くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
Category:最遊記
雨に降られて夜遅く到着した町の宿。
「ツインが二つならご用意できますが…」
宿の主の言葉に、難ありなんだな、と薄々気付いていました。
話を聞くと、一方はセミダブルのベッドが二つある大きな部屋だけれど、シャワーが壊れており、もう一つは、納戸を無理矢理客室にしたような小さな部屋だという。
それでかまわない、と三蔵が答え、僕らはその宿で一晩を過ごすことにしました。
ずぶ濡れの僕たちはとりあえず、小さな方の部屋に集合しました。
シャワーを浴びる為です。
本当に小さな部屋でベッド二つと申し訳程度に置かれた二脚の椅子と小さなテーブルで一杯でした。
そこでそれぞれが濡れた服を脱ぎ、僕はまず三蔵をシャワールームに押し込みました。
「まだ暑い時期とはいえ、朝晩は大分涼しくなりましたからね、三蔵に風邪でも引かれては困りますし」
三蔵がシャワーを使っている間に荷物を整理して、その中からそれぞれの着替えと探し物を見つけると、三蔵が出て来ました。
入れ替わりに悟空をシャワールームへ追いやると、バスローブを羽織った三蔵を誰かが寝る事になるベッドの上に座らせます。
「三蔵、ここに座ってくださいね?」
俺が出てくると、待ってましたとばかりに八戒がにこにこと声をかけてきた。手にはドライヤーを持っている。
「いらん」
断って部屋を出ようとしたが、思いっきり阻まれた。
「たまにはきちんとお手入れした方がいいんですよ? 髪の毛、薄くなったら困るでしょう?」
俺の髪を意味深に見やがって…。
「バカッパ、笑ってんじゃねぇ!」
くすくすと笑う悟浄に一発叩きこんでから、俺は八戒の言うまま、示されたベッドの上に腰を落ち着けた。
「ホント、どっから出すんだよ、そんなもん…」
俺の手に握られたハリセンを恨めしそうに見てる悟浄を無視して、早くやれ、と八戒を促した。
髪に何かを塗られ、軽くマッサージをされる。
それからドライヤーの熱を当てられ、徐々に乾かされていく自分の髪が感じられた。
「おい、くすぐってぇ…」
乾いた髪がふわふわと頬にかかるのがうざったい。
そう告げると八戒は微かに笑ったようだった。
「もう少しですから、我慢してくださいね?」
そう言われてはどうすることもできない。
「はい、できましたよ」
満足そうに言う八戒に、シャワーから出てきた悟空と入れ替わるようにして俺はシャワールームに入った。
「おい、なんで完全ストレートになってる…これじゃうぜぇだろうが。やりなおせ」
悟浄のようにまっすぐに整えられた髪に、俺は異を唱えた。
「え…ダメですか? すみません…。整髪剤が間違っていたようですね…」
ごそごそと荷物を漁り、違う瓶を取りだす八戒に俺は呆れた。こいつ、俺たちそれぞれの髪質にあわせた整髪剤持ってやがるのか?
「あ、悟空、待っていてくださいね? 悟空の髪も乾かしますから。悟浄、貴方もシャワーを浴びてきてください」
きびきびと指示を出す八戒の前に俺はもう一度納まった。
「へいへい、っと。ったく、三蔵サマはうるさいんだなぁ…」
呆れたように言って椅子から立ち上がった悟浄にもう一発食らわせようと思ったが、シャワールームに逃げられた。
「ちっ」
舌打ちする俺の頭を笑いながらもう一度マッサージして、八戒が整える。
「今度はどうです?」
鏡で確認するまでもなく、さらさらとうざったい感じがしないだけで、十分だった。
「俺は広い方の部屋で寝る。先に行く」
用意された着替えを持って、その狭苦しい部屋を後にした。
「さ、次は悟空の番ですよ?」
八戒に声をかけられ、俺はさっきまで三蔵の座ってた場所に座る。
わし、と掴まれたら、なんかすごく痛かった。
「八戒、痛ぇよ」
俺がそう言うと、八戒は困ったような顔をした。
