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くれないづきの見る夢は 紅い涙を流すこと 透明な血を流すこと 孤独にのまれず生きること
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「なぁ、八戒。米、一握りくんねぇ?」
 俺が声をかけると、八戒はきょとん、とした顔で聞き返してきた。
「お米、ですか? 炊いたご飯じゃなくて?」
「うん。米」
 不思議そうな顔をしながら、いいですけど…と少しの米を袋に入れてくれた。
「それとすまねぇけど…出発を2時間ほど遅らせて、つっといてよ、三蔵に」
 それ以上何かを聞かれる前に、まだ朝靄で霞む空気の中、俺は宿を出発した。



 前日、この村に入る前。小高い丘のてっぺんで休憩をした。
 そこには小さな石碑が立っていた。
 何かが刻んであったが、風化していてよくは読めねぇ。
「道祖神、かもな…」
 そこで小休止、とジープを止め、それぞれが降り立つと、三蔵がぼそりと呟く。
「ドウソジン?」
 それって何? つって悟空が聞くと、八戒が教師然として答えていた。
「どうそじん、と言うのは、道と言う字に祖先の祖、神と書きます。道路の悪霊を防いで、その道を行く人々を守る神様のことですね」
 八戒の言葉を聞きながら、咥え煙草で俺はその石碑を見る。風化して見にくい文字が…煙の向こうに読めた気がした。
『名も無き者の墓』
 そこにはそう刻んであった。



 開店前だという花屋の前で無理を言って、一輪だけ真っ赤な花を買う。花の名前なんざ知らねぇ。俺にはその色しか考えられなかったから。
 昨日の丘まで歩く。ジープだとすぐだった距離も歩くと小一時間もかかった。
 石碑の前に立つ。ずっと続く平坦な地平にしがみつくようにして生活する村が見えた。
 眺めは、悪くねぇ。それが、せめても、か…。
 その前に持って来た米を置き、花も置く。
 墓参りには、米と水と花を持って行くんだと教えてくれたのは誰だったろう…。狂気に支配される前の、あのヒト、だったのかもしれねぇが、記憶はひどく曖昧だ。
 さすがに水は持って来なかったが…許してくれんだろ…。



 宿に入って飯がすむと、俺はその村で一軒しかねぇっていう酒場に出かけた。
 小さな村だ、綺麗どころを期待してたわけじゃねぇ。
 案の定、そこには村の男共が好き勝手に座って酒を飲んでいるだけだった。
 俺はあの石碑のことが聞きたくて、その中でも最も年長と思える爺さんの横に腰をかけた。
 何杯か酒を奢り、旅の話を聞かれるままに…面白おかしく装飾して話し…そして、訊ねた。
「あれは…わしの爺さんから聞いた話だがなぁ…。その爺さんもそのまた爺さんから聞いたと言っておったし、その爺さんもそのまた爺さんから……」



 それくらい昔の話だがの。
 村に妖怪の女が流れてきた。
 その当時、村は山向こうに住む山賊の恐怖に怯えておっての。よそ者にかまけておる暇はなかった。
 だから、女がそやつらに連れ去られても、誰も見て見ぬ振りだったんじゃ。
 その後もやっぱり村はずっとその山賊共に搾取され続けた。
 そして…女が連れ去られて2年ほど経った頃…その女が戻ってきおった。
 腕には…紅い髪の死んだ赤子を抱いて、狂気に支配されて…。
 だが、山賊共の中で2年間も生き延びた女じゃ。寵愛されておったのだろう。
 自分にどんな厄災が訪れるかもわからぬ状態で、女に手を差し伸べるものなど、おらんかった。
 女は、ほどなく死んでしもうたが、そのまま放置されておった。
 暫くして、山賊共の住む山を越えて人が村にやってきた。
 その旅人が言うには、山の上の屋敷が燃え落ちておった、と言うのじゃ。
 推測をするしかなかったんじゃが…女が赤子を産み、その赤子を殺されて狂い、山賊共を皆殺しにして屋敷に火を放ったのだろう、と。
 女は疫病神から、救い主へと変じた。
 じゃが、誰も女の名を知らなかった。墓を立ててやることもできんかった。そこで…あそこに…。



