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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 花屋の店先に同じ花がたくさん並んでいた。
 5月の第二日曜日。母の日。
 ピンクに黄色に白、オレンジ。
 けれど、一番多いのは、赤、で。
 悟浄は意識してそこから視線を逸らしているようだった。

 ああ、やっぱりこの人はまだ…。

 好きになった、と言ったのに。
 自分の色だから。八戒が綺麗だと言うから。
 好きになった、と。
 悟浄にとって赤は、やはり苦手な色、なのだ。

「綺麗ですね、あの色。買って帰りませんか?」

 悟浄の肩がぴくり、と震える。立ち止まって、わざと八戒にも聞こえるようにため息を吐いた。

「…なんで、よ? 俺ら、親なんかいねぇじゃん。買って帰ってど~すんのよ」

 心なしか悟浄の声が怒ったように聞こえた。
 それでも、花屋にその花を買いに行く八戒を止めようとはしなかった。

 ダメなんだよ、あの花は。
 この髪の色も瞳の色も。あいつがこれに贖罪を求めるってんならいいと思った。
 俺も同じこと思ってたから。
 ちび猿に言われたことも、生臭坊主に言われたことも。
 全部ひっくるめて、これが俺なんだと思ったから。
 でも、あの花は……。
 俺が差し出したあの花を、アノヒトは、悲しそうに苦しそうに、それでも笑って受け取ってくれた。
 あの花は……最初で最後のアノヒトとの優しい思い出、だから…。

 戻って来た八戒の手には、ほとんど蕾ばかりの花束だった。
 それをすごく大切そうに抱えている。
 咲くのを楽しみにしているように見えるその顔は、どこか幼く、穏やかだった。

「僕は、母の日の花を贈ったことはないんです。贈る相手もいませんでしたから。でもね…。いえ、だから、です。この花は欲しかったんですよ。悟浄、貴方色だから…」

 愛おしそうに咲く前の花をまっすぐに見つめる八戒の横顔と、咲く前のその花を見ていて、悟浄は、気付いた。
 赤い花の下には………。

 そうか…。
 俺は、こいつに咲かせて貰ってるんだ。
 咲くまで、包んでくれているのは、こいつ。
 いつか、この記憶と共に大輪の花を咲かせたい。

「僕と貴方、みたいでしょう?」

 悟浄の心を読んだかのように八戒が言う。

「僕、貴方を支えることが出来ていますか?」

 まっすぐに見つめられて、悟浄は優しく微笑んだ。
 それへ、八戒も微笑み返す。
 自然に二人は手を繋ぎ、家への道を辿った。

 花は咲くことで新しい花を咲かせるための葉や茎を伸ばすんです。
 貴方が咲いてくれるから、僕もあるんですよ、悟浄……。


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 たまに、来る。
 理由なんざ、ねぇ。
 ただ……なんも感じなくなる、そんな日。

 目が覚めて、ぼんやりしてた。
 起き上がるのも面倒で見上げる天井は、ざらざらしてた。
 ダルい身体をそれでも叱責して無理矢理起き上がる。
 鏡を見なくてもわかる。今の俺は、表情が、ない。
 こんな面、あいつらには見せらんねぇ。
 
 宿に備え付けの小さなバスルームに入る。
 意識して鏡を見ないようにして、頭から冷たいシャワーを浴びた。
 身体が芯まで冷える。それでも、やめない。
 まだ、だ。まだ、俺は笑えねぇ。
 あいつらに見せられる面には、なれねぇ。

 部屋のドアをノックする音が、した。
 返事をしないでいるとドアの開く気配。
「悟浄? シャワー浴びているんですか? 早くしてくださいね? 三蔵が出発するって言ってますよ?」
 八戒の声に、俺はただ、ああ、とだけ答える。
 もしこれでホントに置いて行かれたらそれはそれでいいか、と思う。
 元々、誰かとツルむのは好きじゃねぇ。

