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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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【side 悟浄】


 強烈な吐き気に襲われて、便所に駆け込む。
 手洗い場の蛇口を目一杯に捻り、そこに手を置いたまま、俺は胃の中身を吐き出した。
 酒で腐った胃液と、その胃液で腐ったコーヒー…そんなものしか出てきやしねぇ…。

 俺はもともとそんなに喰う性質じゃない。
 俺がまともに物を喰うようになったのは、あいつと暮らし始めてから。あいつの作る飯が旨かったから。
 あと…あの猿。あの猿が旨そうに喰ってると無性に腹が立って、ついつい張り合って…その後に俺が胸焼けや胃痛で苦しんでるなんて、誰も知りゃしねぇだろうけど。

 吐き気が止まらない。蛇口に口をつけるように水をがぶ飲みして、また、吐いた。そんなことを、何度も何度も繰り返す。
 ここ3、4日、固形物を口に運んでない気がする。冷蔵庫に残っていたチーズを、それでも、と思って食べたのが、きっとそんくらい前。んで、家の中の食べ物は底をついた。
 ほんのさっき、飲み干したのが多分、最後の酒。
 煙草だってもう1カートンも残っちゃいない。
 買出しに行くか、と立ち上がったらこの有様で…。
 顔を上げると目の前の鏡から、紅毛に紅い瞳の男が真っ青な顔で目の下にどす黒い隈を作って、こっちを睨みつけてきた。

 3週間前、あいつが出て行った。
 書置きも何もなく、ただ、普段ならいるはずの時間にその姿が見えなくて…。
 ま、あいつも一人前の男だし? いつまでも俺に喰わせてもらってるってのも嫌なんだろう、と、そう思った。
 でもさ、出て行くなら出て行くで挨拶の一つくらいしたって罰は当たるめぇ?
 ちょっと癪に障ったが…気ままな一人暮らしに戻っただけだ、そう、それだけ…。
 いつものように賭場に行って女引っ掛けて…帰る時間なんて気にしなくていいのはすんごく楽で。
 そんな風に思って過ごせたのは…最初の一週間…。

 ガクリ、と膝から力が抜ける。便所の床に無様に座りこんで、俺は自棄になって笑った。
 それ以外に、どうしろってんだ?

 だんだん、すべてが色褪せてゆく感覚をとめることができなくなっていった。
 俺が手料理に拘ると、作ってくれる女はいたけど、あいつの作ったものほど旨いとは思えなかった。
 何の目的もなく生きているのが辛く感じられた。
 もともと、目的なんて持っちゃいなかったのに、そんな生活に戻っただけなのに、ほんの僅かな、あいつを喰わせる、って目的がなくなっただけなのに…どういうんだろうな、これ…。
 ギャンブル依存症、恋愛ゲーム依存症、煙草依存症、アルコォル依存症…八戒、依存症…ははっ……笑えねぇ。

 また吐き気に襲われる。足に力が入らず、立ち上がることさえできなくて、そのまま這いつくばって便器まで移動する。
 便座の蓋を開けるのももどかしくそこに頭を突っ込んで、吐いた。
 苦い胃液を何度も何度も…咽喉の奥に焼け付く痛みを感じて、血が混じった胃液を何度も…。

「胃液がなんでも溶かすんなら、どうして胃は溶けねぇの?」
「それはね、胃には粘膜というものがあって、胃壁を守っているから、胃は溶けないんです。でもね、その粘膜が弱ってると、胃が荒らされて胃潰瘍という病気に…って、聞いてないですねぇ…」
 あいつと猿の会話。

「ちょっと、悟浄。仰向けにならないでっ。自分の吐しゃ物で窒息死、なんて間の抜けたことにはなりたくないでしょう?」
 酔って吐いて、寝っころがった俺に忠告をした、あいつの声…。

 んじゃぁさ、今みたいに咽喉につっかえるもんもなく吐き続ける俺が仰向けに寝っころがったら…胃液が肺に逆流して、俺の肺は溶けちまうのか…?
 馬鹿げた疑問。
 試しに転がってみるか、と馬鹿なことを考えて便器から頭を上げりゃ、また、吐き気。
 もう、胃液さえも出て気やしねぇ…。
 それでも、吐く。もう、泪が滲む、なんて生易しいもんじゃなく、ぼたぼたと目からそいつは落ちる。
 出るものもないのに、吐き続ける。
 やがて出てくる真っ赤な液体…それが咽喉からなのか、胃からなのか…わからないけど…その命の色をしたものを吐いて…少し気が楽になった。

 俺が吐き出しちまいたいのは…この苦い思い…独りになる寂しさ…依存されることに依存していた、愚かな自分…
 そして…救われない愚かさを開放するために…己の命を吐き出してしまいたいのかもしれない。

 玄関のドアが開いたようだ。誰も来る予定なんてなかったが、もう、どうにでもなれ、って心境で、俺は動かない、っつうか動けない。
「あ~あぁ…」
 聞き覚えのある呆れたような声…んなわけあるか、あいつは出て行ったんだ…。
 名前を呼ばれているような気がして…それさえも自分の幻聴かと思うとおかしくなった。
「悟浄っ!!」
 心配そうなあいつの声を最後に、俺は便器を抱えたまま、意識を手放していた。