「やっぱりここだったんですね…悟浄…」
 石碑の前でしゃがみ込んで手をあわせていた俺は、声をかけられるまで、八戒が来た事に気付かなかった。
「名も無き妖怪の女の墓、ですか…。宿のご主人に聞きましたよ、この石碑の由来。貴方、お母さんのことを思いだしたんですね?」
「…笑う、か?」
「いいえ…。僕も同じですから…」
 八戒が隣に腰を下ろし、俺の置いた花の横に真っ白な花と、小さなグラスに入った水を置く。
「あのヒトの墓なんざ、作って来なかったからよ…きっと無縁仏として葬られたんだろうな…」
「僕には…葬るものすら残されませんでしたから…」
 そのまま二人で無言で祈る。
 何を?
 あのヒトの冥福を?
 そんなの今更だし…そうだな…自分が行き抜いたこれまでに感謝を。そして、これからの生き様を見ていてくれるように…。
「お彼岸ですもんね、思い出してもいいでしょう?」
 にっこりと笑って八戒が立ち上がる。行きましょう、と差し伸べられた手を借りて立ち上がると俺は石碑に背を向けた。
「三蔵とお猿ちゃんは?」
「下で、ジープに乗って待ってます。出発ですよ」
 言われたほうに目をやると、相変わらず苦虫を噛み潰したような顔の三蔵と、俺の姿を見つけて大きく手を振る悟空の姿が見えた。



「おっせ~よ、悟浄!」
 ジープの前まで行くと悟空が焦れたように声をかける。
「気は、すんだのか…二人とも…」
 ぼそり、と三蔵が呟く。
「はい、すみませんでしたね」
 優等生の笑みを見せて八戒が答えた。
「すまなかったな、勝手な行動してよ」
 俺は三蔵の問いには答えず、それだけを言う。
「てめぇの勝手なんざ、いつものことだろうが」
 あっそ、相変わらずのお言葉で…。
 俺が煙草を咥えると、珍しく三蔵が火を差し出して来た。それに煙草を近づけて火を灯し、大きく吸い込む。
「気がすんだがどうかなんざわかんねぇけどよ…なんか、さっぱりした」
「…そうか…。じゃぁ、出発するぞ」
 いつもの位置に落ち着いて、ジープは西に向かって走りだした。



 名も無き者の墓の前で。
 過去を憧憬し、未来を見据えた時間。
 理想や悟りなんざくそっ食らえだけど、こうしてあのヒトに思いを寄せさせてくれた「彼岸」には感謝するべきなんだろうな。

 今日も、いい天気、だ…。

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 嬉しそうに肉まんを頬張りながら、無邪気な笑顔で三蔵を見上げる悟空。


 それは、春らしい気温が続いていた毎日の中、急に寒さが戻ったある日のことだった。

 なんとか寺での自分の居場所を確保して、それでも三蔵の傍にしかいる場所がなくて…不安な思いに押し潰されそうになっていた悟空を見るに見兼ねて、三蔵は悟空を街に連れ出した。

 14~5歳に見える悟空は、けれど、その姿よりもずいぶんと幼いように感じる。
 三仏神の言っていたことが本当だとすれば、彼はその見た目の年齢よりも500年は多く生きているはずだが、とてもそんな風には思えなかった。

 三蔵は呼ばれた…声なき声に呼ばれ、悟空を手元に置いた。

 それが吉だったのか凶だったのか、今はまだわからない。
 ただ、師である光明を失ってから初めて、誰かが傍にいることに違和感を感じない、そんな相手が悟空だった。
 自分にはないと思っていた、保護欲というやつが目覚めたのかもしれない、と自嘲気味に思っている。


「さんきゅな、三蔵」

 にこにこと言う悟空に三蔵は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「そんなに肉まんが嬉しいか…」

