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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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「行こうぜ」
 八戒に手を差し伸べて悟浄が誘う。
「雨、降っていますよ?」
 いつもの笑顔で、それでも、どこか辛そうな表情を浮かべた八戒は窓の外を見て躊躇うように言った。
「だから、さ」
 乗り気になれないらしい八戒の手をひいて立ち上がらせると、悟浄は先に立つようにして、玄関の戸を開け、八戒が自分の隣に立つのを待つ。
 期待に満ちた、どこか悪戯っ子にも似た表情で見つめられ、八戒はしぶしぶと言った様子で、傘を手に悟浄に並んだ。
「傘は…」
「ささないのなら、出かけませんからね」
 いらない、と言おうとした言葉を全部言わせず、八戒が悟浄に押し付けたのは淡い翠のビニール傘。八戒が手にしているのは、色気のない透明のそれ。
 バタバタと雨が傘を叩く音に顔を顰め、それでも、自分を包む色が八戒の瞳と一緒なことが嬉しくて、悟浄は機嫌の良さそうな笑顔を浮かべる。傘をさし、ぼんやりと雨粒が傘に落ちる様を眺めている八戒の腕を取り、彼が何かを言うのも構わず、悟浄は歩き出した。
「どこに行くんですか…」
 引っ張られながら、八戒はようやくそれを口にする。行き先も告げられず、ただ、出掛けようと言われて家を出たものの、悟浄が向かった先は彼らが普段行く町とは反対の方角で、そちらに行っても、その道は小さな池で行き止まりになっているはずだ。
「どこでもいいのよ、お前と一緒なら」

 行き止まりの池。雨の波紋を眺めて、二人は暫く傘を叩く雨の音に包まれる。
 八戒が見ているのは…聞いているのは…忘れる事の出来ない、重すぎる過去。
 悟浄が見ているのは…聞いているのは…
「俺…兄貴がいるんだわ…」
 雨音にかき消されそうな小さな声。自分の思いに沈み込みそうになっていた八戒は正気に返ったように悟浄を見る。
 あんな町外れの家に一人でいるから天涯孤独なのだと思っていました…言いかけた言葉を飲み込む。
「もっとも、生きてんだか死んでんだか…わかんねぇんだけど、さ…」
 思い出すのは、自分を死ぬほど殴った母親と、彼女を慰める兄の背中。母親の女の声と…ベッドの軋む音…。それが何を意味するのかわからないほどには子供ではない自分が居たたまれなかった。いつも、薄汚れた毛布に包まって耳を塞ぎながら、雨が降るのを待っていた。雨音はすべての音を隠してくれるから…。
 誰にも言ったことのない、言えない思い。
「俺さ、雨に濡れんの好きだって言ったことあるよな?」
 何かを吹っ切るように悟浄がことさら明るい声で言う。
「え? ええ…」
 急に振られた言葉に八戒は少し戸惑ったように返事をする。
 バタバタとうるさく傘を叩いていた雨が少し小降りになり、パタパタと可愛い音になったのを聞くと、悟浄はさしていた傘を畳んで八戒に投げ、雨を落とす空を見上げて目を細めた。
「悟浄?! 濡れますよ…」
「いいんだよ、濡れたって。好きだ、って言ったろう?」
 悪戯っ子のように笑って自分を見る悟浄の目が、少し潤んでいるような気がして、八戒は、はっとする。
「…悟浄?」
「雨ってさ…あったけぇと思わない?」
 心配そうな表情をした八戒から自分の顔を隠すように、悟浄はプイ、と背を向けた。
「暖かい?」
 悟浄の言っている意味が理解できないのか、八戒は同じ言葉で問い返す。
「そう。すごくあったけぇの。聞きたくない音を消して…」
 聞きたくない音…声…自分が屠ったたくさんの命の断末魔…かき消された…記憶…なのに、彼女の…花喃の小さな小さな自分に向けられた囁きは、彼女が自分でナイフを刺したその音は…消えなかった…。
「それにさ…」
 八戒がそうは遠くない過去を思い出して、その中に沈み込みそうになることに気付いてか気付かずか、悟浄は言葉を続ける。
「俺自身の嗚咽も…涙も…隠してくれる…」
 ずっとずっと…いつも泣きたい子供時代を過ごして来た自分。泣いてはいけないと禁じてきた自分。泣きたい気持ちが高まると…毎日毎日、空を見あげてきた…自分。雨が降ると、その中に飛び出していって、兄が迎えに来るまで、一人泣いていた自分…それでも、泣いてなどいないと、言い張っていた自分…。

