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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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 朝からの雨で出立は延期。
 小さな村の小さな宿で四人同室。

 あ~…空気が重ぇ。

 相変わらず、三蔵と八戒は雨の日にはアンニュイになってる。
 こんな日はさすがの悟空も少し大人しい。
 空気を読める程度には大人になった、ってことか。

 八戒がリストを書いて、三蔵からカードを預かると、俺は悟空を誘って買い物に出た。
 三蔵が、悟空に飯を食わせて来い、と言う。

 そういうのに煩わされたくねぇ、ってことか。

 買い物をすませ、大して広くない村を隅から隅まで探索して、悟空に飯を食わせて、夜になって宿に帰る。

 読んでいた本から顔を上げ、ご苦労様です、と八戒が声をかけてきた。
 俺らが出て行った時とほとんど動いてないかのような二人。

 ほら、と俺は二人にラップで包んだ大きな握り飯を軽く投げた。
 夕飯を食った食堂で無理言って分けて貰った飯で、その店のお薦めだって言う豚の角煮を包んだ、握り飯。
 形はやっぱ、八戒が作るのより悪ぃが、大丈夫だろ。

 二人とも片手で器用に受け取り、なんだ? と三蔵が言う。
 どうせ、飯食ってねぇんだろうが。 俺が言うと、見透かされてますねぇ、と八戒が苦笑した。

 いただきますか、お茶でも淹れましょうね、と立ち上がる八戒と動こうともしない三蔵に俺はビールを投げてやる。
 悟空は俺が連れ回したせいで自分に与えられたベッドの上でジープと遊びながらうつらうつらしている。

 窓を雨が叩いている。閉まっていたカーテンを開けて、俺は窓に当たる雨粒を見ながら自分に与えられた窓辺のベッドに腰を下ろす。
 三蔵と八戒は無言のままだ。
 握り飯を食っているのか、ビールを飲んでいるのか…何も手をつけずにいるのか…背を向けている俺にはわからない。

 俺は自分の缶ビールを開け、タバコに火をつける。

 あいつらが雨を苦手とするのは仕方ねぇ。
 俺にだって苦手なもんはある。
 どうしようもねぇ、思い。

 けど…雨の日はいつまでも続かない。
 あいつらも俺も…随分と苦手意識は薄れているのは確かだろう。
 仲間と出会えたことで…。

 悟空を連れ回したせいで、俺も疲れていたんだろう、いつの間にかうつらうつらしていたらしい。

 ん…眩しい……

 目が覚めると、綺麗な月が顔を覗かせていた。
 起き上がると、その月をまっすぐに見る。
 窓を開けると、少し湿った冷たい空気が部屋の中に流れ込んできた。
 その風に乗せる様に、タバコに火をつけ、煙を流す。
 きしっ、と小さな音がして、誰かが俺の隣に立つ。
 しゅっ、と小さな音がして、俺のタバコじゃない、煙草の香りと煙が風に乗る。
 こいつら、起きてたのか。

 雨、上がりましたね。明日は発てますね。

 隣に立つ八戒が言う。
 そうだな、短く答える三蔵の声は背後から。

 何事もなく過ぎた、雨の日。
 それぞれが自分の思いを胸の中で確認した、そんな一日。


 月は観ていた。


 雨あがりの空の月も、また………。



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―― 雨が降っていた ――



 窓際のベッドの上で三蔵が片膝を立て、もう片方の足を投げ出すようにして、ベッドヘッドに身体を預けて座っている。
 部屋の明かりは点けず、雨が降ってはいても明るい昼間の外の光りが窓から入り、その姿はシルエットのように浮かんで見えた。

 悟浄は悟空を連れて買い出しにでかけている。
 宿の部屋には、三蔵と僕の二人、だった。

 ―― 雨は苦手… ――

 それは僕も三蔵も一緒。
 思いだしたくない、けれど、忘れることは許されない…いや…思いださなければならない辛い過去を記憶の奥深くから浮き上がらせる。

 目を背けず、向かい合うこと。それが、僕に課せられた償いだとずっと思っていた。
 だから…いつも、無理をして笑っていた。
 けれど、それは違うのだと、三蔵は教えてくれた。
 無理をして笑っていることはないのだと…そう言って、自分も辛いだろう雨の日にかすかに笑って見せた。

 それからは、僕も無理に笑って見せることはやめた。
 そうすることで、なぜかホッとしたように見えた悟浄の顔が印象的だった。
 そして、三蔵と僕を静かに過ごさせてくれようと、雨の日は悟空を連れて出かけるのが、悟浄の習慣になった。