 餓鬼が…煩そうに顔をしかめる三蔵の顔を悟空はまっすぐに見上げる。

「これも美味いし、嬉しいけどさ…」

 いくつか買ってもらって袋に入っている肉まんを一個取り出し、三蔵に差し出す。

「三蔵も食う?」

 是とも否とも言う前に押し付けられた。期待の篭った眼差しで見つめられ、仕方なしに一口かじると嬉しそうに悟空が笑顔を見せる。

「な? 美味いだろ?」
「…ああ…」

 勢いに飲まれたように答える三蔵に、ふと、悟空は真面目な表情を見せた。

「…さんきゅ、な…三蔵…」

 もう一度同じ言葉を…今度は真摯に、呟くように言った。

「…俺を見つけてくれて…一緒にいてくれて…」

 急に何を言い出すんだ…三蔵は照れ臭そうに悟空から視線を外し、もう一口、肉まんをかじる。

「今日は、さ…人に感謝をする日なんだって、寺で誰かが言ってたからさ…」

 こっちも照れ臭そうに真っ赤になりながらそう言うと、悟空は何個目かの肉まんにかぶりついた。


 ああ、そういうことか…。
 三蔵は合点がいったように頷いた。

 だったら、俺もお前に言わないとな…悟空…。
 俺の傍に来てくれてありがとう…太陽の存在を思い出せたのは、お前のお陰だ…。


 声に出しては言わないけれど…


 今日は[ありがとう]の日。



 ヒト、ってのはホント、あっけないもんなんだなぁ…。

 それが残された3人と1匹の正直な感想だった。
 目的のために必死になって命を屠り続けてきたのに…いや、だからこそ、改めてそう思ったのかもしれない。



 天竺、吠登城での闘い。
 敵対していた紅孩児たちと力をあわせて、阻止した牛魔王の蘇生。
 負の波動に支配され、狂っていた妖怪たちが取り戻した自我。
 すべてが終わって、手を取り合って闘った紅孩児たちが、三蔵一行を飛竜で長安まで送ろうというのを彼らは断り、来た時と同じように帰路を進んでいた。

 自分たちのしたことで、世の中がどう変ったのか見定めるため。
 悟空には帰路に花を手向けたい少女があった。
 悟浄にも、そういう思いのある少年たちがあった。
 三蔵には呪符に飲まれてしまった昔の知人がいたし、八戒は黄色い瞳の宿屋の主人が忘れられなかった。
 そして、全員で…山の中の小さなたくさんの墓碑に囲まれる大きな墓碑にすべてが終わったと報告する…そんな義務感もあった。

 多くを語らない彼らに、紅孩児たちは、3着の黒の礼服と一着の真新しい法衣を贈った。
 悟空の喪服とネクタイには金糸で刺繍された太陽、悟浄のそれには紅い糸で刺繍された炎、八戒のそれには碧の糸で刺繍された蔦の葉が、見えないところにひっそりとつけられていた。



 帰路についてほどなく、八戒が寝込んでしまった。
 彼らの中で、多分、一番負の波動の影響を受けていたのだろう。妖怪としての力が強かったのは、八戒だったはずなのだから。
 まさしく、気が抜けた、という感じだったのだろう。
 そしてそのまま、回復することなく、彼は、逝った。

 その事実に彼らはどう対処したらいいのか、わからなかった。
 ただ漠然と、葬式しなきゃ、と思っただけだった。
 西に近く、その街は基督教の色が濃い街だった。
 八戒が基督教の孤児院で育ったことを知っていた彼らは、その方法で彼を弔うことに、した。


「八戒…すまねぇな…一緒に連れて帰れなくてよ…」

 親友が納められた棺の前に一人で悟浄は立っていた。
 悟空は気が抜けたようになって控え室でジープと座っていたし、三蔵は喪主の役目を勤めようと動き回っていた。
 棺の中の八戒は紅孩児たちから贈られた礼服に身を包んでいる。
 長安まではまだ遠い。この街には火葬の設備もない。この街の墓地に葬って進むしか、彼らの選択肢はなかった。
 悟浄も同じ礼服を着ている。
 彼は、すっ、とネクタイを外した。
 それから、八戒のネクタイも外す。