 八戒が部屋を出た気配がして暫くしてから、俺はやっとシャワーを止める。
 濡れた身体のまま洗面台の鏡の前に立った。
 紅い髪が濡れて、べったりと顔に張り付いている。
 それはまるで血のようで。
 滴り落ちる水滴が、紅く染められているようで。
 鏡の向こうから、俺を睨んでる奴が、いた。

「てめぇ、何睨んでやがる」
 答えが返るわけもない。
 そこにあるのは俺の虚像。
 笑うことを忘れた俺は、どこにでもいるチンピラとかわんなかった。
『何、しけた面してんの、お前』
 誰かが、俺に声をかけた、気がした。
 誰もいないはずの狭いバスルームを見回す。
『どこ見てんだよ、ここよ、ココ』
 ふ、と真正面の鏡を見るとそこには……。
『そ。俺だよ、俺』
 ありえねぇ。鏡の虚像が笑ってやがる。
 笑った俺ってこんな面、なのか…。ガキ、みてぇ。
『何、むっずかしい顔してんだよ。バカの考え休むに似たり、って諺、知ってる?』
 なんだ、これ。
『悩んだってしょうがねぇだろ。お前はお前だ。笑ってようと怒ってようと…狂おうと、な。もっと、仲間ってヤツを信じろよ』
 確信をついて来やがる。

 そう、だ。
 あいつらといることが。
 自分の居場所があることが。
 苦しかったんだ、俺は。
 自分を認めて貰えることが。
 俺を、見てくれる奴がいることが。
 生きてる、ことが。

『ぶつけようもねぇ感情だもんな、それ。口に出したって、一笑されるだけだし。けどさ、わかってくれんじゃねぇ? あいつらなら』
 わかってもらえなくても。
 俺は鏡を見て、笑顔を貼り付ける。
『うっそくせぇの。でも、それで自分誤魔化せるんなら、いいんじゃね?』
 鏡の俺も不自然な笑顔で。
 ま、こんなもんか。仕方ねぇ。

 この街に入る前に咲いてた紅い花。
 ガキの頃、アノヒトに摘んで帰って、綺麗だ、と言ってもらえた花。
 俺に叩きつけられて、ぐしゃぐしゃになった、花。
 散った、花。アノヒトの命。

「やっと出て来ましたね」
 部屋を出ると、八戒がいた。俺の顔を覗き込むとちょっと心配そうな顔をして、それでも何も見なかったかのように背中を軽く叩かれる。
「行きますよ」

 街を出るのは入って来たのと同じ道。
 せめて、花が散るまで、出たくなかった、などと。
 目を閉じて過ぎても、その香りは、アノヒトの血の匂いが記憶から呼び起こされる。
 たくさんの血の匂いを嗅いできたのに、アノヒトの血の匂いだけは特別で。
 それなら、目に焼きつけようとまっすぐに、行く先を、見つめた。

 花が、なかった。
 たった一晩で、散った?
 そんなわけ、ねぇ。

 ったく、こいつらは……。
 ホント、わかってくれてんだな…。

 不自然で不器用な笑顔が、鏡の中の俺が見せてた、ガキっぽい、だけどキライじゃねぇ、ホントの笑顔になったのがわかった。
 
 あいつらといることが。
 自分の居場所があることが。
 自分を認めて貰えることが。
 俺を、見てくれる奴がいることが。
 生きてる、ことが。
 狂おしいほどに。
 嬉しい。