 いつから、だろう?
 雨の日は二人で過ごすのが当たり前になって…お互いに相手に干渉せずに過ごしていた、筈なのに…。
 気がつくと、僕はいつも、雨を感じている三蔵を見ていた。
 最初は…僕の感情と…彼の感情を感じていただけだった筈なのに…。

「三蔵、お茶、飲みます?」

 外しがたい視線を無理矢理外して、僕は声をかける。
 返事はないが、僕はお茶を淹れた。
 湯のみを渡すと、指が触れる。
 その冷たさに、どきり、とする。その手を握って温めたい、と思った。

「何だ?」

 いえ…なんでも……僕は言葉を濁して、自分のお茶を手に宿の部屋に備え付けの椅子に座った。
 湯呑みが運ばれる口元に目が吸い寄せられる。
 飲み下す喉元の動きにまだ何も飲まぬ自分の喉も動くのが感じられる。

 普段はまっすぐにすべてを射抜くような光で何もかもを見つめる紫の瞳が、憂いを含み、少し暗い色に染まっている。
 太陽を受けて黄金色に輝く髪が、雨の日の淡い光に…くすんで見える。
 張りを持って堂々と発せられる声が、呟くような囁くような声になる。

 それ以外の色を見たい、声を聞きたい、と最近の僕は…三蔵を見ると思ってしまう。
 悟浄と悟空に早く戻って来て欲しい、と思いつつ、ずっと戻って欲しくない、とも思う。

 僕は…何か…どこか…狂ってしまったのだろうか…。



 悲しい記憶の雨の中で……。





 どうしてこうなるんだか…たった一晩の宿の部屋で…。

 朝食を済ませて出立の準備のために一人先に部屋に戻った僕は、改めてその部屋の惨状にため息を吐いて散らかった部屋を片付け始めた。

 これじゃぁ、持って行く物と捨てて行って良いものの区別もつかない。それに、いくら商売とはいえ、宿屋の方にも申し訳がないくらいの散らかりよう。

 ゴミを集めて必要な物を荷物に詰めて……

「八戒~、準備出来たかぁ?」

 悟浄が顔を覗かせる。相変わらずの咥えタバコで捨て場に困ったのか、手近な缶を手にする。

「悟浄…っ!」

 また缶を灰皿代わりにするつもりですかっ、といいかけたところで今度は悟空が飛び込んできて、集めたゴミを漁り始めた。

「俺の菓子、残ってただろ~~!」

「悟空っ!」

 せっかく集めたゴミを…僕は思わず悲鳴に似た声をあげてしまい、そこへ戻って来た三蔵に顔を顰められる。

「煩ぇ。まだ、準備出来てねぇのか…」

 誰のせいだと……僕の中で何かがぶち切れる音が、した。

「誰のせいだと思っているんですかっ! あなたたちが、部屋を綺麗に使わないからでしょっ!」

 僕の剣幕にぽかん、とする三人を後ろに、僕は部屋を飛び出していた。



 飛び出してはみたもののまったく知らない町の中、行くあてなどあるわけもなく、僕は途方に暮れて、宿に入れてもらうことの出来なかったジープの傍で佇んでいる。

 いつも彼らは散かすばかり。僕がどんな思いで片付けているのかなんて、考えたこともないんでしょう。

 そりゃ、保父を買って出てる場面もありますよ。
 ありますけど、だからって、なんでもかんでも僕にやらせるのは間違ってる、とは思わないんでしょうか、あの人たちは…。

 悟浄は今でも手近に灰皿が見当たらないと空き缶が灰皿ですし、悟空はいくら言っても食べ散かすことをやめない。
 目の前にゴミ箱があってもその辺りにゴミはぽいっ。
 三蔵は、自分から率先して散かしたりはしないものの、いつも傍観者で他人事。
 僕が何をしているのか知っているんだったら、もう少し、悟空や悟浄に注意してもいいでしょうに…。いつでも何事もなかったような顔をして、知らん振り。

 野宿での食事の支度も、宿に泊まった時の洗濯も、運転も…全部、僕。

 そりゃ、悟浄に食事の用意をさせたら後片付けが大変ですし、食べられればなんでもいい、って全部をぶち込むような感じの料理ですよ。
 悟空に洗濯を手伝って貰ったら、服は破けちゃいましたよ。
 三蔵に運転を任せたら…ブレーキとアクセルの区別もつきませんでしたよ。