「連れて帰ってやるよ…心を…そんで、お前の最愛のヒトと同じ場所に弔ってやる」

 八戒から外したネクタイを自分に締め、自分のネクタイを八戒に結んだ。

「俺の心を添わせてやるから…」

 葬儀場の係員が忘れて行ったらしい鋏を見つけた悟浄は自分の髪を一房切り取ると、八戒の礼服の内ポケットに忍ばせ、制御装置であるカフスを外す。
 一個を自分の耳に嵌め、あとの二つをポケットに忍ばせた。三蔵と悟空に、一個ずつ。
 棺の蓋を閉めかけて…何かを思いついたようにもう一度蓋を下ろすと、彼の義眼を取り出した。
 カフスを仕舞ったポケットとは逆の方に滑りこませる。

「ゆっくり休んでくれ…八戒…」

 しっかりと棺の蓋を閉めた。



 悟浄が怪我をした。
 戦闘中だった。

 悟空が急に倒れ、八戒が奴の元に走った。
 俺の銃の弾がなくなり、再装填している最中のことだった。
 背後で聞き慣れない音がして、悟浄のうめくような声がした。
 振り向きざまに装填の終わった銃で至近距離にいた妖怪を倒す。
 悟浄の腕は…ありえない方向に曲がり、紅い色と白い色が目に飛び込んできた。


 妖怪を倒し終わると俺たちはジープに乗って近くの街に向かった。
 悟浄は痛みを堪え、真っ青な顔をしながらも、後部座席で、俺の隣でタバコを吹かしている。
 怪我は八戒に治させることもできるが、悟空にその治療は効かないようで…とりあえず、医者に見せるのが先だとばかり、自力で動ける悟浄の治療は後回しにされていた。
 俺が譲った助手席で、悟空は正体を失っている。



 悟空は、インフルエンザだという。
 そこで悟浄の傷を治そうとする八戒を悟浄が止めていた。
 俺や悟浄では悟空の看病は出来ない。八戒を今、疲れさせるのは得策ではないだろう。
 悟浄は、悟空の診察がすんだ後、治療を受けた。


 宿はツインを二部屋。一つは悟空と八戒、もう一つは俺と悟浄が使うことになった。
 あまりない部屋割りに戸惑ったのは、多分、俺だけではないだろう。


 食事も早々に済ませると俺たちはそれぞれの部屋に引っ込んだ。
 悟浄は部屋に入るなり、宿の食堂でもらってきたらしいラップで嵌められたギプスをグルグル巻きにすると風呂に入った。
 あれだけの怪我をしていて、何を考えているんだか、あいつは…。

 医者からの注意も聞こうともせず、病院を後にした悟浄。その背中を見ながら二人分の会計をすませ、俺も出ようとすると医者に呼び止められた。

『あの、紅い髪の方の腕、なんですが…本当は手術をして入院をしていただく必要があります。ご本人はギプスだけでいいとおっしゃって、暴れかねない勢いだったので、骨折の処置と鎮痛剤の注射しかしませんでしたが。あのまま放置ですと腱が切れてますので、手が動かなくなる危険があります。それと、怪我のせいで今夜辺り、高熱を出される怖れも…。お連れ様から言い含めていただいて入院を…』

 平気な顔をして、どこまで強がる気なんだ、あの男…。
 まぁ、入院を幸いに、看護師でも口説くだろうことは目に見えていたし、医者に預けてしまったんでは、八戒が後ほど治療することも難しくなるだろうから、俺は何も言わなかった。



「何してた」
「シャワー。気持ち良かったぞ、久しぶりだし。お前も浴びてきたらどうよ、三蔵」

 不自由をして入ってきたのだろう、かなりの時間が経っていた。
 飲ませようと淹れた茶がすっかりと冷めてしまっている。
 熱が上がって倒れているんじゃねぇか、と心配していた俺に、悟浄はどこまでも能天気な答えを返して寄越した。

