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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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【三蔵】

「―まぁ俺は、とっくにおかしくなってんのかもしんねぇがな」
 そう言って笑った耶雲。その言葉が耳に甦る。
 守りたかった物、守れなかった物…忘れてしまうには大きなそれら…。
 何度自らのこめかみに銃口を押し当てただろう。
 そのたびに俺を止めたのは、誰かの声でもなければ笑顔でもなく…師の死に顔だった。
 俺は…自分を殺すかわりに、己に害をなすものを殺し続けた。
 その銃弾は、何一つ、生み出しはしなかった。
 人間が…暴走した妖怪によってバラバラに引き裂かれるのを、黙って見ていた。
 それは、奴の悲鳴のようだった…。
 守りたいはずの物を自ら壊して…その銃弾は…耶雲の心に悲しみを生んだのだろう。
 それは俺の通ってきた道で、狂ってゆく奴から、目を逸らすことができなかった。
 耶雲の叫びが、聞こえた。

 俺を…殺してくれ…。

 いつもいつも、俺は…そればかりを考えてはいなかったか…?
 跳ね飛ばされた悟空を見て…破壊の爪が悟浄に伸ばされるのを見て、俺は引き金を引いた。
 一発で、仕留めてやれなかったことが悔やまれてならなかった。

 俺の心の中に…雪が、降る。


【悟浄】

「夢ったって当たり前のことじゃん。なんで…ッ」
 悟空が言う。当たり前でもそれが現実じゃないから…。
 母親に愛されたい、それは当たり前のこと。でもそれは俺にとっては夢だった。
 現実は…現実の俺は…愛して欲しい母親に殺されかけた。
 大好きな人にただ笑っていて欲しかった。
 たったそれだけの事も出来ないのなら、俺の存在意義はなんだ?
 それならばいっそ、俺は死んでしまえばいいのだと、母親に殺されて、それで彼女が笑ってくれるならそれでいいのだと、そう思っていた。
 血の流れる音…奴が狂気に支配される、音。
 俺は目を閉じる。
 見たくは、なかった。
 母が俺に刃を向けた時に見せたような狂気を、もう、二度と…。
 それでも…奴の声が、聞こえた。

 誰か、俺を殺して…?

 死にたいと、殺して欲しいと、思ったことのない悟空に耶雲の声は聞こえない…。
 だから俺たちがこの男に刃を向ける。

 俺の心の中に…雪が、降る。


【悟空】

「…あいつの墓は誰がたててやりゃあいい」
 悟浄の呟きには、痛みが聞こえた。
 俺にはもう、止められなかった。
 ずっと昔、俺の孤独を慰めてくれた小さな小鳥…ある朝起きたら、目の前で冷たくなっていた。
 いくら伸ばしても届かない手の先で…俺はその小鳥の亡骸が朽ちてゆくのをずっとずっと、ただ、眺めているしかなかった。
 朽ちてゆくのは…アイツの心、なのかもしれない。
 流される赤い色が視界を埋め尽くす。
 なんで…なんでだよ…
 俺には、わからない。

 なんでアイツが苦しまなきゃならないのか。
 なんでアイツに刃を向けなければならないのか。
 なんで…アイツは死にたがっているのか…死ななければならないのか…。

 俺を守るように立つ、悟浄と八戒の苦痛に歪んだ顔が…脳裏に焼きつく。
 俺を殺して…その気持ちが初めてわかった気が、した。

 俺の心に…雪が、降る。


【八戒】

「…なんとかなる…って夢見てたのは俺の方かもしれねぇな」
 暴走した子供たちを自らの手で殺してきたのだと言って、彼は、笑った。
 誰か…僕を殺して…
 そんなことを思ったのは忘れてしまうには近すぎる過去のことだった。
 血の匂い…子供たちの…人間の…。
 肉が引き裂かれ、骨の砕かれる音。
 目を、逸らすことはできない。
 そこにいる彼は…過去の自分のようにも思えたから…。
 憎しみ、悲しみ、怒り、恐怖…彼は、この桃源郷を満たす瘴気にではなく、過去の僕と同じように、負の感情に支配され、自我を失ったのだ…。
 彼の、声が、聞こえた…。

 俺を…殺して…?