「悟空…ちゃんとコンディショナー使いました?」
「こんでぃしょなー? 何? それ?」
聞き慣れない言葉に俺は首を傾げる。
「シャンプーの横に並んでませんでした?」
「え? 俺、シャンプーなんて使わねぇもん」
「え? じゃぁ、お湯で流しただけですか?」
「え? 石鹸だけど? 三蔵といた寺じゃみんなそうしてたし」
はぁ、と八戒がため息をつくのが聞こえた。
「まぁ、剃髪したお坊さんならそれでもいいでしょうけど…悟空、これじゃ髪、傷んじゃいますよ…。今度からちゃんとシャンプー使ってくださいね? 悟空の髪は多くて硬いんですから、絡んだら痛いでしょう? まぁ、今まで気付かなかった僕も悪いんでしょうけど…」
ごそごそと八戒が荷物の中を探して、出してきた瓶の中身を手に取ると、俺の髪に塗り始めた。
「あの、悟空? つかぬことを聞きますけど…毎朝、髪を梳かしてます?」
俺はそれにぶんぶんと首を振った。
「じゃ、あの髪型は…寝癖だったんですね…」
「ごめん…」
呆れたような声に俺はなんか怒られたような気がして、謝っていた。
「謝らなくていいんですよ? 今度から気をつけてくれれば」
ドライヤーしますからね、ちょっと熱いですよ、という八戒の言葉をかき消すように大きな音が耳元でして、俺の髪が八戒の手でわしゃわしゃとかき混ぜられる。
「八戒っ! くすぐってぇよ~」
思わずもぞもぞと動くと、動かないでください、と注意され、俺は我慢した。
「はい、終わりましたよ」
ドライヤーの音が止まり、八戒の声がすると、なんか髪がふわふわとしてて変な感じがしたけど、思ったより気持ち良かった。
「またやってな」
「いいですよ」
俺が言うと八戒は優しく嬉しそうに笑った。
八戒にお休みと言うと、俺は三蔵の寝てる部屋に行った。
わしわしと洗った髪を拭きながらシャワーから出ると悟空が部屋と出て行くとこだった。
「あ、悟浄、丁度良かったです。貴方の髪も乾かしますから、ここに」
八戒がにっこりと笑って言うもんで、思わず素直に座っちまった。
「久しぶりですね、貴方の髪をこうやって弄るの」
そういや、旅に出る前はたまにこうやってかまってくれてたっけ。
「あ~、やっぱり少し傷んでますねぇ…。あ、枝毛が…」
言いながら、八戒が、なんか、洗い流さないタイプのトリートメントとかいうやつを髪につけていくのに任せて、俺は煙草に火をつけた。
灰皿を持たされ、俺はされるがままになる。
「頭皮ケアもしておきましょうね?」
マッサージまでされる。昔はこの髪が嫌いだったが、それを好きだと思わせてくれたのは、八戒と悟空だった。そして、この色に執着した八戒がこうやって髪の手入れをしてくれるようになって、いつの間にかそれは俺の日常になっていた。
俺はくすくすと笑う。
「なんです? 急に笑いだして」
「いや、別に…。ただ、三蔵や悟空にやってやってたの、随分とぎこちなかったよな、と思ってさ。お前の手際も、あいつらの反応も」
それは、ねぇ…と言葉を濁す。
「僕も弄り慣れてませんし、彼らも構われ慣れてませんから…。さ、ドライヤーしますので、煙草は消してくださいね?」
俺が煙草を灰皿に押し付けると、それをテーブルに戻し、ドライヤーをあてはじめる。
わしゃわしゃと髪を掻き上げるように髪の根元から温風を当てられ、少しずつ乾いてゆく感覚を楽しむ。
こうやって構われるのは嫌いじゃねぇ。
正直、眠気が誘われるほどに気持ちいい。
いつの間にか、うとうととしちまったらしい。八戒に肩を叩かれて、俺はふと、我に返った。
「終わりましたからね、寝ていいですよ?」
言われるまま、俺は座っていたベッドにそのまま横になった。
僕は一仕事終えた気分でシャワーを浴びました。
誰も彼も無頓着なんですよねぇ…こういうことに。
鏡を前に僕は最後に自分の髪を弄ります。