「お前が覗かなければな」
「誰が覗くか、お前の…野郎の裸なんぞ…」

 不機嫌に答える俺に、おどけたような悟浄の返事。
 だが、こいつは俺が裸体を見られることを嫌がる本当の理由を知っている。
 だからこそ、癪に障る。

「飲め」

 冷めた茶と薬を目の前に置く。そろそろ医者の所で打たれた鎮痛剤も切れる頃だろう。
 意外な顔をして悟浄は俺を見た。

「この茶、お前が淹れたのか?」

 そんなに俺が茶を淹れるのが不思議か。俺だって、茶ぐれぇ、淹れる。お師匠様に茶を淹れるのは俺の仕事の一つだった。

「だったらどうした。薬、飲んどけ。鎮痛剤だそうだ」
「何? もしかして三蔵サマは…俺の怪我が自分のせいだって思って…負い目感じてる?」

 不思議そうな顔をして悟浄が俺を見て、それからにんまりと笑う。
 一々癇に障る奴だ。

「誰がてめぇに負い目なんざ感じるか。下僕が主人を庇うのは当然のことだろう」

 誰が、負い目になぞ感じてやるか。勝手に庇って怪我しただけじゃねぇか。

「鎮痛剤、飲まねぇのか?」
「いらねぇよ~、今、痛くねぇし…」

 どこまで強がる気なんだこいつは。
 俺の心配通り、少し顔が赤く、目が潤んでいる。熱が出ている証拠だろう。
 片手で苦労してタバコを取りだし咥える悟浄に火を貸してやった。
 あの手じゃ、ライターを取りだして火をつけるだけで5分はかかりそうだ。

「まぁ、痛くねぇんなら、俺は構わんがな。やせ我慢をするのは、てめぇの好きな女の前だけにしとけよ」

 どうやったら、悟浄に薬を飲ませることが出来るか…。こいつの一人我慢大会に付き合う気はねぇ。
 痛いということをこいつの口から言わせるか。

「いっ…………!! 何しやがんだっ! この生臭坊主っ!!」

 俺は軽くギプスの上を叩いただけだった。
 こいつには、力いっぱい叩いたように思えたかもしれんが、それは、痛みがひどい、ということだろう。

「やっぱり、痛ぇんだろうが。薬、飲め」
「これは、今、お前がっ………わかったよ、飲みゃいいんだろ、飲みゃ…」

 諦めたように飲む悟浄に少し安堵して、今度は熱い茶を注いでやる。
 悟浄の髪からぽたぽたと肩に滴る水滴が、気になった。

「その怪我で…頭まで洗ったのか、てめぇは…。水が滴ってるぞ」

 茶に手を伸ばす悟浄の動きは気にせず、その肩のタオルを取ると、頭を拭いてやる。
 怪我が元で熱を出してるのに、その上風邪まで引かれては、俺だって面倒を見切れん。

「熱っ! 何しやがんだっ!」

 丁度、茶を飲もうとしているところだったらしく、それが顔にでもかかったんだろうが、俺は知らん。

「髪を拭いてやってるんだ、有難く思え」
「思えるかっ!」

 怒りながら、それでも悟浄はされるがままになっている。

「顔が赤い…熱でもあるのか?」

 頭を拭き終わると、今度はこいつに熱があることを自覚させる。
 そうでもしねぇと、この男は平気な顔を続けて、夜遊びにさえ、出かけかねねぇ。

「あ~…お前の手、冷たくて気持ちいい~」

 大人しく、額に手を当てられたまま、悟浄はじっとしている。
 自覚はなくても、やはり、身体は辛いんだろう。

「手が冷たい奴は心が温かい、と言うからな」

 どうだ? 下僕を面倒見ている俺は、心が温かろう?
 自分で言って、笑える。

「自分で言うかぁ~?」

 悟浄もくすくすと笑い、タバコを灰皿に投げ込んで、茶を飲み干した。

「驚いたコトに、お前の淹れた茶、美味かったわ」
「……てめぇは一言余計だ。もう、寝ろ。マジで熱があるじゃねぇか」

 まったく、いつでも軽口は忘れねぇ野郎だ。
 ふらつきつつ立ち上がる悟浄。そこで転んで怪我を増やされても困ると思い俺も立ち上がるが、目線で止められる。
 まぁ、それぐれぇの強がりは許してやるか。
 それでも俺は悟浄がベッドに入ったのを確かめると、その身体に布団をかけてやった。