 藤の花が咲いていた。
 この花を見ると、あの女を思い出す……。





 鷭里とつるんで暫く経ったあの日は、雨、だった。
 いつもの喧嘩に明け暮れた。
 その日も喧嘩には勝ったけど、俺も鷭里も下手打っちまって、傷だらけで。
 ねぐらに着いてお互いを見やると、笑えるぐれぇにびしょ濡れで泥んこで血に塗れてた。
 高揚した気分のまま、二人で一緒にバスルームに行って。脱いだ服はゴミ箱に突っ込んで、熱い湯を浴びた。
「なぁ、悟浄、お前さぁ…」
 急に鷭里が声をかけてきて、背後から抱きつかれる。
 あまりに急なことに俺は動きを止めてしまった。
「な…何、しやがるっ!」
 鷭里の手が俺のに伸びてきて、俺は思いっきり鳩尾狙って肘を突き出す。
 それは予想された反撃だったのか、奴はそれを軽々と空いた方の手で受け止めると俺のをその手の中に納めてしまった。
「て、めっ! 頭、沸いてんのかっ!」
「どーだろーな。いいんじゃね? たまには」
 笑いを含んだ声で言われ、俺は完全に頭に血が昇った。
 つるんで喧嘩に明け暮れ、酒を飲み、煙草を吸い…奴は喧嘩に強い俺と組んで街を闊歩し、俺は全部忘れさせてくれる怠惰なこの毎日が楽だから、一緒にいる。それだけの関係。
 なのに。
 鷭里の手は俺のを扱き上げる。俺は抵抗しようと暴れるが、急所をしっかり握られていてはできることなんざたかが知れてる。
 結局俺は、鷭里の手の中に果ててしまった。
「は…はぁ……一体何のつもりだ、てめぇ……」
 思わすその場に座りこんだ俺は鷭里を睨み付けるように見上げた。
「お前さ、ちゃんとヌイてる? 最近のお前はよ、なんつーか、ブレてんだよな、喧嘩に。んで、タマッてんじゃねぇかと思って、手伝ってやったんじゃん。つか……」
 急にニヤニヤとイヤらしい笑いを浮かべる。
「お前、オンナとシたことねぇの? 俺の…ヤローの手コキで簡単にイッちまうなんてよ」
「う…うるせぇ!」
 んなもんにどう反応しろ、ってんだ。さらに睨み付けてやると、鷭里は楽しそうに笑った。
「図星、だな。よし、明日はオンナんとこ、連れてってやっか。ドーテー君なんてモテねぇぞ? さっさと筆下ろししちまえ?」
 兄貴然としたふざけた真顔で俺の頭を軽く叩くと、鷭里は一人でさっさとバスルームから出て行ってしまった。
 ったく…どーしろ、ってんだ……。


 俺はオンナが怖かった。
 夜毎にあのヒトが兄貴に…爾燕に抱かれて上げる嬌声が……。
 それが何の声か…わかりたくなかった。
 俺の知ってるオンナはあのヒトだけで…あのヒトが俺を見る目が…オンナが俺を見る目のすべてだった。
 虫けらでも見るような、目。
 憎いものを見る、目。
 憎悪の感情に支配された、目。
 悲しい、目。
 苦しい、目。
 そして……死人の……目。
 オンナが俺に向ける目は、きっと…。
 鷭里がオンナを連れてねぐらに帰って来ると、俺は目をあわせないようにした。
 あのヒトが俺に向けた視線のどれかを見てしまうのが怖かった、から。
 鷭里がオンナと部屋に引っ込むと、でかけるようにした。
 あのヒトの嬌声を思い出すのがイヤだった、から。
 そんな俺が、オンナと、だって……?
 そんなの、無理だ…。


 鷭里には…いや、誰にも…オンナが怖い、なんて言ったことはねぇ。
 言うつもりもねぇし、知られたくもなかった。
 だから結局、誘われるまま、奴の行きつけだという娼館に来ていた。
「……つ~わけで、こいつさ。まっすぐにオンナの顔も見られねぇぐれぇ初心な奴だけどよ、よろしく頼むわ、藤華(とうか)」
 下を向いたままの俺の視界の中にすらり、と細くて綺麗な指をした手が差し出された。
「行きましょう?」
 耳元で囁かれる声はすげー穏やかで。
 あのヒトの興奮したような声とあの嬌声しか知らない俺には新鮮だった。
 ゆっくりと顔を上げると、名前のままに薄紫に染められた髪の優しい顔があった。
 そして、俺の知らない、優しい目をしてた。


