に笑うと、あとはよろしく、と言って二つのタンブラーとコインを大事に抱えて店を出て行ってしまった。
一人ぽつんと取り残された俺は…………………………。
考える事を放棄、した。
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夏風亭心太
酒、煙草が好き。
猫好き、爬虫類好き。でも、虫は全部駄目。
夜が好き。月が好き。雨の日が好き。
こんな奴ですが、よろしくお願いします。
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