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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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「今夜は帰らねぇから」
 出かけようとすると、八戒がついて来たから、俺はそう言った。
「はい…」
 ドアを開けて空を見る。今にも一雨きそうな感じだ。俺たちの間の空気が一気に湿った感じがした。
「傘、持たなくていいですか?」
 何かを言いたくて言い出せない、そんな顔で八戒が聞く。
「いらね」
 雨に濡れるのは嫌いじゃない、いつかそう言ったら、すごく不思議そうな顔をされたっけ。
「そうやって、濡れた服を乾かすの、僕の仕事なんですからね?」
 笑顔で言う八戒の、でもその瞳に浮かんだ寂しさを見ちまって俺は、つい、と視線を逸らす。まっすぐに見つめたら…出かけられなくなりそうで…。
「…いってらっしゃい…」
 空の色と同じような顔をして八戒が言う。言いたいことを飲み込んで…。
「ん…」
 言葉にされなかったその思いを知りながら、俺は家を出た。

 いつだったろう? 一緒に暮らし始めて、まだ日も浅かったあの、雨の日。
 八戒は雨の日に一人になることを怖れているように感じられた。
 あの日、いつものように夜半過ぎに帰ってみると、八戒は一人、灯りもつけないキッチンでポツンと座っていた。
 俺が声をかけると、今にも死んじまいそうな目をして、どこか遠くを彷徨うような目をして、そして、俺に縋るような目をして…
 ウサギ、だっけ? 寂しさで死んでしまう、という生き物…まるでそんな風で。
 それ以来、俺は雨の日に出かけることをやめた。
 一緒にいてやれば、八戒はいつもの八戒で…それでも、どこか泣きそうな目をして、何か言いたそうな顔をして、何かに縋っていなければ、生きていることさえ出来ない、そんな感じだった。
 ただ、俺がいるから、俺しかいないから、だから俺に甘えてるんだろう、とわかってはいる。
 けど、いつからだったろう…俺は、そんな八戒に、同居人、以上の感情を抱くようになっていた。
 相手は男だし、そんな感情を抱くのなんて間違ってるってわかってても、それはどうしようもなくて。
 雨が降った日には自分がとんでもないことをしてしまいそうな予感がしたのは、そうは遠くない過去。
 だから…俺は、雨が降るとわかっていて、家を出た。

「もう、いいって…」
 俺は、自分の足の間に身体を埋めて、一生懸命に奉仕をしてくれてる女に言った。
 彼女の心づくしの奉仕にさえ、元気にならない自分が少し情けない。けど、彼女はそんなこと、気にもしてないようだった。
「彼の、こと?」
 軽くため息をついて、彼女が顔を上げ、俺が腰掛けているベッドの横にならんで腰を下ろす。

 家を出ても、特に行くところがあったわけじゃなく、俺はいつのも店へと足を運んだ。
 そこで、なじみの娼婦に出会い、今夜は帰るところがねぇんだ、とおどけて言うと、彼女は自宅へと俺を誘った。
 彼女とはけっこう長い付き合いだ。ごろつきに絡まれてるところを助けてやって、それから、金銭授受なしで付き合ってくれる。俺よりも少し年上の彼女は、姉貴のような存在で、俺が自分で気付かなかった八戒へも思いに形を見せてくれたのも彼女だった。
「あんた、その彼に、恋、してんじゃない?」
 そう言われたのはかなり前だったように思う。それ以降も悪びれず、俺に付き合ってくれる彼女に、俺はすっかりと甘えてしまっている。

