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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 雨が、降っていた。
 一緒に暮らし始めてもうすぐ一年になろうとする同居人の様子が少しおかしくて、悟浄は柄にもなく気になって仕方がない。
 今日も、なんとなく彼のことが気になってしまい、悟浄にしては珍しく、生活の糧であるはずのカードに負けて、早々に帰宅していた。
「お帰りなさい、早かったですねぇ」
 食卓の椅子に一人ポツンと雨の音を聞きながら座っていた八戒は、まだ帰るはずのない悟浄が目の前に立ったのを見て、少し驚いたような顔をした。それからゆっくりといつもの笑みをその顔に乗せる。
 その笑みに感じる違和感…。悟浄は八戒の顔をマジマジと見下ろす。
「…なんですか?」
「いや…もうすぐ一年なんだなぁ、と思ってさ…」
 まっすぐに向けられた視線が痛いかのように、悟浄は目を逸らす。見つめ返すには辛く感じるような物が、八戒の目の中にはあった。
「一緒に住むようになって…」
「正確には、あなたに拾われて、ですね…」
 悟浄の髪が濡れて、水滴が滴っているのに気付いた八戒はタオルを取りに立ち上がる。バスルームに消える背中に、悟浄は声をかけた。
「お前さ、もしかして、また、死にたいとか思ってねぇ?」
 その言葉に、八戒はドキリとする。
 死ぬのは怖いと思ったのは彼らと出逢ったから…それでも今は…それ以上に彼女の許へ行きたいと、自分は望んではいまいか…。
 悟浄の言葉への否定の声が喉に引っ掛かったように出てこない。
 キッチンの方で、悟浄のライターの蓋が開いて、閉まる音がした。それから、大きなため息にも似たタバコの煙を吐き出す音…。
「…いやだなぁ、そんなこと…」
 自分でも取ってつけたようだと感じる笑顔をその表情に乗せて、八戒はキッチンへと戻る。
 てっきり、椅子に座って物憂げにタバコを咥えていると思っていた悟浄が立ったまま、自分をまっすぐに見ているのに気付き、今度は八戒が目を逸らした。彼の瞳に宿っている感情は…非難…?
「悟浄…髪を…」
 気を取り直したように、八戒は作り物の笑顔で悟浄にタオルを渡す。その顔とタオルを交互に見やった後、悟浄は渡されたタオルを頭にあてた。
 雨に濡れた髪はその色の濃さを増し、普段以上に血の色に近く見える。髪にあてられるタオルが赤く染まるような気がして、八戒は瞳を伏せた。
「なぁ? 今も、俺の髪や瞳は…お前がその手で流した血の色に見えているのか?」
伏せられた瞳の意味を悟ったかのような悟浄の言葉。八戒には黙って頷くことしかできなかった。
「本当に?」
 本当に? 自分は彼に贖罪を求めたはずだった…けれど…今は…彼女の流した血を、それだけを見ているのかもしれない…いや、そもそも、最初から彼に贖罪など求めてはいなかったのかもしれない。雨に流されてしまった、自分に染み付いた多くの者の血よりも、たった一人の彼女の血を、それだけを、見続けていたのかも…。
 彼女が死んで一年…あの日も雨だった…この時期の雨は、きっと忘れられない…。
 雨音が…自分を呼ぶ彼女の声に聞こえて、耳を塞いでしまえたら、とずっと思ってきたのにそうすることさえ躊躇われてしまう自分は、きっと弱いのだろう。
 悟浄は、自分の思いに囚われてしまった八戒の肩に手を置き、静かに促して椅子に座らせる。そして、その向かいに自分も腰を下ろして、表情をなくして考え込んでしまっている彼の顔をしばらく眺めていた。
「あのさ…辛かったら、泣けば?」
 知り合って一年…悟浄は八戒が泣くのを見たことがなかった。
 彼を拾ったあの時、自分を見て笑ったようにも泣いたようにも見えたあの顔でさえ、あれは泪ではなく雨だったのだ、と言われれば信じてしまうしかない。
 かたくなに泣くことを拒んでいるようにも見えるその顔に時折のぞく辛そうな色。それが悟浄には気になってしかたがなかった。
 彼の言葉にはっとしたように八戒は顔を上げる。それから、泣いているような、それでも笑顔でポツリと呟く。
「泣くことなどできませんよ、僕は…あんなにもたくさんの命を屠っておいて、どうやって、誰のために泣けるというんですか」
 ずっとずっと泣きたいと思っていた。でもそれは許されないのだと、それが自分に与えられた罰の一つなのだと、八戒はそう思って過してきた。
 彼女を自分の手元から失ったときに、泣いた。その彼女を自分の腕の中に抱きとめることも出来ずに死なせてしまったときにも…そして、自分の泪は涸れてしまったのだと思っていた。だから、泣けない…自分が口に乗せている言葉が詭弁でしかないことに、八戒は気付く。それでもその言葉を止めるすべを知らないかのように、彼は話し続けた。
「あれが、己のエゴだったのだと、最初からわかっていました。逆恨みだったのだと、ずっと知っていました。それでも僕はあれだけのことを、した。僕には、誰かのために、自分のために、泣く泪など、もう、ないんです。だいたい、僕に…誰のために泣けというのですか? 花喃のためにも、僕自身のためにも泣けはしないのに…」
 縋りつくような目をしている、と悟浄は思った。簡単に泣いてしまえるほど、八戒の悲しみは単純ではないのだと初めて知った気がした。いや、自分の髪を、瞳を贖罪の色だと言ったその言葉で最初から気付いていたのかもしれない。でも、それを受け止めてしまうほどに、自分は大きな器を持ち合わせちゃいない。
 自分の言った言葉はすべて、八戒には残酷に響いているのだろう。
「じゃぁ、さ。俺のために泣いてよ。こぉんな薄倖美人を拾っちゃったせいで、ナンパがいまいち上手く行かなくなっちゃった、俺のために、さ」
 だから、ふざけたように言ってみる。泣けないのなら笑ってよ、そんな気持ちもこもっていた。
 悟浄の意図を汲んだのか、八戒が小さくふきだす。
「やだなぁ、悟浄…あなたのナンパの成功確率が低いの、僕のせいなんですか?」
「お前ね、その言い方って何気に酷くね?」
 憮然と言い返す悟浄に八戒は声を上げて笑う。その右頬に暖かな物が伝った。
 それに驚いたように八戒は右手をその頬に添える。それから、かけていた眼鏡を外して両手で顔を覆った。
「失ったはずの右目が痛むんです…」
 本当は…自分の失った半身が…彼女があるはずだった心にぽっかりと開いた穴が…痛むのかもしれないとわかっていたけれど…それを理由にして泣くわけにはいかないから…
 顔を覆っておいた両手をテーブルの上に乗せる。自分に残されている左目の視界が歪んでいくのがわかる。ぽつり、と手の甲に雫。
 目の前の悟浄が立ち上がるのが気配でわかった。
「…悟浄…ここに…いては、もらえませんか?」
 その顔が持ち上げられることはなかったけれど、きっと捨てられた子犬のような寂しい顔をしているのだろうと知れる。
 女に泣かれるのは苦手だが、男の泣く姿を見ているのもどうか、と思う。それに、いて欲しいと言いながら、きっと八戒は同じ心で泣くところなど見られたくはないと思っている。彼は自分にそばにいて欲しいのではなくて、泣くために、自分の髪や瞳が必要なんだろう。
 悟浄はキッチンを出る方向ではなくシンクへと向かう。そこにある果物ナイフに手を伸ばした。最近やっと伸び揃ってきた髪を一房つまみ、少しだけ逡巡する。そして、小さなため息で何かを吹っ切ったようにその髪を切り落とした。
 残酷なのかもしれないけれど…今の自分に出来るのはこれくらいだから…
 テーブルに置かれた八戒の手の上に切り取った髪を置く。今だ濡れたそれははっとするほどに血のように見えて、自分の取った行動なのに、悟浄はそれから目を背けた。
 この血は誰のものなのだろう? 自分の? 自分の屠った1000人もの命の? それとも…失った愛の?
 八戒は手の甲に置かれた一房の髪を握り締め、その手を頬にあてる。
 悟浄がキッチンを出てゆく気配を感じて、堪えていた何かを吐き出すように嗚咽をもらした。
 これはきっと…彼女の血、なのだ…もう、泣けないと思っていたのに、泣いてはいけないと思っていたのに、彼女の血は自分を悲しみへとかき立てる。その血の色を持つ男に、泣くことを許されて…声をあげて、さめざめと、泣いた。