 彼の最後の顔を忘れることは出来ない…悲しそうに、苦しそうに、それでもホッとしたように、嬉しそうに…泪を流しながら笑って…逝った…。
 彼は…狂気になど支配されてはいなかったのだろう…。

 僕の心の中に…雪が、降る。


【四人】

 かじかんだ指で凍てついた大地に穴を穿つ。
 それは、生きてゆく者の勤めなのかもしれない。
 小さな小さなたくさんの墓の真ん中に大きな墓を一つ。
 雪が解け、花が咲き、また、雪が降り…幾度もの季節を過ぎて、風化するそれが忘れ去られる前に…
 彼らが新しい命として生まれ変わるまでに…
 この世界の混沌を終息させることができるのだろうか?
「―三蔵……あのさ、もし、俺が」
 悟空の言いたかったこと。
 悟浄が、八戒が、そして悟空が…自我を失ってしまったら、俺はきっとこいつらを…。
 そんな日が来なければいい、と祈りという不確かな物にさえ、縋りたいと三蔵は思う。

「殺してやるよ」

 手に入れた守らなくていいものは…きっと永遠ではないのだろう、と三蔵はタバコに隠してため息をつく。

「殺してやる」

 二度目の言葉は…誰に向けた物でもなく、自分自身に言い聞かせるための言葉。
 何を失っても…自分たちは今までの、これからの道を信じて歩み続けるしかないのだ。
 それぞれが背負う過去、そして…誰かに背負わせる、未来。

 三人の妖怪は、一人の信じる人間の言葉に少しだけ救われた気がしていた。
 心の雪が…少しだけ…解けた。

 四人はその雪山を後にした。
 前日、子供たちと作った雪だるまが少し寂しそうに彼らを見送っていた。





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 それは…きっと、愛だの恋だのそんなものではないのだと、思う。言ってしまえば、それは…執着、なのだ。


 俺は、八戒がシンクの前に立って食器を片付けているのを、缶ビールを片手に見ていた。火の点いたタバコを灰皿に放り込んで立ち上がる。
 たった4センチの身長差。肩から首に腕を回して抱きしめるには、背伸びをしなけりゃならない。
 それでも、俺はそうして八戒に背後から抱きついた。
「悟浄…?」
 八戒が驚いたように食器を洗う手を止める。嫌がる風もなくそのままでいてくれることに、俺は少し自惚れてもいいのだろうか?
「どうしたんです? 酔っているんですか?」
 酔ってる? そうかもしれない…きっと、こんな気持ちになったのも、こんなことをしてみたくなったのも、これから言おうとしていることも…みんな、酒のせい…。
「なぁ、八戒…一度しか言わねぇし、聞こえない振りをしたって、すぐに忘れたってかまわねぇ…」
 八戒のうなじに頭をくっつけて呟く。
「えっ?」
 身じろぎをして俺を引き剥がし、振り返ろうと動くその身体を拘束するように俺は腕に力を込めた。そして、耳元に口を寄せて囁く。
「好きなんだ…」
 八戒が一瞬硬直したのがわかる。が、そのあとには…きっといつもの静かな笑顔…
「…ホントに…あなたって人は…」
 少し呆れたような声色。子供みたいなことを言いますねぇ、と笑う声。
「…僕も、嫌いじゃありませんよ? そうでなきゃ、同居なんてできないでしょう?」
 だからね、放してください、片付け物、終わらないでしょう? 自分の首に回された俺の腕を水で濡れた手で軽くポンポンと叩いた。
 安心したのか拍子抜けしたのか…俺は自分自身にもわからない気分で、言われるままに八戒を開放すると、頭を冷やすために外へ出た。