油断をすると、朝には爆発したようになっている自分の髪質が面倒だと思うこともあるけれど、こうやって自分の髪を構っているうちに、他人の髪まで気になって…。
悟浄の素直な髪も、悟空の寝癖を思わせない寝癖な髪も本当は羨ましいんですけど…。
鏡を見ながら自分の髪を整えて…僕は一人、くすくすと笑った。
明日の朝が楽しみですね…。
「ちょっ! 八戒~~! なんだよこれ~~!!」
元気に部屋に飛び込んできたのは悟空で、その髪は彼の動作にさらさらと流れるような動きを見せていた。おかっぱというよりは少し短めで、しっかりとストレートになっている。
「うっせ~なぁ…猿…」
その大声にもそもそと布団から起き出して、悟浄が頭をぼりぼりと掻き毟る。
「……………」
「…ごじょ…う…どうしたんだ? その頭!!」
いつもなら、猿と言われた事に噛み付くはずの悟空が絶句する。
悟浄も、自分で触った髪の感じがいつもと違うことに驚いて、慌ててベッドから降りるとシャワールームの鏡を覗きこんだ。
「八戒のやろ~~!」
悟浄の髪は、見事な縦ロールがいくつも作られていた。
「ああ、起きましたか? おはようございます」
部屋から出ていた八戒が室内に戻ると何事もないかのようににっこりと微笑んで挨拶するのに、思わず気を削がれた二人だった。
「な…なぁ…八戒…俺の髪…」
悟空がおずおずと言うと、八戒はその頭を優しくなでる。
「似合ってますよ、悟空。貴方もね、悟浄」
「てめっ…俺にこんな頭で歩けってのかよっ」
「いいじゃないですか、一日ぐらい。頭洗ったら取れますから」
そう聞いて、悟浄はすごい勢いでシャワールームに入った。
悟空は、八戒に似合ってると言われて頭を撫でられたことで、まんざらでもない様子だった。
オチのないまま、終わる…ぐだぐだな日常のひとコマでした…。
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「やめて…かぁさん…ごめんなさい…許して………痛い…痛いよ…かぁさん……」
――― 誰か…助けて… ―――
言えない最後の言葉を飲み込んで…。
頭を抱えるように丸くなって、目尻に泪さえ浮かべて、強張った身体で目覚める朝は…最悪、だ…。
今夜の宿が個室だと決まった時点で、俺の心は夜の街に飛び出していた。
あいつと身体を繋げるようになってから、決まったことがある。
ツインの部屋に同室になったら繋がる。個室になったら、それぞれがゆっくりと休む。
大の男が二人、安宿の狭いベッドでゆっくりと眠れるわけもねぇから。
だから、俺は…夜の街に、飛び立つ。
ふらりと入った酒場のカウンターで隣に座った女と意気投合した。
お互いに一夜限りと割り切って名乗りもしなかったが、女がすっかり出来上がる頃には、俺は女の部屋に転がりこむことに話はまとまっていた。
腹の上で女を散々啼かせ、コトがすんだ俺が女を胸に抱いたまま煙草を咥えると、女はそれに火をつけてくてれから、そのまま吸い込まれるように眠りについたらしかった。
手を伸ばして、サイドボードに置かれた灰皿に煙草を押し付け、女を抱え込む。
そのまま眠りにつこうとしたが、どうにも寝つけない。
ゆっくりと身体を離しても、女は身じろぎすらしねぇほど、深い眠りの中。
俺はそのまま、そこを後にした。
宿に戻ってシャワーを浴びる。
皮膚が一枚脱げそうなほど、何度も何度も身体を洗う。
なんとか朝帰りにはならなかった。
朝帰りすると、あいつらの視線が痛いし…次回、同室になった時のあいつも怖い。
女の移り香があいつに知れたら、もっと…怖ぇ。
冷たい水、熱い湯を交互に浴びて、身体を引き締める。
何度目だったろう?
あいつと身体を繋げた後、眠りについた俺は…いつものあの夢を見た。
丸くなって強張った身体で…泪に霞む視界には、あいつの色が滲んで見えた。
何から身を守っているのか、と聞かれた。
何から、だろう?