 閉まったキッチンのドアに凭れて悟浄はタバコに火をつけ、不揃いになった髪を指先で弄びながら、その声をいつまでも聞いていた。



「ああ、おはようございます、悟浄」
 珍しく午前中のうちに起きだしてきた悟浄に八戒が笑顔で挨拶をする。その目が、泣き腫らしたようになっているのに気付いたが、あえて無視をしてつまらなそうに片手をあげて見せた。
「うっす…」
「挨拶ぐらいちゃんとしましょうよ、悟浄?」
 当たり前のことを言われたにもかかわらず、悟浄は八戒をにらみつける。深夜、明け方に帰ってきて眠ったときよりもずっと寝不足だ。自分の言動に自己嫌悪を感じてしまって、眠れなかったから…。
 さっき鏡を見たら、赤い瞳の周りの白目が充血していて、目がすべて赤くなっていた。それを、この男はどう思っているのか…。
「コーヒー淹れますね?」
 キッチンへと入ってゆく八戒にしたがって悟浄もキッチンへと入る。
「お前さ…」
 かけられた声に振り向いた八戒を見て、悟浄は結局自分が何を言いたかったか、忘れてしまった。だから、一言、謝った。
「悪かったな…」
「いいえ…ありがとうございます」
 とても爽やかに感じる笑顔。それを見て悟浄はホッとした。そのまま、八戒の横を通り過ぎ、裏口の戸を開ける。
「うっわぁ、いい天気だなぁ…昨日の雨が嘘みたいだ」
 寝不足の目に突き刺さるような青空に悟浄は顔を顰める。その彼に八戒はコーヒーの入ったカップを差し出した。
「悟浄、今日の予定は?」
 いつも思うのだが、この情況でこの質問は夫婦のようだ。そんな自分の考えに悟浄はふきだした。
「何か?」
「い~や、なんでも。今日は昨日負けたカードのリベンジと…お前に揶揄されたからなぁ、ナンパでもしてくるかぁ」
「成功するといいですね…」
 からかいを含んだ口調に悟浄は眉を上げる。
「なにが、だ?」
「ナンパ」
 辛そうな色もなく笑っている。自分と似ている奴だから、笑っていて欲しいと、そんなことを思うのだろう。


 泣きたい時には泣けばいい、笑いたきゃ笑えばいい。俺たちは自分のために生きているんだから…。








 サイトより。
 カプ色が強くなってきた、ですね(^^;

 2006年12月16日UP。
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