 オンナはあのヒトだけじゃ、なかった。
 鷭里が紹介してくれたオンナはずっと優しい目をしてて、優しい声をしてて…。
 記憶の彼方に消えてしまった、ずっと昔の…あのヒトではない、母親の胸に抱かれるようで。
 柔らかくて、あったかくて…幸せな気分、ってやつを存分に味わった。





 藤の花が咲いてた。
 この花を見るとあの女を思い出す。
 俺の初めてのオンナ。
 藤華、という名の、優しい娼婦のことを…。



 頭が真っ白になって…。
 目の前で、三蔵が、悟浄が、悟空が倒れて…。
 八戒は無意識に自分の妖力制御装置に手をかけ、外した。
 敵が倒れ、回りが静寂に包まれても、八戒の破壊衝動は収まらなかった。
 ただの物体と化した敵の屍を破壊する。
 暴走する、ってこういうことなんだろうか…頭の片隅で理性が冷静に思っている。苦しいけれど、その感覚はどこか恍惚とした抑揚で精神を蝕んでゆく。
 動くものに無意識に反応する。
 全身の蔦がその影に絡みつく。伸びた爪が獲物目掛けて振り下ろされる。
 紅い、色……。
「ばっ…かっ……八戒!!」
 それは男の色なのか、それとも……。
 鳩尾を力一杯殴られて力が抜けた一瞬に、八戒は制御装置を装着されて、意識を失った。


 八戒が意識を取り戻すとベッドに寝かされていた。
 目の前には悟浄がいる。
「悟浄! 三蔵は? 悟空は?!」
 がばり、と起き上がりきょろきょろと部屋の中を見回す八戒に悟浄は苦笑する。
「二人とも無事。お前が一番遅くまで寝てたんだぜ?」
「そう、ですか…」
 ほっとしたような表情で悟浄を見やって、八戒の顔が急に強張る。
 両腕に結構深い行く筋もの傷と首には、何かで…そう、蔦で締められたような、跡。
「オマエ、さ…。むやみやたらに制御装置外すんじゃねぇぞ?」
 傷に恐る恐る手を伸ばす八戒に、不機嫌そうな声で悟浄は言った。
「すみません……でした…」
 八戒は指先で傷に触れると、何か熱いものにでも触ったかのように、びくり、と手を引っ込めた。
「悟浄……僕が…怖くない、んですか……?」
 呟かれるその言葉に。
「オマエはオマエ、だろ?」
 悟浄はそれだけ言うと目を閉じてしまう。
 そんな悟浄に、八戒は救われた思いで、自分がつけた傷を治癒するために気孔を使った。




 花見しよう。

 言いだしたのは誰だったのか…。ただ、誰も反対しなかったから。


 夜遅くに着いた街での夜明け。
 与えられた個室で寝るでも起きるでもなく窓の外を見てたら、徐々に明るくなってくる空の下に一面の薄桃色が広がってた。
 その桜に浮かれたかのような街の様子に触発されたんだろうな…。
 
「悟浄は場所取りをお願いしますね?」
 それが当たり前だと言うように言われた。
「僕は宿の調理場を借りてお弁当を作ってから行きます」
「三蔵や悟空はど~なんだよ」
「三蔵が動くと思いますか? 悟空がじっとしてると思いますか?」
 消去法で貴方なんですよ、悟浄。
 そう言われて…仕方ないから同意した。
「お酒買って行って、先に飲んでてもいいですから、ね?」
 俺を送りだそうとする八戒に、俺は街から少し離れた丘の上の大きな桜の樹を指した。
「あそこで待ってるわ」