 それはきっと、執着。俺と同じように、俺のこの紅い髪と瞳に、血の色を見た男への…言葉で縛り付けて、俺の側から離れてしまわないように…。






 雨が、降っていた。
 一緒に暮らし始めてもうすぐ一年になろうとする同居人の様子が少しおかしくて、悟浄は柄にもなく気になって仕方がない。
 今日も、なんとなく彼のことが気になってしまい、悟浄にしては珍しく、生活の糧であるはずのカードに負けて、早々に帰宅していた。
「お帰りなさい、早かったですねぇ」
 食卓の椅子に一人ポツンと雨の音を聞きながら座っていた八戒は、まだ帰るはずのない悟浄が目の前に立ったのを見て、少し驚いたような顔をした。それからゆっくりといつもの笑みをその顔に乗せる。
 その笑みに感じる違和感…。悟浄は八戒の顔をマジマジと見下ろす。
「…なんですか?」
「いや…もうすぐ一年なんだなぁ、と思ってさ…」
 まっすぐに向けられた視線が痛いかのように、悟浄は目を逸らす。見つめ返すには辛く感じるような物が、八戒の目の中にはあった。
「一緒に住むようになって…」
「正確には、あなたに拾われて、ですね…」
 悟浄の髪が濡れて、水滴が滴っているのに気付いた八戒はタオルを取りに立ち上がる。バスルームに消える背中に、悟浄は声をかけた。
「お前さ、もしかして、また、死にたいとか思ってねぇ?」
 その言葉に、八戒はドキリとする。
 死ぬのは怖いと思ったのは彼らと出逢ったから…それでも今は…それ以上に彼女の許へ行きたいと、自分は望んではいまいか…。
 悟浄の言葉への否定の声が喉に引っ掛かったように出てこない。
 キッチンの方で、悟浄のライターの蓋が開いて、閉まる音がした。それから、大きなため息にも似たタバコの煙を吐き出す音…。
「…いやだなぁ、そんなこと…」
 自分でも取ってつけたようだと感じる笑顔をその表情に乗せて、八戒はキッチンへと戻る。
 てっきり、椅子に座って物憂げにタバコを咥えていると思っていた悟浄が立ったまま、自分をまっすぐに見ているのに気付き、今度は八戒が目を逸らした。彼の瞳に宿っている感情は…非難…?
「悟浄…髪を…」
 気を取り直したように、八戒は作り物の笑顔で悟浄にタオルを渡す。その顔とタオルを交互に見やった後、悟浄は渡されたタオルを頭にあてた。
 雨に濡れた髪はその色の濃さを増し、普段以上に血の色に近く見える。髪にあてられるタオルが赤く染まるような気がして、八戒は瞳を伏せた。
「なぁ? 今も、俺の髪や瞳は…お前がその手で流した血の色に見えているのか?」
伏せられた瞳の意味を悟ったかのような悟浄の言葉。八戒には黙って頷くことしかできなかった。
「本当に?」
 本当に? 自分は彼に贖罪を求めたはずだった…けれど…今は…彼女の流した血を、それだけを見ているのかもしれない…いや、そもそも、最初から彼に贖罪など求めてはいなかったのかもしれない。雨に流されてしまった、自分に染み付いた多くの者の血よりも、たった一人の彼女の血を、それだけを、見続けていたのかも…。
 彼女が死んで一年…あの日も雨だった…この時期の雨は、きっと忘れられない…。
 雨音が…自分を呼ぶ彼女の声に聞こえて、耳を塞いでしまえたら、とずっと思ってきたのにそうすることさえ躊躇われてしまう自分は、きっと弱いのだろう。
 悟浄は、自分の思いに囚われてしまった八戒の肩に手を置き、静かに促して椅子に座らせる。そして、その向かいに自分も腰を下ろして、表情をなくして考え込んでしまっている彼の顔をしばらく眺めていた。
「あのさ…辛かったら、泣けば?」
 知り合って一年…悟浄は八戒が泣くのを見たことがなかった。
 彼を拾ったあの時、自分を見て笑ったようにも泣いたようにも見えたあの顔でさえ、あれは泪ではなく雨だったのだ、と言われれば信じてしまうしかない。
 かたくなに泣くことを拒んでいるようにも見えるその顔に時折のぞく辛そうな色。それが悟浄には気になってしかたがなかった。
 彼の言葉にはっとしたように八戒は顔を上げる。それから、泣いているような、それでも笑顔でポツリと呟く。
「泣くことなどできませんよ、僕は…あんなにもたくさんの命を屠っておいて、どうやって、誰のために泣けるというんですか」
 ずっとずっと泣きたいと思っていた。でもそれは許されないのだと、それが自分に与えられた罰の一つなのだと、八戒はそう思って過してきた。
 彼女を自分の手元から失ったときに、泣いた。その彼女を自分の腕の中に抱きとめることも出来ずに死なせてしまったときにも…そして、自分の泪は涸れてしまったのだと思っていた。だから、泣けない…自分が口に乗せている言葉が詭弁でしかないことに、八戒は気付く。それでもその言葉を止めるすべを知らないかのように、彼は話し続けた。
「あれが、己のエゴだったのだと、最初からわかっていました。逆恨みだったのだと、ずっと知っていました。それでも僕はあれだけのことを、した。僕には、誰かのために、自分のために、泣く泪など、もう、ないんです。だいたい、僕に…誰のために泣けというのですか? 花喃のためにも、僕自身のためにも泣けはしないのに…」
 縋りつくような目をしている、と悟浄は思った。簡単に泣いてしまえるほど、八戒の悲しみは単純ではないのだと初めて知った気がした。いや、自分の髪を、瞳を贖罪の色だと言ったその言葉で最初から気付いていたのかもしれない。でも、それを受け止めてしまうほどに、自分は大きな器を持ち合わせちゃいない。
 自分の言った言葉はすべて、八戒には残酷に響いているのだろう。
「じゃぁ、さ。俺のために泣いてよ。こぉんな薄倖美人を拾っちゃったせいで、ナンパがいまいち上手く行かなくなっちゃった、俺のために、さ」
 だから、ふざけたように言ってみる。泣けないのなら笑ってよ、そんな気持ちもこもっていた。
 悟浄の意図を汲んだのか、八戒が小さくふきだす。
「やだなぁ、悟浄…あなたのナンパの成功確率が低いの、僕のせいなんですか?」
「お前ね、その言い方って何気に酷くね?」
 憮然と言い返す悟浄に八戒は声を上げて笑う。その右頬に暖かな物が伝った。
 それに驚いたように八戒は右手をその頬に添える。それから、かけていた眼鏡を外して両手で顔を覆った。
「失ったはずの右目が痛むんです…」
 本当は…自分の失った半身が…彼女があるはずだった心にぽっかりと開いた穴が…痛むのかもしれないとわかっていたけれど…それを理由にして泣くわけにはいかないから…
 顔を覆っておいた両手をテーブルの上に乗せる。自分に残されている左目の視界が歪んでいくのがわかる。ぽつり、と手の甲に雫。
 目の前の悟浄が立ち上がるのが気配でわかった。
「…悟浄…ここに…いては、もらえませんか?」
 その顔が持ち上げられることはなかったけれど、きっと捨てられた子犬のような寂しい顔をしているのだろうと知れる。
 女に泣かれるのは苦手だが、男の泣く姿を見ているのもどうか、と思う。それに、いて欲しいと言いながら、きっと八戒は同じ心で泣くところなど見られたくはないと思っている。彼は自分にそばにいて欲しいのではなくて、泣くために、自分の髪や瞳が必要なんだろう。
 悟浄はキッチンを出る方向ではなくシンクへと向かう。そこにある果物ナイフに手を伸ばした。最近やっと伸び揃ってきた髪を一房つまみ、少しだけ逡巡する。そして、小さなため息で何かを吹っ切ったようにその髪を切り落とした。
 残酷なのかもしれないけれど…今の自分に出来るのはこれくらいだから…
 テーブルに置かれた八戒の手の上に切り取った髪を置く。今だ濡れたそれははっとするほどに血のように見えて、自分の取った行動なのに、悟浄はそれから目を背けた。
 この血は誰のものなのだろう? 自分の? 自分の屠った1000人もの命の? それとも…失った愛の?
 八戒は手の甲に置かれた一房の髪を握り締め、その手を頬にあてる。
 悟浄がキッチンを出てゆく気配を感じて、堪えていた何かを吐き出すように嗚咽をもらした。
 これはきっと…彼女の血、なのだ…もう、泣けないと思っていたのに、泣いてはいけないと思っていたのに、彼女の血は自分を悲しみへとかき立てる。その血の色を持つ男に、泣くことを許されて…声をあげて、さめざめと、泣いた。

