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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 カチャリ…
 乾いた音がして、僕のポケットから落ちた物を、すぐ横にいた三蔵が拾った。しばらくそれを眺めた後、僕の手に押し付けるようにして返してくれる。
 何か言いたそうにしているが、彼はいつものように何も言わない。だから、僕も聞き返すことはしない。いずれ、話さなければならないにしても、それは今、この場で話さなければならないことではないからだ。
「あれ? 持って来てたんだ、それ」
 僕の手の中に納まったそれを、悟浄が覗き込むようにして聞いた。
「ええ」
 僕は短く答える。捨ててしまうことなど出来るはずもないですから、言いかけて、その言葉は飲み込んだ。

 壊れた懐中時計。僕の時間も4年前のあの日から、止まったままなのかもしれない。花喃が僕の前から連れ去られたあの日から…。


 八百鼡、と名乗った女性が自らの咽喉元に小刀を当てた時、僕は確かにそこにいたのに、3年前のあの場所にいるような錯覚に陥ってしまった。
 僕はまだ、あの時間に囚われているのだ、と思い知らされる。
 動かない時計、進まぬ時間。


 三蔵と二人きりになった部屋で、彼が言った一言は、ずっと彼が言い出したいと思っていて言えなかった言葉、だったのだろう。
「お前は、お前の思う道を進めばいいんだ」
 静かに告げられた三蔵の言葉に、僕は常にポケットに忍ばせている壊れた時計を握り締め、答える。
「今ここにいるのも、ちゃんと僕の意志です」
 うまく、微笑むことができただろうか? それに…
「それに、保父さんは必要でしょう?」
 タイミングよく賑やかな二人が登場し、三蔵と僕の会話は途切れた。


 賑やかな二人を宥めてようやく落ち着きを取り戻した部屋で三蔵は疲れたようにため息をつき、新聞を広げる。
「あの、三蔵?」
 彼が新聞から目を離し、煙草を手に取ったのを見て、僕は淹れたばかりのコーヒーを差し出しながら声をかけた。
 添えて出す、砂糖とミルク。砂糖を多く入れるときは本当に疲れている時だから、その後の言葉を言ってもいいかどうか、目安になる。
「なんだ?」
 疲れているようならまたの機会に、と思っていた僕は、三蔵がブラックのままそのコーヒーに口をつけたのを見て、言葉を続けることにした。
「僕の我侭、聞いてもらえますか?」
 無言で僕の顔を見る三蔵は目だけで話の続きを促してくれた。
「次に入った大きな町で…この時計を修理に出そうと思います」
 ポケットからそっと取り出した時計を彼に見せるように差し出す。
「ああ」
 ちらり、と僕の手の中にあるそれに落とされる視線。4年前のあの日、1時23分で止まったままの時。
「きっと、すぐには直らないと思うんですが…」
 三蔵につられるように見入っていたそれから視線を無理矢理はがし、僕は問う。
「いいぞ。直るまで滞在すりゃいいんだろ」
 言下に、しょうがねぇなぁ、とでも言いたそうな声を滲ませて、呆れたようなため息までつきながら、それでも三蔵は僕の我侭を聞いてくれる、と言う。
「ありがとうございます」
 囚われたままの時を引きずって、それでも生きているのだと、生きてゆくべきなのだと教えてくれたのは、彼。
 ずっと動かなかった僕の時を少しずつ動かしてくれたのは悟浄で、そんな概念など吹き飛ばすような日常を与えてくれたのは悟空。

 僕は…僕の時を動かしてもいいですか? 花喃…。


 悟能…悟能…彼女が僕を呼ぶ声が聞こえる。
 ただの認識番号のようでしかなかったその名前を、僕のものなのだと教えてくれた彼女の声が好きだった。
 今、僕のその名を呼ぶのは耳障りな声。確かに記憶にあるのに、思い出したくない、覚えていないその声が、僕に執着する。
 彼女の血を浴びた…3年前の記憶が甦る。男にねじ伏せられた痛みよりも強烈に、心が痛い。
「八戒…お前は、猪八戒だろうが!!」
 僕の時の歯車を少しずつ動かしてくれた、悟浄の声がやけに鮮明に聞こえた。ここはあの時じゃない『今』だ。
 傷だらけでふらふらになりながら、それでも笑顔で戻ってきた悟空のいつもの一言に、意識は一気に現実へと引き戻された。


 三蔵と男を追っているうちに、僕はすべてを思い出していた。
 彼女が死んだ時、その場に居た男の顔、その言葉。三蔵の言った「復讐という形」が目の前に現れたような気がして、眩暈さえ起こしそうな焦燥感に囚われる。
 だから、確認した。
「僕は、ここにいてもいいんでしょうか」
 自分が今いる場所が、今いる時間が間違いではないと、確証が欲しかった。
「お前は俺を裏切らない。そうだな」
 それは確証でもなく、純然たる事実として僕の耳に突き刺さる。いてもいいのではなくて、いなければならないのだと、教えられた気がして、揺るぎ始めていた足元がしっかりしていることに安堵した。


 男の言葉に動じない三蔵に僕は救われているのだと、はっきりと認識する。もう、誰も傷つけさせたりしない。僕の過去を知っていて、それさえ含めて、僕を受け入れて、僕の時を動かしてくれた仲間たちを、僕は守りたいとその時、確かに思っていた。
「貴方が悦びに、悶え苦しむ表情を」
 その、男の声を聞くまでは…。
 体を巡る、すべてを破壊したいと願う衝動をどうすることも出来ない。心と身体の均衡が崩され、僕の手は三蔵へと伸びる。
 僕はこの男に妖怪にされてしまった…男の一言が僕の精神の均衡を崩し、僕はどこまでも落ちてゆく。
 また、それに抗えないのか…
 カチッ。
 小さな音が聞こえる。
 カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。
 単調に時を刻む時計の音。
 悟能、悟能、囚われないで…。
 それは僕の大切だった人の声。ポケットに大切にしまってある時計の時を刻む音。
 そうだ、僕の時間はあのときに止まってしまったわけではない。あの時と同じには、ならない。僕は『今』を生きている。
 もう、誰も…僕の大切な人たちの誰も、死なせはしたくない。


 僕には過去も未来もある。いくら穢れようと、その穢れを洗い流し、時には押しつぶされそうになりながら、それでも生きて行く。
 悟空に書かれた油性ペンの生命線を眺める。
「いーんでない?」
 もっと生きて、いーんでない? 悟浄の言葉が優しく僕の心の中に落ちてきた。
 ポケットの中の時計を握り締める。
 僕の時は動いている。
 これからもずっと、彼らと共に動いていたいと、心からそう思う。


 僕の命が尽きて僕の時が止まってしまう、その時まで、君は僕を見守っていてくれるだろうか、花喃…。









 サイトより。

 花喃を最愛の人として愛し続ける八戒が大好きです。

 2007年6月10日UP。
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