「やっぱ、俺に負い目感じてんな、お前…」
「うるせぇ、下僕。黙って寝ろ」
「へいへい、っと」

 やはり、大人しいこいつは…らしくねぇ。
 もう一度、熱を確かめるように額に手を置き、放って置けば動かなくなるかもしれない、と言われた左手を握ってみる。

「冷てぇな…」
「あ~俺、心があったかいから」
「言ってろ」

 眠りに落ちる直前まで、軽口は忘れねぇ奴だ。
 八戒の気孔で治るとはわかっちゃいるが、やはり、もしも、という思いは拭いきれず、しばらく、その冷え切った手を握っていると、悟浄はそのまま眠りに落ちた。

「………ありがとう…」

 起きている時には言えぬ言葉をそっと呟いてみる。



 結局そのまま、悟空が完治するまでの一週間、悟浄も寝付いた。
 悟空の看病から解放された八戒に傷を治してもらった途端、「いやぁ~、三蔵サマの手厚い看護に、悟浄、感激しちゃったぜ~」とおどけたように言ったこのバカに、ハリセンを見舞ったのは、当然と言えば当然のことだった。





 悟空が、ぶっ倒れた。
 戦闘中、いきなり、だった。


 いや、実際はそうでもなかったんだろう。
 その日の朝から体調は思わしくねぇようだったな、今にして思えば…。
 何日も野宿が続いた。
 誰か、そのうち体調崩すぞ、なんて冗談で言ってたのは昨夜のことか…。
 今朝、ありえねぇことに、悟空の食欲がなかったんだよなぁ。


 倒れた悟空に八戒が駆け寄る。
 三蔵の再装填のガードに俺は走る。
 鎖鎌がまだ手元に戻らねぇ。
 三蔵の背後に太い鉄棒を振り上げて妖怪が迫っていた。
 錫杖でガードしようと伸ばしかけて、戻らねぇ鎌の動線が八戒と悟空を掠めることに気付いて、咄嗟に俺は、左腕を差し出した。

 身体の内側から、ぼきっ、と大きな音がして、俺の腕はありえねぇ方向に曲がった。


 痛みを感じたのは、全部戦闘が終わってから。
 悟空は高熱を出していた。


 近くの街について、悟空はインフルエンザだと診断される。
 人のいねぇとこを進んでんのに、悟空の奴、どこでそんな流行を貰ってきたんだか…。

 俺の腕は、複雑骨折だと言われ、しっかりとギプスで固められた。

 八戒が気孔で治してくれようとすんのを止める。
 三蔵や俺じゃ、悟空の面倒を見られねぇ。
 気孔を使って八戒が疲れて…悟空のインフルエンザを貰ったら困る。

 宿でツインを二つ取る。
 寝込んだ悟空と八戒、怪我した俺と三蔵、って部屋割りだ。

 八戒は悟空が食えそうな物を作って、さっさと自室に引き上げ、俺と三蔵も飯をすませると自室に引き上げた。
 八戒に言われ、今夜は酒も飲めなかったなぁ…。



 ギプスをラップでグルグル巻きにしてシャワーを浴びて出てくると、三蔵が面白くもなさそうにタバコを吹かしていた。
 俺を気にしたのかなんなのか、こいつも今日は酒を飲まなかった。
 そんで機嫌悪くされてもなぁ…。

「何してた」

 何って聞かれても…風呂場から出てきてんのに、風呂以外に何してると思ってんだ、こいつは…。

「シャワー。気持ち良かったぞ、久しぶりだし。お前も浴びてきたらどうよ、三蔵」
「お前が覗かなければな」

 今更だしな。何度も一緒に風呂ぐれぇ入ってる。
 それでも…俺はこいつが裸を見られたくねぇのはよくわかってる。
 俺のこの頬の傷と一緒だ。
 過去を…見せたくねぇのと、一緒。
 こいつの生きてきた証。身体の傷の数だけ、幼いこいつは命を屠って生きてきた…俺らは知っているけど、こいつにとっては隠しておきたい、いまだ血の乾くことのねぇ、心の傷。