 閉まったキッチンのドアに凭れて悟浄はタバコに火をつけ、不揃いになった髪を指先で弄びながら、その声をいつまでも聞いていた。



「ああ、おはようございます、悟浄」
 珍しく午前中のうちに起きだしてきた悟浄に八戒が笑顔で挨拶をする。その目が、泣き腫らしたようになっているのに気付いたが、あえて無視をしてつまらなそうに片手をあげて見せた。
「うっす…」
「挨拶ぐらいちゃんとしましょうよ、悟浄?」
 当たり前のことを言われたにもかかわらず、悟浄は八戒をにらみつける。深夜、明け方に帰ってきて眠ったときよりもずっと寝不足だ。自分の言動に自己嫌悪を感じてしまって、眠れなかったから…。
 さっき鏡を見たら、赤い瞳の周りの白目が充血していて、目がすべて赤くなっていた。それを、この男はどう思っているのか…。
「コーヒー淹れますね?」
 キッチンへと入ってゆく八戒にしたがって悟浄もキッチンへと入る。
「お前さ…」
 かけられた声に振り向いた八戒を見て、悟浄は結局自分が何を言いたかったか、忘れてしまった。だから、一言、謝った。
「悪かったな…」
「いいえ…ありがとうございます」
 とても爽やかに感じる笑顔。それを見て悟浄はホッとした。そのまま、八戒の横を通り過ぎ、裏口の戸を開ける。
「うっわぁ、いい天気だなぁ…昨日の雨が嘘みたいだ」
 寝不足の目に突き刺さるような青空に悟浄は顔を顰める。その彼に八戒はコーヒーの入ったカップを差し出した。
「悟浄、今日の予定は?」
 いつも思うのだが、この情況でこの質問は夫婦のようだ。そんな自分の考えに悟浄はふきだした。
「何か?」
「い~や、なんでも。今日は昨日負けたカードのリベンジと…お前に揶揄されたからなぁ、ナンパでもしてくるかぁ」
「成功するといいですね…」
 からかいを含んだ口調に悟浄は眉を上げる。
「なにが、だ?」
「ナンパ」
 辛そうな色もなく笑っている。自分と似ている奴だから、笑っていて欲しいと、そんなことを思うのだろう。