「まだ、思いを遂げてないんだ? 珍しいね、悟浄」
 横に並んだ俺の頭をポンポンと叩きながら、彼女は軽い口調で言う。
「ま、本当に欲しいものって、中々手が出せないよね?」
 今度は頭を抱きしめられる。
「そんなんじゃねぇよ…。ただ、あいつも俺もオトコだし…」
 俺はされるがままになりながらポツリ、と呟いた。
「性別なんて関係あるの? あんた、あの彼が大事なんでしょう? 好きなんでしょう? したいんでしょう?」
 彼女の言葉は容赦がない。俺に媚を売るわけでもなく言われる言葉が心地いい。
「そりゃね、押し倒しちゃったら? なんて言わないけど、ね。今のあんたって、見てて歯がゆくなるんだよね。好きなら好きって、大事なら大事って言ってあげなきゃわからないんじゃない?」
 顔を覗き込まれて、俺は視線を逸らす。そうすることが出来たら、どんなに楽か…。
「玉砕したら、アタシが慰めたげるから。それにね、彼、あんたのことが嫌いなら、一緒に住んでたりしないと思うよ? あんたって凄くルーズだから、一緒に暮らすの大変そうだもん。なんかなきゃ、すぐにでも出て行くんじゃない?」
 彼女の言葉に縋りたい自分がいる。
「ほ…ホントにそう思う?」
 俺は顔を上げ、まっすぐに彼女を見た。
「もう…余裕がないねぇ」
 俺のマジな顔に彼女は苦笑する。
「ま、いつまでもうじうじしてるのってあんたらしくないし、それに、ずっと隠し通せるもんでもないんじゃないの? 言っちまいなよ」
 今すぐにでも、と彼女は言った。
 雨の日、弱ってる八戒に、その弱みにつけこむように? そんなこと…。
「相手があんただから、見せてる弱みじゃないの? だったら、それでもOKだと思うんだけどなぁ…」
 雨の日…三蔵や悟空が来ている時には、そういえば、八戒はあんな顔はしない。
 外の雨の音がやけに大きく聞こえ、今にも泣きそうに、何か言いたそうに俺を見る八戒の顔が脳裏に浮かんだ。
「俺…帰るわ」
 立ち上がった俺につられる様に彼女も立ち上がる。
「あ、言う気になった? 発破かけといてなんだけど、さ。焦んないでね」
 戸口に向かう俺の後ろをついてきながら、彼女が言う。
「悟浄、傘は?」
「いらね」
 戸口で手を振る彼女に背中を押されるように、俺は雨の中、八戒の待つ家に向かって走り出した。
 大事だって、一緒にいたいって、雨から守ってやりたいって、言うために。

 帰ってみると、キッチンにだけポツリと灯りがついていた。眠れないでいるのだろう、と覗いてみると、八戒がラジオの前で立ち竦んでいる。
「八戒」
 声をかけるが、俺が誰だか…いや、自分が誰かさえわからないような顔で、ぼんやりとしている。
 その心はどこか遠くにあるようで、俺は怖くなって奴の肩を力いっぱい掴んで、呼び戻すように大きな声をかけた。
「おい!! 八戒っ!」
 ふっ、と八戒の視線が俺を捕らえたことに安堵する。
「…悟浄…? 今夜は帰らないんじゃなかったんですか?」
 不自然に逸らされた視線に、八戒が俺を待っていてくれたと知って、少し嬉しくなる。
「そんなに濡れて…その服、洗濯して乾かすの、誰だと思っているんです?」
 それからすぐに俺に向けられた視線はいつもの負けん気の強さを示すような色を湛えていて…。それでも、今にも泣き出しそうに見えた。
「わりぃ…」
 いきなりこんなことをしたらこいつはどう思うだろう、とかそんなことを考えるよりも先に俺は八戒を腕の中に抱き込んでいた。
 八戒が口に出す言葉よりも、本当はいいたい事が別にあるのだとわかっているから。
「ちょっ…悟浄! 僕まで濡れちゃうじゃないですか!」
 一瞬、何をされたのかわからないような様子で、八戒の動きが止まる。それから、慌てたように俺から逃れようとするその身体を離さずに、小さく囁いた。
「いいから…強がんなくても、いいから…」
 お前の本当に言いたい事を言って? 俺の感情と違っていても構わないから、もっともっと、俺に甘えて?
 そっと、頭を撫でてやると、八戒は俺に身体を預けたまま、意識を失ったようだった。









 サイトより。

 三部作の二作目。

 2007年7月1日UP。
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