「誰が覗くか、お前の…野郎の裸なんぞ…」

 少しおどけて言ってやる。 
 オマケに睨み付けてやると、目の前に湯呑みと小さな白い錠剤を二つ置かれた。

「飲め」

 湯呑みを取ると、薬を飲むにはほどよく冷めた、茶。

「この茶、お前が淹れたのか?」
「だったらどうした」

 意外だった、なんて言ったらこいつ、怒るだろうなぁ…。

「薬、飲んどけ。鎮痛剤だそうだ」

 ぶっきらぼうだけど、なんか少し優しく感じるのは気のせいか?
 なんか、調子狂うぜ…。

「何? もしかして三蔵サマは…俺の怪我が自分のせいだって思って…負い目感じてる?」
「誰がてめぇに負い目なんざ感じるか。下僕が主人を庇うのは当然のことだろう」

 って、ここで…下僕発言かよ…。

「鎮痛剤、飲まねぇのか?」
「いらねぇよ~、今、痛くねぇし…」

 苦労して片手でタバコを取りだして咥えると火が差し出された。

「まぁ、痛くねぇんなら、俺は構わんがな。やせ我慢をするのは、てめぇの好きな女の前だけにしとけよ」

 やせ我慢? お前らの前でこそしてぇんだけどな、俺…。 
 そんなことを考えてると、火を消したライターのケツで、ギプスのはまった俺の腕を…三蔵が面白くもなさそうに力一杯叩きやがった。

「いっ…………!!」

 思わず出そうになった悲鳴を飲み込む。

「何しやがんだっ! この生臭坊主っ!!」
「やっぱり、痛ぇんだろうが。薬、飲め」
「これは、今、お前がっ………わかったよ、飲みゃいいんだろ、飲みゃ…」

 また、殴られちゃかなわねぇ…。俺は言われるままにその小さな錠剤を冷めた茶で流し込んだ。
 飲み終わって湯呑みを置くと今度は熱い茶が注がれる。

「その怪我で…頭まで洗ったのか、てめぇは…。水が滴ってるぞ」

 注がれた茶に手を伸ばし、飲もうとしたところで、いきなり肩にかけていたタオルを取られ、乱暴に頭をわしゃわしゃと拭かれる。

「熱っ! 何しやがんだっ!」
「髪を拭いてやってるんだ、有難く思え」
「思えるかっ!」

 気色悪ぃ…。ホンっト、調子狂うぜ…。
 頭をぐらぐらと揺すられて、眩暈までしてきやがった。

「顔が赤い…熱でもあるのか?」

 俺の頭をある程度拭いて満足したらしい三蔵がいきなり、俺の額に手を当てた。

「あ~…お前の手、冷たくて気持ちいい~」
「手が冷たい奴は心が温かい、と言うからな」
「自分で言うかぁ~?」

 タバコの火を消し、茶を飲み干す。

「驚いたコトに、お前の淹れた茶、美味かったわ」
「……てめぇは一言余計だ。もう、寝ろ。マジで熱があるじゃねぇか」

 言われてみりゃ、眩暈は治まらねぇし、確かに少し身体が熱い気もする。
 三蔵に言われて横になんのもなんか癪に触っけど、こいつが心配してくれてんのもわかっし、今日だけは言う事きいてやるか…。
 立ち上がると少しふらつく。
 手を貸すつもりか、立ち上がった三蔵を俺は目線で止めた。
 そこまでされてたまるか。
 腕を下にしないように少し苦労して横になると、傍に来ていた三蔵に布団をかけられる。

「やっぱ、俺に負い目感じてんな、お前…」
「うるせぇ、下僕。黙って寝ろ」
「へいへい、っと」

 言われるままに目を閉じると、もう一度熱を確かめるかのように三蔵の手が額に置かれ、その後、左手の指先を握られる。

「冷てぇな…」
「あ~俺、心があったかいから」
「言ってろ」

 ふざけた会話をもう少し続けてぇと思ったけど、横になった途端に襲ってきた睡魔には勝てなかった。
 三蔵が何か呟いたようだったが、俺にはもう、聞こえず、眠りの中に落ちていた。




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