くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
Category:最遊記
タバコの匂いの染み付いた布団に包まれて、八戒は目覚めた。
ぼんやりと見あげると、心配そうな顔をした悟浄と目があい、うっすらと微笑んで見せる。
「ったく。具合が悪いならそうだと言えよな。心配すんだろうがよ」
ぶっきらぼうに言う悟浄の身体は雨に濡れた服をいまだ纏ったままだ。
「…ああ、僕…倒れちゃったんですね…」
雨に塗り込められた記憶の中で溺れそうになって、悟浄に抱きしめられて意識を手放したのだと思い出す。
「いつからだよ」
ポケットから取り出したタバコに火をつけようとしてそれが濡れていることに気付いた悟浄は、舌打ちをしながら買い置きのタバコに手を伸ばした。
「何が、です?」
起き上がりかけて、体に力が入らないと知った八戒は、もう一度頭を枕の上に戻しながら、そんな悟浄の様子を見ていた。
「熱…いつからあった?」
人のことはとやかく言うくせに、自分のこととなるとまったく無頓着になる同居人に悟浄は咎めるような視線を投げる。
「さぁ…? あなたを送り出したときには…なかったと思うんですけど…」
八戒を蝕む心の闇はその身体にまで変調をきたすほどのものなのか、そう思うと悟浄はやるせなく感じてしまう。本当に放っておくと、八戒は寂しさで死んでしまいそうで、それを恐ろしいと思った。
孤独で人は本当に死んでしまえるのではないか、と八戒は改めて実感した。
二人の間に沈黙が落ちる。ざあざあと煩いくらいに雨の音が聞こえている。
「悟浄…?」
沈黙を嫌うように八戒が声をかける。
「なんだ?」
短いけれど、確実に返ってくる声に安堵して、それから、何を言うべきか考えた。悟浄が八戒の次の言葉を待って、タバコの煙をことさらゆっくりと吐き出す。
「着替えないんですか? 風邪、ひきますよ?」
ぽたぽたと水滴さえ落ちそうなほど濡れて悟浄がそのままでいるのに、八戒は心配そうに声をかける。
「そんな、ヤワじゃねぇよ」
悟浄はニヤリと笑ってみせる。
ガキの頃から、雨に濡れるのには慣れている。泣きたい気持ちが溜まってくると、雨が降るのを待って、いつも外に出た。水滴が、涙を隠してくれるから、雨音が、嗚咽を消してくれるから…。
そんなこと、誰にも話したことはないけれど…いつか、八戒になら話してもいい、そんな気になっている自分に悟浄は少し驚いている。
「でも…二人で寝込んじゃったら、目も当てられませんよ?」
八戒がそれでも心配そうに言いながら起き上がりそうな気配を見せたので、悟浄はもう一回おどけたように笑って見せた。
「お前が、寝たら、な。シャワーでも浴びるさ」
それでも、髪からぽたぽたと落ちる水滴は煩いのだろう、手近にあった脱ぎっぱなしのTシャツで髪を拭った。
相変わらず、雨は降り続いている。
寝たふりでもして、悟浄にシャワーを浴びさせた方がいいのかもしれない、と思いつつ、八戒は目を閉じてしまうことに恐怖を感じている。
「どうして…僕はあなたのベッドにいるんでしょう?」
八戒はぼんやりと、目覚めた時から疑問に思っていたことを口にする。
「そりゃ、お前…」
唐突な問いかけに、悟浄は驚いたようで、しばし言葉に詰まった。
「俺が、お前の服まで濡らしちまったし。濡れた服のまんま、ベッドに入れるわけ、いかねぇだろうが。かといって…お前の服、脱がしちまうわけにも…」
好きで好きで欲情さえしかけている相手の服を、いくらそうする気はないにしても、脱がしてしまって自分を押さえていられる自信がなかったから、とは言えなくて、すっかりしどろもどろになって悟浄は答える。それでも、律儀に答えを返そうとする自分に苦笑しながら。
「…らよかったのに…」
ポツリと漏らされた八戒の言葉は中途半端にしか悟浄の耳に届かない。
「え? なに? なんだって?」
何か凄いことを言われたような気がして、悟浄は聞き返した。
「脱がせてしまえばよかったのに、と言ったんです。だって、悟浄、あなた、そうしたいと思っていたんじゃないんですか?」
八戒からのとんでもない言葉に、悟浄は噎せる。
「おまっ…なに言って…っ!」
ずっと隠し続けてきたはずの心の内を読まれたようで、悟浄は慌てた。