 酒を買って。八戒に言った樹の下に来た。
 ここまで来る途中の桜の下ではそこここで花見をしてる奴がいたのに、ここは静かで。
 樹はすげぇ大きくて、空一杯に伸ばした枝は満開で。
 樹の下に買い込んだ酒を置くと、散った花びらが一面に敷き詰められたかのような地面に横たわった。
 快晴の青い空と桜の薄桃色のコントラスト。穏やかに吹く風に、心地好くてうとうととした。


 急に一陣の強い風が吹く。
 身体を起こすと、花びらが視界を埋めていて……それが落ち着くと、樹の前に真っ黒な人影があった。
 あまりに唐突な出現に一瞬、どうしたらいいのかわからなくなる。
 それでも身体を反転させて起き上がると、手には錫杖を取りだして身構えていた。
「なんだ、てめぇ…」
 足元の花びらを踏みしめたまま、じりり、と一歩近づく。
 出てきたそいつは俺をまっすぐに見つめひどく不思議そうな顔をすると、きょろきょろと辺りを見回す。その姿に敵意は感じず、思わず力が抜けた。
「なんなんだよ、あんた…」
 力が抜けた拍子に錫杖が消える。
「ここは、どこだ?」
 まっすぐに俺を見てるから俺に聞いているんだろう。
「まさかその後に、俺は誰だ? とか言い出さねぇだろうな?」
 場所を聞かれたって、街の名前すらあやふやだから、誤魔化すように言ってみる。
「あ~…それはわかってんぜ?」
 困ったように頭を掻く男に、俺は苦笑いしかできなかった。
 敵意のての字すら感じられなかった男に武器を向けてしまったことへの申し訳なさもあったのかもしれない。
「さて…どうしたもんかね…」
 相変わらず困ったような顔で辺りを見渡す男に。
「ど~したのよ?」
 思わず声をかけていた。野郎が困ろうがどうしようが知ったこっちゃねぇとは思うんだが…。
「あ~…いや…ま、なんとかなんだろ…」
 俺の方を見ると男はどこか諦めたような表情を浮かべ、樹の下に座りこんだ。
「あ……」
 俺が場所取りしてんのに…。
 思わず呟くと、男はきょとん、とした顔で俺を見上げた。
「場所取り?」
「そ、花見の、な。仲間が来んの待ってんの」
 言いながら、別にこいつ、花見に来たわけじゃねぇよな、と思い直す。
「あのさ、よかったらあんたも混ざる?」
 気がつくと誘っていた。
「仲間と飲むんだろ?」
 男は根元に置かれた酒に気付いたようで、そこを見ながら心配気に聞いた。
「あいつらなら一人ぐれぇ増えても文句言わねぇと思うけどなぁ…。あ、そだ。今から飲んでるか。すでに飲んでりゃ、追い出したりしねぇだろ~し。先に一人で呑んでていい、つってたし。ど?」
 手近な酒の瓶を取って軽く振って見せる。一人で呑むより共犯者がいたほうが楽しいし。
 男もまんざらではない顔をしたから、俺は一緒に持って来ていたカップを二つ取ると、男の前に座った。