【side 八戒】


「なんで、そんなに急ぐんだよぉ、八戒ぃ」
 悟空が僕をジープの助手席から不思議そうに見て聞く。
「だって、悟浄が心配でしょう?」
「どうしてさぁ? なんでエロガッパが心配なわけぇ?」
「…悟浄が、というよりも…うちが、ですけどね」
 僕は苦笑する。
 3週間も留守にして、きっとごみ溜めのようになっているであろううちの中を想像して、それ以外の表情を浮かべようもなかった。
 三蔵の依頼でジープで片道10日ほどの街まで使いに出た。今回の同行者は悟浄ではなくて悟空。
 なぜだか気が急いて、ジープに無理をお願いしてその行程を7日に縮め、さらに2週間はかかるであろう用事を1週間で終わらせた。

 悟空を三蔵の許に送り、報告を済ませると帰路を急ぐ。
 悟空には言わなかったけれど、悟浄のことも心配だったから。
「あ~あぁ…」
 玄関を開けた途端に思った以上の惨状が目の前に広がっていて、僕は思わずため息をついた。
 それにしても…ひどすぎないだろうか?
 一抹の不安に襲われる。
 悟浄はずぼらそうに見えてけっこう几帳面だ。ここまで散らかりっぱなし、というのはありえない、気がする。
「悟浄?」
 呼んでみるが返事はない。部屋に灯りはつけっぱなしだし、家にいることは確かだろう。
 かすかな物音に、僕はトイレのドアを開ける。
「悟浄っ!」
 便器を抱えるようにして意識を失っている彼を…発見した。

 病ではない、と医者は言った。ただ、衰弱しているのだ、と。その原因は、栄養失調。
 点滴の管に繋がれて眠る彼の顔は、かなりやつれている。髪も艶がなくて、ぼさぼさで…何があったのだろう、とそればかりが気にかかる。
 栄養剤の点滴…外し方は知っているから、と言うと医者は帰っていった。
 眠っている彼を起こさぬように部屋を出て、片づけを始める。
 気になって5分おきに部屋を覘くものだから、一向に片付かない。
 それでも、家中の食べ物が底をついていることだけは知れた。
 食料調達もままならない、何かがあったのだろうか?

 掃除を終えて、悟浄の部屋に行く。
 点滴が終わっていたのでその針を抜くと、血。
 あれだけたくさんの血を見て、あれだけたくさんの命を屠ってきたのに、その僅かな血の色に、僕は怯える。
 彼の命が流れ出していくようで…慌ててそれを隠すように医者から貰っていたガーゼでその針の跡を塞いだ。
 眠ったままの悟浄の横に椅子を置き、僕は読書を始めた。
 一行読み進めるごとに、悟浄を見る。内容が頭に入ってこない。

 活字中毒だ、と言われたことがあった、と思い出す。
 が、僕に言わせれば、それは、物語り依存症。本の世界に入り込めば自分を解放できるし、自分の置かれた現状から逃避できる。
 それ以上に僕は最近、悟浄に依存している、と思う。
 悟浄が出かけるのを見送って、家の中を綺麗にして、ただ、彼の帰りを待つ。そんな主婦のような生活に、ぬるま湯の中に漬かりきっているような毎日に、僕は安堵し、依存し続けていた。
 それじゃ駄目だとわかっていたから今回、悟浄には内緒で三蔵の仕事を請けた。いつまでも僕と言う荷物を彼に背負わせるわけにはいかない、と思ったから…。
 なのに…そう思って出かけても気になるのは悟浄のことばかりで…僕はもうすっかりと悟浄に依存しきっているのだ、と思い知った。
 そう、悟浄のことを心配して、世話を焼いている限り、僕は僕の問題に向き合わなくてすむから…
 こういうのを、共依存、というのかもしれない…。

 焦点の定まらぬ目で、悟浄が僕を見上げていた。
「…はっ…か…い…?」
 吐き続けたせいで咽喉をやられた悟浄の声はしわがれていて聞き取りにくい。
「お目覚めですか?」
 僕は微笑んでみせる。
「…な…んで…?」
 驚いたように、不思議そうに僕を見上げる悟浄に、僕は疑問を感じる。何をそんなに驚いているのだろう?
 出て行ったんじゃなかったのか? と悟浄が言った。
「…僕、言いませんでしたっけ? 三蔵の依頼で一ヶ月ほど留守にします、って」
 寝起きで、頭が働いていなかったようだけれど、確かに言った、いってきます、と…。悟浄は寝惚けていて聞いていなかったのか…。
 僕はため息をつくと苦笑した。
「だいたい、出て行けるわけがないじゃないですか。あなたがちゃんとごみの日を覚えてくれるまでは、ね」

 僕は悟浄の部屋を出る。何日も何も食べていなかったらしい彼に重湯を作るために。どうやら痛めたらしい咽喉のことを思うと、冷めたものの方が良いだろう。
 しばらくは、そんな美味しくない食事で我慢してもらわないと。

「俺、さ…八戒依存症、みてぇだわ…。お前見たら…安心した…」
 ポツリと呟かれた言葉。
 僕は聞こえなかった振りをする。弱音を吐くのを見られたがらない人だから、悟浄は…。
 閉じたドアに背を凭れさせ、僕もですよ、と呟く。
 お互いに相手に依存されることに依存していたなんて、お笑い種だけど…男同士で友情以上なんて、この程度でしかありえないから。
 お互いに恋人を持つようになってもこの関係は続くのだろう、と思うとそれが少し楽しいと感じてしまう、僕は…どこまでも彼に依存し続けて生きてゆく。








 サイトより。
 依存しあっている関係がぴったり、ですよね?この二人…。

 2007年2月14日UP。
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