 僕がやったほうが結局、安全で簡単だってことわかってます。
 それはいいんですよ。
 だったらせめて…自分の身の回りのことぐらい、自分でしてくれたっていいじゃないですか。
 ゴミの始末すら出来ないなんて、あの人たちの神経はどうなっているでしょう…。

 僕はジープの助手席に座る。
 いくら腹を立てていても、旅は一緒に続ける。この場で袂を分かつのがどれだけ愚かな行為か判っているから。

「あ、八戒いた~~」

 無邪気な様子で悟空が僕を見つけて走って来て、違和感を感じたのか、立ち止まる。
 悟浄が荷物を持ち、三蔵は清算をすませていたのか、その後から出てきた。
 僕がどこにも行っていない、と判りきったような行動に腹が立つ。

「おい」

 三蔵が僕の横に来て声をかけるが、僕はそれを無視する。
 悟浄が荷物を積み込み、悟空は少し困ったように三蔵と僕の顔を見比べていた。

「出発、するんですよね? どうぞ。今日は僕、ここに座らせてもらいますから」

 少し驚いたように僕の方を伺う三人の視線に仏頂面で答える。僕は怒っているんです、と。

「何を拗ねてんのかしんねぇが、そんな態度を取るなら、どっか行っちまえ」

「いいんですか? 僕がここを離れれば、ジープは僕について来ますよ? それに、戦闘要員は一人でも多いほうがいいでしょう?」

 三蔵がイライラしているのが手に取るようにわかる。けど、僕は引かなかった。少し、考えて貰わないと。

「ま…まぁ、三蔵…今日は後で我慢しろって…。俺が運転すっから…」

 こういう時に素早く反応して自分の行動を見極めるのはやはり悟浄が早い。この辺りは少し尊敬するけど、それで僕の感情が治まるわけじゃない。

 ジープは悟浄の運転で出発した。


 その日の宿は通り道にあった、無人の山小屋になった。
 食料はそれなりに買い込んである。
 けど、僕はストライキを続ける。
 諦めたらしい悟浄が珍しく、他の二人の世話を焼いているのを僕は黙って眺めていた。

「おい、悟空、水汲んで来いっ」

「おい、悟空……」

 僕のことは、触らぬ神に祟り無し、とでも思ったのか、悟空も悟浄に言われるまま、彼の手足のように動いているが、そのたびに、荷物が滅茶苦茶になっていく。
 整理したい気持ちを押さえ込んで僕は知らぬ振りを続けた。

 あ~…あんな包丁の持ち方じゃ、手を切る…あ…切った…。
 あ、お湯が吹き零れる…そんなに塩を入れたらしょっぱくなる……
 悟空、皿の上に服を置かないでください…
 三蔵…服の上に灰を落とさないで……

 口を出したい、手を出したい……。
 それでも我慢をして、僕は悟浄の用意してくれた食事を黙って食べ、それぞれに場所を見つけて、就寝した。


 夜中に目が覚める。
 何かあった時困るから、と小さく灯された明かりの中でごちゃごちゃになった荷物の影を見る。
 静かに起き出すと、僕はそれらを片付け始めた。
 やっぱり、彼らには任せておけない…。

 もくもくと片付けていると人の気配がする。無言で僕が集めようとしていたものが渡される。

「やっぱさ、八戒ってすげ~わ。運転して、飯の仕度して…なんでも綺麗にできるなんてよ…。俺なんか、一日でもう、ギブアップ…」

 悟浄だった。

「何にそんなに腹立てたのか…わかんねぇけどよ…もう、機嫌直してくれよ。悪いとこは言ってくれたら直すようにすっからよ」

「俺、物憶え、悪いかもしんねぇし、言われてもすぐにわかんねぇかも、だけど、一回一回、そのたんびに言ってくれたら直すからさ、八戒、許してよ…」

 悟浄の後から悟空も顔を出す。

「悟浄の塩っ辛い飯はもう、食いたくねぇ」

 薄明かりが大きな明かりになる。三蔵も起き上がっていた。

「そうそう、悟浄の食ったら咽喉渇いちゃってさ~~」

「悟浄、茶を淹れろ」

 あ~もう、この人たちは…反省してるんだか、してないんだか…。
 僕は思わず噴き出していた。

「悟浄、火を熾してください。お茶、淹れますね」

 僕はお茶の用意をする。僕自身も咽喉が渇いていたから。


 諦めのため息と共に、僕は怒りを吐き出した。
 もう、保父でもいいじゃないですか。
 何もしないと決めても、ここまで気になるんじゃ、返って僕の精神衛生上もよくないですし。
 一日、僕が怒って何もしないだけで、こんなにガタガタになるようじゃ、この旅の目的も遂げられそうもないですしねぇ。