 泣きたい時には泣けばいい、笑いたきゃ笑えばいい。俺たちは自分のために生きているんだから…。






 ウソくせぇ、笑顔だな。
 それが俺の目の前で笑っている女を見て感じた最初の印象だった。
 まあ、泣かれるよりはマシか…。
 どうせ、一夜だけの相手だ。俺も女もそれは重々承知をした上で褥を共にしている。
「愛してる…」
 それは、駆け引きの言葉…。


 愛して欲しかった、慈しんで欲しかった、せめて、笑っていて欲しかった。
 愛を知らずに育った子供は、それがどんな物かさえも、知らない。
 愛してもらえぬならせめて、笑っていて欲しくて、いろんなことをした。彼女が、母が笑ってくれるなら、死さえも厭わなかった…
 いや、それは詭弁だ。
 あの時、俺は…死んでしまえたら楽になれるだろう、そう漠然と思っていたのだ。
 自分は存在してはいけないものだった。なくなってしまいたいとずっと思っていた。
 それなのに、ずっとずっと、俺はそこにあり続けた。


 愛とは、何? どんなもの? もうずっと探しているのに、答えは見つからない…


 雨の夜、拾った男が言った。愛していたから、と…。
 自分を修羅の道に落としてまで、守りたかった愛とは一体どんなものなのだろう?


 タバコの煙をゆっくりと吐き出すように、愛してる、と吐息だけで囁いて…俺は残酷な嘘を吐き続ける。女に、そして、俺自身に…。
 女の浮かべるのが作り物の笑顔でも、与えられるのが虚構の愛でも…俺は、今夜もそれに、縋る…。





『ため息をつくと、幸せは逃げて行くのよ』
 そう言ったのは、自分と同じ髪色と瞳の色をした女性。
 わかっているよ、そんなこと。いつもいつも君はそう言っていたよね。
 つい、ため息をつきそうになる僕の口を少し怒ったような顔をして、塞いでくれたこともあったっけ…。
 でもね、そんなことを言うけれど、生きていくのは息苦しいよ…。
 君のいない日々は息が詰まりそうで、君にために何も出来なかった自分が悲しくて、呼吸さえ満足に出来ない気がするんだ…花喃…
 だから、僕は、ため息をつく。


「……12回目…」
「…えっ?」
「お前がこの一時間でついたため息の数」
 手持ち無沙汰にライターの蓋を開け閉めしながら、顔を上げもせずに、悟浄が言った。
「…暇、なんですね…」
 微苦笑を浮かべて言うと、彼は、黙ってタバコを一本差し出した。
「僕は、タバコは…」
「いいから、吸ってみろよ。ため息を隠すには都合がいいぜ…」
 それはきっと彼の優しさなのだと思う。僕は、言われるままにそれに手を伸ばしていた。
「目の前でなんも言わずに、ため息ばっかつかれんのは、鬱陶しいんだよ」
 火を点けてもらって…ため息をつく前に、噎せた。それを見て、悟浄が笑う。
「何を悩んでるのか知らねぇけどさ、人生なんざギャンブルみたいなもんだ、悩むだけ無駄って気がすんだ けどな」
 僕から火の点いたタバコを取り上げて、自分で吸いながら彼は言った。
「人生が博打なのだとしたら…僕は凄く負けがこんでる気がしますよ…」
 悟浄が、盛大に煙を吐き出す。
「俺もご同類、かね」
 彼が微かに笑い、僕も、微かに微笑む。
「けどま、この博打ばっかは、途中でおりるって訳にもいかねぇからな…」
 もう一度、彼は大きく煙を吐き出した。
 それはきっと彼のため息なのだろう。
 僕は、ため息をつきかけて、自分で自分の口を塞ぐ。その仕草に、彼が笑った。
「ま、俺の前ではいいけどな、八戒。あいつらの前ではやめとけよ、ため息。特に、あの猿なんか気にすんぜ、お前にずいぶん懐いてるしな」
「ですね…」
 言いながら、僕はもう一度だけ、と思ってため息を落とす。それを聞いて、彼もまた煙を吐き出す。
 そうやって、誤魔化しながらため息をつける悟浄が少しだけ羨ましいと思った。





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