 男はどこから取り出したのか白い盃で俺の差し出す酒を受けている。
 俺は旅の共に、とそれぞれが買ったホーローのマグカップを片手に男の酒を受ける。
 お互いに名乗らない。二人しかいなけりゃ、話せば相手しかいねぇんだし、別に困ることもねぇ。
「お前の仲間はお前を入れて4人か…」
 カップを見て確認したらしい。俺のは赤、八戒のは緑、悟空のは黄色で、三蔵は派手な色は嫌だ、と白いカップを使っている。
 俺は男を観察する。黒くて短い髪に、紫がかった瞳。白い肩当てのついた黒くて丈のある服はどこか堅苦しくて…軍人かなんかのようだった。
 逢って間もないのに、桜の下から急に現れたのに、俺はなぜかその男に親近感を覚えていた。男もそうなんだろう。大して会話もしてねぇのに、男といるのは無性に心地好かったから。
 男が懐から出した煙草をくしゃり、と握り潰す。
「あれ? 切れてんの? 俺のでよけりゃ、吸うか?」
 俺は煙草を差し出し、火を点けてやる。男の煙草はあんま見かけねぇもんだったけど、ハイライトはお気に召したらしい。美味そうに吸うそれにつられたように、煙草の本数も進んだ。そして、酒も。
「この煙草、気に入った? 良かったら持ってく?」
 二箱ほど渡すと男は嬉しそうに受け取った。
「ところでさ、そんなカップで飲んで美味いのか?」
 俺がカップで酒を飲んでいるのがどうにも不思議らしい。最初からそんな目で見られてんなぁ、とは思ったけど、まっすぐに聞かれるとは思ってなかった。
「美味い、ぜ? ま、俺らずっと旅してっし、壊れ物持って歩くわけにもいかねぇからなぁ。酒も珈琲もスープもみんなこれだ。慣れた、って方が正しいのかもしんねぇけどさ」
「慣れ、か…。まぁ、そんなもんかもしれねぇなぁ…」
 男は持っていた盃を地面に置くと、俺に手を差し出した。
「ん?」
「それ、見せてくれねぇか?」
 なぜか興味津々な様子でいる男に俺は酒が入ったままのカップを差し出した。
「珍しくもなんともねぇだろ? どこにでもあるようなカップだぜ?」
「どこにでもある、のか…丈夫で軽くて…いいな、これ…」
「悟浄! お待たせしました~」
 丘の下の方で八戒の声がして昇ってくる。その声に気付いて男が立ち上がり、俺も立ち上がった。八戒の姿が見え……。
 そこで、また、一陣の強い風が、吹いた。


 風が一瞬視界を覆い、舞い上がり舞い散った桜の花びらが落ち着くと目の前には八戒がいた。
「八戒…こい…つ…」
「どなたか、いらっしゃったんですか?」
 きょろきょろと辺りを見回す八戒と一緒になって俺も樹の後ろまで回ってみるが、男はいなくて…。
「いや、なんでもねぇわ」
「桜の精にでも逢いました?」
 くすくすと笑いながら八戒が聞く。男の容姿を思い浮かべて俺は首を傾げた。
「桜の精、ねぇ…」
「この桜は樹齢1000年以上にもなるようですよ。樹上でたまに紅く光るものが見える、とか言われていて街の人は近づかないそうです。桜の精がいても不思議じゃないでしょう? どんな美人さんでした?」
「美人……? じゃねぇな…ヤローだったし…軍人みてぇだった…な…」
 強風にも奇跡的に倒れずにいた、白い盃を手に取る。一枚の花びらが浮かんだその中の酒を一息に飲み干した。
「軍人、か…。桜の樹の下には屍体が埋まっているとも言うからな…桜の精とやらも血生臭ぇのかもしんねぇな…」
 持っている荷物を揺らさないように、とゆっくり歩く悟空にあわせ、のんびりと歩いていた三蔵が樹の下に来ると桜を見上げながらとんでもねぇことを言いだした。
「三蔵、悟浄はそういうの苦手なんですから…」
 俺が微妙な表情をしたせいだろう、八戒が苦笑しながら言う。
「なんかさ…兄貴、みてぇだった…」
 盃を見つめながら男を思いだして出た言葉がそれだった。自分でも驚いたけど、それに対しては他の3人も驚いたようだった。
「独角兕、だったのか?」
 きょとん、としたように悟空が聞く。
「んなわけあっかよ、バカ猿」
「だから俺は猿じゃねぇ!」
 お約束とばかりに飛びかかってくる悟空をそのまま受け止め、一緒に桜の下に転がった。
「そんなんじゃねぇ…けどさ…なんつ~か…懐かしかったんだよ…」
 見上げる薄桃色と空色のコントラストは相変わらず綺麗だった。
「さ、じゃれてないで。食べますよ、お弁当」
 俺と悟空を見てた八戒が、悟空が細心の注意を払って持って来た大きな包みを広げる。
 悟空は俺から離れると広げた弁当の前に行く。俺も起き上がると、にこにこと笑う八戒と仏頂面でいる三蔵の間に移動した。
「まずは、乾杯ですね」
 俺が持って来ていた酒の中からそれぞれのカップを探し出していた八戒は、手を止める。
「悟浄? 貴方のカップが見当たらないんですけど…」
 ちょっと困惑したような声に、そ~いや男に渡したままだった、ということに気付いて俺も困惑した。
「俺はこれで飲むわ」
 白い盃が手元に残り、俺のカップはあの男の手に。
 それはあの男が本当にその場にいた証拠のようで…。
「いいですけど…。無くしたのなら、新しいのを買わないといけませんねぇ…。あんな派手な色のを無くすなんて…」
「桜の精、とやらと交換したんだよ、こいつと」
 にやり、と笑って見せると八戒は困ったように笑ってから、三蔵と自分のカップ、そして俺の手の盃に酒を満たし、悟空にはコーラを手渡した。