 ただ…雨だけが自分を包みこんでくれたのだ、と悟浄は語る。

 それから、八戒の元につかつかと歩み寄ると、彼の手から傘を奪った。
「悟浄!」
 驚きで拒絶することも出来ず、傘を奪われた八戒も悟浄と一緒に、雨に包まれる。
「返してください」
 悟浄は、取り返そうとする八戒を軽くいなして畳んだ二本の傘をすぐには手の届かない場所まで放り投げ、取りに行こうとする彼の手首を掴んで、自分の側に引き寄せるとその身体を抱き込んだ。
「…泣けば?」
 囁くように悟浄は言う。
「ずっとずっと我慢してるお前を見るの…俺だって辛いんだ…。それでも、泣けないってんなら…昔の俺みたいに…雨の中、泣けば? 兄貴みたいに、お前の場所はここだって、俺が迎えに来てやっから…無理なんかすんなよ」
「僕は…無理などしていません…離してください、悟浄…」
 こうやって、暖かく包まれる資格など自分にはないのだから…雨にも、もちろん、悟浄にも…。
 それでも、言葉でしか拒絶できないのはそこがとても居心地が良くて、離れたくはないと思う自分の心の弱さだと、八戒は痛いほどに自覚していた。
「だぁめ…」
 悟浄は額を八戒に押し付けるようにしながら、それだけを言う。その声が少し涙ぐんでいるように感じられて、八戒は恐る恐る手を彼の頭にあてて、撫でた。
「…泣いているんですか? 僕の、ために…?」
 八戒の言葉を否定するように、悟浄の頭は左右に振られる。
「泣いてる…さ…」
 けれど、彼の口から漏れる言葉は肯定で…。八戒は、悟浄を抱き返していた。
「…泣いてる、けど…お前のため、じゃねぇ…よ…」
 それは嘘だった。愛を知らない自分より、愛を知って失った八戒の方がどんなに苦しかったか。自分よりも重い物を持って、それでも強がって歩き続けようとする八戒の心がどれだけ痛いのか。変われるものなら変わってやりたいと、その重荷が半分になるのなら一緒に背負ってやりたいと…思っても、それを口に出しても、きっと拒絶するだろう八戒の心の闇を知っていて、悟浄は泣いていた。
「…お前のため、じゃねぇけど…お前のせい、かもしんねぇ…」
「悟浄…?」
 言われている意味がわからなくて、八戒は悟浄の身体を引き剥がすようにして、顔を覗き込む。
「お前と出会えて、一緒に生活して…今まで一人だった自分がなんだか信じらんなくて…きっと…嬉し泣きだ」
 泣きながら、悟浄は笑って、八戒を見た。
「今は、さ…お前はここで悲しみの涙を流してればいいと思う。でもさ、いつかは…俺と一緒に嬉し泣き、してくんねぇかな?」
 誰かのために、ましてや八戒のために泣くことなんて出来ないから…だから、笑っていたいと思う。いつか、一緒に嬉し泣きが出来るその時まで…。
 八戒は雨を落とす空を見上げる。その瞳は、眼鏡のレンズに隠されてはっきりとは見えないけれど、彼もまた、泣いていた。
 悟浄はその肩に腕を回し、ちょっとその顔を見やってから、自分も空を降り仰ぐ。
 二人、並んで肩を組んで…空を見あげ…雨が止むまで、ずっと泣いていた。
 








 サイトより。

 雨音シリーズの続編でした。

 2007年9月18日投稿。
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