  僕がどれだけ怒ろうが、きっとかわらないだろう彼ら。
 けど、そんな彼らと一緒に旅をする道を選んだのは、そしてここまで一緒に来たのは、僕。
 いいじゃないですか、仕方ないじゃないですか。
 僕が選んでしまった道なんですから。


 けど…最初が、甘やかしすぎ、でしたかねぇ……。










 汗をかいて、目が覚めた。
 自分の悲鳴で目が覚めたのかもしれない。


 夢を見ていた。
 血塗れで、地面に伏す男たち。
 金色の髪に紫の瞳の…僧侶のような格好の男。
 黒い髪に碧の瞳の…隻眼の、男。
 茶色い髪に金色の瞳の…少年。
 夢の中の俺は、そいつらのことを大切に思っているようだった。
 夢の中の俺は…見慣れぬ武器を持って、戦っていた。
 そして…その俺の顔は、手は、血に塗れ、表情と言うものが欠落しているようだった。


 むくり、と起き出す。
 汗をかいたせいか、悲鳴を上げたせいか、ひどく咽喉が渇いていた。

 誰もいない家。
 つい二三日前、鷭里が出て行った。
 今夜は久しぶりの一人寝だった。

 誰もいない、冷たい家の中を洗面所へ行く。
 蛇口に直に口をつけ、がぶがぶと水を飲む。
 誰かが俺を見ているような気がした。

「お前は、誰だ?」
『俺は俺だ』

 顔を上げたその目の前で、紅い髪、紅い瞳の男が、にぃ、と笑う。

『そして…俺はお前、だ』
「お前が…俺?」

 こんな男は知らない、と思う。こんなに薄気味悪く笑う男は……。
 まさか…夢で見た、俺、なのか…。
 無表情に魂を屠る、男…。怒りでも喜びでも哀しみでもなく、なんの感情すらない機械のように、何者かを殺す男が…俺?
 ありえない、そんなこと…。

『混乱してるみてぇだな。だがよ、考えてみろよ。お前に俺を否定できるのか? 愛されなかったお前のお得意の表情じゃねぇか。薄ら笑いも、感情を失くした顔も…』
「そ…そんなことっ!」

 そんなこと、ねぇ。
 俺は笑うし哀しむし、怒る。あんな、機械のような顔なんざしねぇ。
 大事な奴が痛めつけられたら怒って………大事な奴…そんなん、俺にはいねぇ…。

『自分ですら、どうだっていいんだろうが。愛された過去のないお前には…うわべだけ纏った、感情のイミテーションしかねぇんだ。俺は、お前だ、本当の、お前なんだよ…』

 俺は目の前の男に拳をぶつける。
 ガシャリ、と音がして…鏡が、割れた。


** *** **



 飛びついた妖怪に、俺は振り払われ、背後の川に落ちる。
 水を吸った洋服のせいで動きが取れず、もがきながらなんとかそこから這い上がると、敵は何かを撒き散らすような動作をしていた。
 目の前で、三蔵が、八戒が、悟空が倒れる。
 目の前が紅く、染まる。
 次の瞬間、俺は…自分の心が冷えるのを感じて…………。

「………じょう……悟浄っ!」

 腕を押さえられて、沈んでいた意識が急激に浮上する。
 俺は、妖怪の死体に跨って、そいつの身体をぐちゃぐちゃに錫杖で切り刻んでいた。

「あ…八戒……」

 無事だったのか…他の二人も頭を振りながらも起き上がってきていた。
 妖怪が撒いたのは毒じゃなく、睡眠薬のようなものだったんだろう。酒に強い八戒にはそれもあまり効かなかった、ということか。

「これ…俺…が?」

 錫杖をしまって、改めて、自分の身体の下の無残な死体を見下ろし…そのまま、ぶっ倒れた。


** *** **



『ほら、やっぱりお前は俺だ』


 何処かから哄笑する声がする。
 見回すと、紅い髪に紅い瞳の男が薄ら笑いを浮かべて立っていた。

『無表情に無感動に誰かを殺せるじゃねぇか』

 それは、あいつらが倒れたと思ったから…。

『へぇ。お前は好きなんだな、あの男どもが。けど、それはホントの感情か? 俺は好きじゃねぇぞ。だから、お前もホントは好きじゃねぇ筈だ』
「んなことねぇ! あいつらは、特別なんだっ!」

 特別? どう、特別、なんだ?