「僕が、知らないとでも? 気付かなかったと、本気でそう思っているんですか?」
慌てる悟浄を少し面白そうに見ながら、八戒は言葉を続ける。
「僕なら…いいのに…」
いいって、何が? 問いかけた言葉を悟浄は飲み込む。
そういう関係になってもいい、と言っているのか。それとも、僕などどうなってもいいのだ、と言っているのか…。
その答えは、目の前にある八戒の顔ですぐにわかる。
悟浄は切なくなって、八戒の顔を凝視した。彼が言いたいのは、間違いなく、後者の方だ。
沈黙が二人を包む。雨音が聞こえる。
悟浄は八戒が次に何かを言い出す前に、吸っていたタバコを灰皿に投げ込むと、服を脱ぎ始めた。
「ちょっと、悟浄、何を?」
そのいきなりの行動に八戒は慌てる。
「風邪ひくから脱げ、っつたのお前だろ?」
慌てる八戒を尻目に、悟浄はさっさと上の服を脱ぎ捨てると、ズボンへと手をかけた。
「言いました、言いましたけど…着替えも出さないでどうするんですか? それに…シャワーも浴びた方が…」
今度こそ起き上がって、何かの行動を起こそうとする八戒に悟浄は声をかける。
「お前も脱いじまえって、その濡れた服」
「えっ?」
すっかり生まれたままの姿になった悟浄がとんでもない事を言い出した。
「あ…ぼ…僕、部屋に帰って着替えて休みますから、悟浄も…」
急に立ち上がったせいで眩暈でも起こしたのか、ふらつく八戒の身体を悟浄がしっかりと支える。
「…いいから…」
支えた手はそのままに、悟浄の指は器用に八戒の服のボタンをはずし始めた。
「ちょっ…悟浄! 何を!!」
暴れる八戒の身体を押さえつけるようにして、悟浄は彼から濡れた服を脱がせていく。
「誘ったの、お前だぜ?」
耳元で囁かれて、硬直してしまった八戒を自分と同じ姿にすると、悟浄はその身体をベッドに投げ込んで、自分もそこに横になった。
「こうするとな、あったけーだろ?」
何をするでもなく、大切な壊れ物でも抱くように八戒の身体を自分の身体で包み込む。
「もう、独りじゃねぇ、だろ?」
優しく囁く。なす術もなく、硬直している八戒を優しく労わるように、声をかけつづける。
「俺が、いるから…俺が、守ってやるから…雨の日は…」
くすり、と八戒が笑った。
「雨の日、だけですか?」
いつの間にか、緊張を解いたらしい八戒のその声に、悟浄は安堵のため息を漏らす。
何をするわけでも、されるわけでもないけれど、こうしてすべてを委ねようとしてくれている彼を、本当に愛おしいと悟浄は思う。
「雨の日も、晴れた日も、ずっとがいいの?」
それでも八戒の真意を測りかねて、悟浄が問う。
「さあ。どうでしょう?」
もう一度八戒が、くすり、と笑う。
ざあざあと雨音が聞こえる。それよりも、抱き合った相手の心臓の音が聞こえる。
もう、自分は一人ではないんだ、と教えてくれる悟浄の音。
自分を拒まず、自分の思いを受け入れようとしてくれている、八戒の音。
相変わらず、熱は高いままで、辛いのだろう、八戒はウトウトと眠りに落ちる。
悟浄はそれを愛おしげに見やって、微かに笑う。
背中を押してくれた彼女に礼を言いたい、いっそのこと、抱きしめて愛を叫んでやりたい。
そんなことをしたら、八戒は怒るだろうか。
今はまだ、彼は自分に対して受身でしかないだろうけど、いつか、嫉妬してもらえるくらいにまで、自分に溺れさせてみたい、と思う。
雨音は聞こえなくなっていた。いつの間にか雨はあがっていた。
今度雨の日、八戒を誘って泣きに行ってみるのもいいかな、と悟浄は考える。
そんなデートなんて聞いたことないけど。
そこで、自分のガキの頃のことを話して、雨が好きなことも話して、お互いに孤独じゃないんだ、と嬉し泣きが出来たらいい。
そんなことを考えながら、もう一度八戒をしっかりと抱きしめなおして、悟浄も眠りに落ちた。
サイトより。
三部作の完結編です。
2007年7月1日UP。
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プロフィール
夏風亭心太
酒、煙草が好き。
猫好き、爬虫類好き。でも、虫は全部駄目。
夜が好き。月が好き。雨の日が好き。
こんな奴ですが、よろしくお願いします。
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