「では、乾杯」
 こういう時、面白がって音頭を取るのはいつも八戒で。
「何に乾杯するってんだ?」
 それに乗らずに水を差すのが三蔵で。
「なんでもいいじゃん。早く喰おうぜ!」
 それに頓着しないのが悟空で。
「桜に、でいいんじゃねぇの?」
 適当なことを言うのが俺。
「そう、ですね…。悟浄の桜の精に、でいかがですか?」
 笑いながら八戒がカップを軽く上げて、しぶしぶといった表情で三蔵もそれに倣い、俺はどこか釈然としない表情でそれに従った。
「桜の精に!」
 悟空が大きな声で言うと大きな声を上げる。
 その悟空の声に応対するかのようにまた、一陣の強い風が吹いた。
 桜の精…あの男も仲間に入りてぇのかな…ふとそんなことを思って樹を見上げると、俺の頭の上に何かがヒットした。
「いってぇ…」
 それはかなりの衝撃で、俺はその場に頭を押さえて蹲る。
 俺の頭の上に落ちてきたものを八戒が拾った。
「これ……貴方のカップじゃありませんか?」
「なんだよ、悟浄。どこ置いてたんだよ、自分のカップ」
 すでに弁当に手をつけながら笑う悟空に八戒が困ったような笑顔を向ける。
「三蔵、これ…」
 まだ痛む頭を摩りながら、俺も三蔵と一緒に八戒の手の中にあるカップを見た。
 それは確かに俺のカップのようだったけど、紅い色はかなり褪せ、ボロボロで取っ手は取れかけ、穴さえ開いていた。
「街の人の言っていた紅く光るもの、ってこれだったんでしょうか…」
 俺たちはお互いに狐に摘まれたような表情の顔をつきあわせた。
「そう、かもしれんな…。…おい、悟浄。お前、何と逢ったんだ?」
 それは俺が聞きてぇ、そう答えながら八戒の手からそのカップを受け取る。
「どちらにしても、新しいカップは必要ですね」
 深く考えてもどうしようもないことは深く考えない。それがいつしか俺たちの中に出来たルール。
 俺はそのカップを傍らに置くと、悟空に全部喰われちまう前に、八戒の手製弁当に箸を伸ばした。


 たくさん食ってたくさん飲んで。おまけにそこで昼寝までして。
 夕方、薄桃色と夕焼け色の頭の上の色を堪能して。
 そこを後にしようとした時、俺は男の残して行った盃を桜の樹の下に小さく穴を掘ると埋めた。
 何か…ずっと心に残っていた遠い遠い約束を果たせた満足感のようなものが……あった。


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