『それも、うわべだけ、じゃねぇのか?』

 少しの心の隙を見透かすように、男は笑う。

『ホントのことを言えよ。お前は、愛された、いつくしまれた記憶のあるあいつらが羨ましい、妬ましいんだろ? 自分と同じような境遇にありながら、その記憶を持ってるあいつらが…』

 三蔵は師に愛しまれた。八戒は、実の姉とは言え、愛を誓った相手がいた。悟空はガキの頃の記憶はねぇらしいが、あの素直さだ、きっと愛されたこともあるんだろう。
 その後にどんな苦しみがあろうとも、一度でも愛された記憶を持っているあいつらが…

「う…羨ましくなんかねぇっ!」
『ははっ。嘘が下手だな。まぁ、俺はお前だ、嘘なんかついても無駄だぜ』

 少しでも心が揺らげば、俺はあいつになってしまう。
 そんな恐怖を覚える。

『楽だったろう? どんな感情にも惑わされずに命を屠るのは。何も考えずに行動できるのは。俺に委ねてしまえ。俺はお前の本当の心。俺を解放すればお前はうわべを繕わなくてすむんだぞ。イミテーションの感情に支配されることも、自分の劣情に苦しむこともねぇ。楽になれよ』

 楽に……感情を動かされることもなく………


** *** **



「…じょう…悟浄?」

 誰かが、呼んでる声がする。
 呼ぶな、俺は今、悪魔との契約を……。

 ざばぁ、と水がかけられる。
 意識が急速に浮上した。

「やっと気付いたか、このバカが…」

 目を開けると、俺は八戒に抱きかかえられ、三蔵に見下ろされていた。その横で、悟空が野営用の鍋をひっくり返している。
 それで俺に水をぶっかけたんだろう。

「てめっ!この猿っ………!」

 起き上がってぶん殴ってやろうと片手を振り上げるとくらり、と視界が揺れてまた、八戒の腕の中に納まってしまう。

「無理をしないでください…どうやら、あの妖怪の体液自体が、麻酔薬のようなものだったようですね…。これだけ浴びれば、しばらくはマトモに動けないでしょうから…」
「悟浄が急にぶっ倒れるから心配したんだぞ?」

 悟空が本当に心配そうに覗き込む。
 三蔵が、その後から、タバコを差し出して来た。

「てめぇのは濡れてて吸えねぇだろうから、これで我慢しとけ」
「けど、悟浄があそこであの妖怪を倒してくださらなかったら、僕ら、どうなってたかわかりませんでしたからねぇ。ありがとうございます」

 なんか、俺、感謝されてる?
 少し、面映いような感情が心にもやもやとわきあがってきた。
 その感情を隠すように貰ったタバコを咥えると、ぶっきらぼうに火が点けられる。
 三蔵もタバコに火を点ける。





 おい、もう一人の俺。
 俺はやっぱ、こいつらが好きだ。
 てめぇにバトンタッチなんざしねぇよ。
 過去にどんな記憶を持ってようと、俺はそれを羨んだりしねぇ。それ以上に辛い思いを、こいつらがしてるのを知ってるから。
 それに、ここは俺にとって居心地の良い場所だから。
 愛される、いつくしまれる記憶が必要だと思ったら、コレからいくらでも作れるから。
 機械のように無表情に命を屠れるのが本当の俺だとしても。
 お前の言うように、今持っているコレが、うわべだけのイミテーションの感情だとしても。
 俺は、こいつらがいるかぎり、お前じゃない「俺」でいられるから。
 いつか、きっと…このイミテーションはホンモノになる。
 いや、こいつらと出合って、イミテーションは徐々にホンモノになりつつあるのかもしれねぇな。


 二筋の煙が絡み合って、空に消えた。
 もう一人の俺と、俺が同化するかのように。

 もう、あの夢は見ない。あの男は現れない。
 そんな予感がした。


 イミテーションは時として、ホンモノより輝くことも……ある。







 守りたい笑顔がある。
 傍らに置いておきたい温もりがある。
 でも俺は貪欲だから…。
 きっと、もっともっととねだってしまう。
 守りたい笑顔を曇らせる。
 傍らの温もりを感じられなくなる。
 それが怖くて…。
 最初の一歩すら踏みだせずにいる。
 目の前のお前に腕を差し伸べることすらできずにいる。
 その笑顔を守りたいと思いながら。
 その温もりをこの胸に抱き締めたいと願いながら…。





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