ただ、黙って動かない首を無理矢理動かすようにして、首を振ったように憶えている。
そしたらあいつは、ただ微笑んで、俺の背中を撫でてくれた。
身体の強張りが、徐々に解けていくような気がした。
そして、あいつは俺を守ると言った。俺はあいつを守ると言った。
過去の呪縛が解けたわけじゃねぇけど、その夜以降、あいつの傍でだけは、夢を見なくなった。
シャワーを浴び終えてバスルームから出ると、外は薄っすらと白んでいた。
夜明け前だってのに、気の早い小鳥が囀ってるのが聞こえる。
一度入ったベッドで、やっぱり寝つけなくて、俺は部屋を出てあいつの部屋に忍びこんだ。
俺の気配に気づいたのか、あいつは無意識に狭いベッドの中、俺のための場所を開けた。
その空いた場所に俺は身体を滑りこませる。
濡れたままの髪を肩口に擦りつけるようにすると、冷たい、と言いながらもあいつの手は背中を撫でてくれた。
そうして俺は…夢を見ない、つかの間の眠りについた。
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深夜の人通りの途絶えた街の中を早足に歩く。
入った宿で運良く個室が取れたんで、食事がすむと俺は、酒場に繰り出した。
隣に座ってたかわいこちゃんと意気投合してしっかり飲んだ後、その子の部屋にしけこんだのは…日付が替わる前だったか…。
小さな部屋に一人暮らしだというその子のベッドに二人で飛び込んで、彼女が買い置きしてたのか前の男の忘れもんか知らねぇゴムを拝借して…たっぷりと楽しんだ。
俺の胸によりかかるその子の重みと温かさに微睡んで、ふと目覚めたのは、彼女が寝返りを打って俺の上から退けたから、だろうか。
もう一度彼女を腕の中に抱きこんで眠っても良かったが、朝帰りした時のあいつらの目を思い出すとどうにもそんな気分にもなれず、俺はそこを抜けだした。
部屋に帰りつくと、狭くてそっけない寒ささえ感じるような真っ白なシーツのベッドが一つ。
そのままそこに入る気もしなくて、シャワーを浴びる。
それ以上、時間を潰す術を見つけられず、俺は仕方なくベッドに入った。
小さなベッドの隅っこで身体を丸める。
こうやって身体を丸めて眠るのは、なにかから自分を守りたいからなんだと聞いた覚えがある。
俺は何から身を守りたいんだろう?
これは、餓鬼の頃からの、癖。
あのヒトから…あのヒトが振り上げる手から、自分を守りたかったのだろうか…。
だったら、なぜ、今でもこの癖は抜けない?
誰かの温もりが欲しい、から?
夜の闇の中、独り寝で見る夢はいつも悪夢で………。
窓の外が、ゆっくりと白んでゆく。
早起きな小鳥たちが、新しい一日の始まりを楽しそうに告げる声がする。
枕元の安っぽいデジタル時計を見ると、4時半過ぎ。
闇が徐々に光に侵蝕されてくる部屋の中、俺は僅かな時間の微睡みに身を委ねた。
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しとしとと、雨が降ってた。
入った店から一歩出て、八戒が少し表情を歪ませる。
「だから出かけるの、嫌だったんですよ…」
ため息が聞こえる。
美味い酒と美味い料理を堪能した後の表情としては頂けねぇ。
「傘、借りてきますか…」
今出た店に戻ろうとする八戒を俺は止めた。
「春雨じゃ、濡れて行こう」
芝居がかった調子で俺が言うと、思わず、と言った感じで八戒が噴き出した。
「なんですか、それ…」
「桃源郷から東に行ったとこにある小さな島国の芝居の台詞だ」
変なこと知ってますねぇ…少し呆れたように言いながら、それでもさっきの暗い表情は晴れたようだった。
「でも…今夜の雨は冷たいですよ? 帰るまでに身体がすっかり冷えてしまいそうです」
「ん? いいじゃん。冷えたらあったまれば。お互いの温もりで温めあおうぜ?」
俺は無防備に向けられた八戒の右の頬に掠めるようなキスを贈るとしっかりと手を握り、しとしとと冷たい春の雨で煙る街の中に走り出した。
Category:最遊記
道端に咲いていた花を見て、彼女を思い出しました。
ひっそりと静かにいつも微笑んでいた、そんな雰囲気が、彼女にもこの花にもある。その表情だけを思い出したいといつも、思う。
スノーフレーク。
この花の花言葉が「純潔」だと知って…その悪いジョークのような言葉に思わず笑ってしまう。
純潔?
姉弟で愛し合った彼女が…。
いや、彼女をそう変えてしまったのは、僕…。
僕と出会わなければ、彼女はあの純真な笑顔を…愛する誰かのために、今も見せていたかもしれない…。
あんな死に方をしなかったかもしれない…。
雪の薄片のように…溶けるようにして消えた…彼女の命…。
その意味では、この花は彼女なのかもしれない。
花喃…
綺麗な花を見て、可愛い花を見て思い出す君の姿はいつも…
最後の時の血に染まった笑顔だけなんだ…。
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プロフィール
夏風亭心太
酒、煙草が好き。
猫好き、爬虫類好き。でも、虫は全部駄目。
夜が好き。月が好き。雨の日が好き。
こんな奴ですが、よろしくお願いします。
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猫好き、爬虫類好き。でも、虫は全部駄目。
夜が好き。月が好き。雨の日が好き。
こんな奴ですが、よろしくお願いします。
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