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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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「今夜は帰らねぇから」
 悟浄が戸口に立って、言う。
「はい…」
 どんよりと曇った空は今にも雨が落ちてきそうで、その空を見上げる二人の間の空気は一瞬、澱んだようにも感じられた。
 雨が降りそうです、行かないでください。思わず出かけた言葉を飲み込む。
「傘、持たなくていいですか?」
 飲み込んだ言葉のかわりに、取ってつけたように言って、僕は玄関口の傘を手に取った。
「いらね」
 短い答え。悟浄はいつもそうだ。もう降り出している雨を見ていてさえ、傘を持とうとはしない。
「そうやって、濡れた服を乾かすの、僕の仕事なんですからね?」
 寂しいと思う気持ちを飲み込んで、僕はにっこりと微笑んだ。
 つい、と逸らされる悟浄の視線。いつもと違う様子に、僕は悲しいと感じてしまう。
「…いってらっしゃい…」
 それでも、悟浄の戻ってくる場所はここなのだという事をはっきりと教えるように、僕はいつも通り、送り出す。
「ん…」
 短く返事を返すと、悟浄は今にも振り出しそうな空の下、出て行った。

 僕は悟浄に甘えているのだと思う、雨のあの夜、拾われてから、ずっと…。
 僕が雨の日に精神のバランスを崩しやすいと知った悟浄は、雨の日は極力僕の側にいてくれた。
 いつしか僕の中ではそれが当たり前になってしまっていて、彼のその行為に甘えてしまっていたのだ。
 指先から冷たくなってゆくような、縋る物もなく、ただ、死を待つような…そんな孤独が、悟浄が側にいるだけで薄れていく、そのことが今更ながらに僕にとって、いつしか何物にも替えがたい物になっていることに、今の今まで気付かなかった。
 逸らされた視線、彼がいない、ということ。
 降り始めた雨は、いつも以上に僕を孤独にさせた。
 人は…孤独で死んでしまえるのではないだろうか…。

 夜中になっても雨は止まず、寝付けない僕はキッチンでお酒を飲んでいた。
 この家にある中で一番、アルコール度数の高いもの。酔い潰れてしまえたら、と杯を重ねても、酔いすら巡ってこない自分の肝臓の強さに苦笑する。
 深夜ラジオが大音量で流れている。
 雨音を消すため。
 何の内容もない会話と、何がおかしいのかわからない馬鹿げた笑い声。
 内容が頭に入らないせいで、その笑いは僕への哄笑に聞こえる。
『あれが、愛する女一人守れなかった、情けない男さ』
『あれが、愛する女に目の前で死なれた、哀れな男さ』
『あれが、狂気に支配され妖怪になってしまった、バカな男さ』
『あれが、雨の日には一人でいることすらできない、悲しい男さ』
『あれが…』『あれが…』『あれが…』『あれが…』…………
 それでも、雨音よりはマシだと思う。雨音は彼女の声に聞こえるから…。
『…さようなら、悟能…』
 悲しい笑顔と共に思い出される彼女の声。
『さようなら…』『さようなら…』『さようなら…』
『あれが…』『あれが…』『あれが…』
 言葉が、僕の中でこだまする。

 ざぁざぁという音に意識が浮上する。
 僕の嫌いな、雨、の音。
 どうやら、テーブルに突っ伏して眠っていたらしい。顔を上げると、くらり、と眩暈がした。
 深夜ラジオの放送がいつの間にか終わっていたらしい。僕を起こした音は、雨の音ではなくて、ラジオのノイズ。
 自分のものとは思えない重たい体を引きずるようにして立ち上がり、ラジオのスイッチを押す。
 パチン、と軽い音がして耳障りなノイズが止む。
 途端に聞こえてくる、雨の音。
 ざぁざぁざぁざぁ…
 身体が竦む。眩暈が止まらない。
 やっとのことで立っている、僕。足元の地面が崩れてゆく感覚にただひたすらに耐えた。
 ざぁざぁざぁざぁ…
 それは…僕の心の中のノイズ。
『さようなら…悟能…』『さようなら…』『さようなら…』
 エンドレスに聞こえるのは…花喃の声。

 僕の…ノイズ…

「…っかい…」
 遠くで誰かの声がする。
 八戒? 誰のことだろう? 僕の名前は…猪悟能…
 肩をガシリと掴まれた。その痛みに僕は顔を顰める。
「おい!! 八戒っ!」
 目の前に、紅い色が広がっている。
「…悟浄…?」
 心配げに僕を見つめる紅い瞳と視線があって、僕は、ふっ、と安堵のため息を漏らした。
「今夜は帰らないんじゃなかったんですか?」
 安堵したことを知られたくなくて、視線を逸らしながら、言う。
「そんなに濡れて…その服、洗濯して乾かすの、誰だと思っているんです?」
 いつものように少し棘を含ませて、笑った。
「わりぃ…」
 いつもの悪びれない口調とはまったく違う声で囁かれ、僕は急に抱きしめられてしまった。
「ちょっ…悟浄! 僕まで濡れちゃうじゃないですか!」
 あまりに急な出来事に僕は硬直し、慌てて彼から逃れようともがく。
「いいから…」
 耳元で囁かれて、僕は動きを止めた。
「強がんなくても、いいから…」
 悟浄から匂う、僕の嫌いな雨の匂い。それよりも好きな、彼のタバコの少し甘い匂い。
 悟浄の体を包む、冷たい雨の気配。それよりも暖かい、彼の体温。
 窓の外から聞こえる、彼女の声にも似た、雨の音。それよりも間近に聞こえる、彼の心臓の、生きている、音。
 悟浄の気配に包まれて、頭を軽く撫でられると、僕はそのまま、意識を手放していた。









 サイトより。
 三部作の第一部。

 2007年7月1日UP。
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夏風亭心太


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